どんな仕事がしたい?

 サクノミはリナナの手をりほどくと言った。


「今日のところはめてやる。だが、うちに仕事なんか無いぞ。」

「……ありがとう。でも、きっと私、サクノミの役に立てることがあるはずだと思うから、お願いします!」

「……。」

 

 サクノミのやかたに戻ると、リナナは部屋のすみ鉢植はちうえの土がれていることに気が付いた。


「あ、水あげてくれたんだ。」


 さっさと館の奥に引っ込もうとしたサクノミが足を止め、鉢植えを横目よこめに見て言う。

 

「……そうだった。お前、その力どうした? 俺はこれを見たからお前のあとを追ったんだ。」

「力って、神様のやしの力のこと?」

「北の国では神聖術しんせいじゅつと呼ばれるものだ。」

「そうなんだ。私、知らなかった。」

「お前、親は誰だ?」

「知らないよ……。生まれてすぐ孤児院こじいんに預けられたから、生きてるのかも死んでるのかも……。」

「何もわからないのか。」

「うん。」


 サクノミはむずかしい顔をして何かを考えている風だったが、首を横に振るとリナナをその場に残しそのまま自分の部屋に行ってしまいそうになった。あわててリナナはサクノミを呼び止めた。


「サクノミ! 今日は本当にありがとう。」

「……寝るなら、そっちの部屋を使っていい。」


 サクノミは、向いの部屋をゆびした。

 リナナがその部屋に入ると、そこにはベッドと机、少しの本棚があった。


「誰の部屋なのかな……。」


 リナナはベッドのシーツに触れようとして、自分の服がゴーストに押し倒された時のままであることに気付いた。改めて見るとよごれていて、かわいたどろがこびりついている。


「あ……このままだと汚してしまう。」


 リナナはシーツを汚さないように汚れた服をすべて脱ぐと、ベッドのシーツにもぐり込んだ。まるで魔術をかけられているかのような心地よいベッドのやわらかさに包まれて、つかれ切っていたリナナはまたたきもしないうちに眠りに落ちたのだった。


     ◇


「おはよう、サクノミ! 私、洗濯せんたくをしなきゃ! 洗濯はどこですればいいの?」


 翌朝さっそく、汚れていた自分の服をカゴに入れたリナナがサクノミに声をかけた。


「……裏に井戸がある。」

「裏ね、わかった! ありがとう! サクノミも洗ってほしいものがあったら言ってね! ついでに洗うから!」

 

 ドロワーズ一枚のリナナがサクノミの部屋に入ってくる。


「お前っ。服はどうした?」

「汚れてたから全部洗濯するの。サクノミは洗濯物無いの?」

「無い。俺はいつも魔術まじゅつで洗濯も掃除もするんだ。だから、お前の仕事なんて無いと言ったろ。」

「そうなの? 魔術って便利なんだね。でも、きっとお日様ひさました方が気持ちいいと思うよ。」

「……あいつみたいなこと言うな……。」

「あいつって?」

「その前に! あっちの部屋に服があったろ!? 適当に選んでいいから着てくれ!」

「あれは誰の部屋なの? あ、ベッドのシーツも洗うよ。」


 リナナはサクノミのベッドのシーツに手をかけると、いきおいよく引きがした。

 

「……もう、好きにしろ。」


 サクノミは、リナナから視線をはずしつつあきらめたように呟いた。


     ◇


 それはリナナが井戸で洗濯をえて、館の庭で洗濯物を干していた時だった。

 突然、頭上から大きな声がってきた。


「ララか? 帰ってきてたのか!?」

 

 天空から飛来ひらいした大きな影が庭をおおう。

 リナナはサクノミに言われて部屋に置いてあった服を着ていたが、少しリナナには大きいようで、たけの長いスカートは引きずらないように結んでいた。

 リナナの目の前に、サクノミの館ほどの大きさの巨大な黄色いドラゴンがり立った。そのドラゴンの目はリナナを見つけると、目を見開いて驚きをあらわにした。

 リナナはドラゴンに聞いた。


「誰? お客様?」


 ドラゴンはリナナに問う。

 

「なんと……、ララじゃないのか? おじょうちゃん、ここで何を?」

「洗濯です。私、リナナって言います。サクノミにお願いして、ここで働かせてもらおうと思って。」

「サクノミに? ほぉ。もうおくれた。れは竜族の戦士ドラゴフォートレスだ。」


 ドラゴンは礼儀れいぎ正しくリナナに頭を下げた。

 

「ドラゴフォートレスさん、いらっしゃい。大きいですね。サクノミにご用ですか? ララって?」

「ララはこの館のあるじよ。サクノミから聞いていないのか?」

「私、ここに来たばかりで。最初は洗濯からと思って。」

「ははは、そうか。いや、ララがいたころはいつも庭に洗濯物が干してあったのだ。だから、てっきりな。」

「ララさんはずっといないんですか?」

「そうだな。もう一年になるか。くわしくはサクノミに聞くがいいが。」


 館からサクノミがズカズカといかりの歩調で、リナナとドラゴフォートレスのところまでやってきて言った。

 

「ドラゴフォートレス! でかい図体ずうたいをしまえ! 余計なことを言うな!」

「おお、サクノミ。元気そうだな。こんなむすめ、どこで引っかけたのだ? お前もすみに置けないな。」

「違う! ……それより用は?」

「いつものあれだ。ほれ。」


 ドラゴフォートレスはそう言うと、どこから出したのか手紙をサクノミの足下あしもとに置いた。


「……どうせ、また無理難題むりなんだいなんだろ?」

「そう嫌がるな。あいつはさみしいのだ。」

「はぁ……。」


 サクノミはため息をつくと手紙を持って館の中に引っ込んでいってしまった。


「ドラゴフォートレスさん。朝食ご一緒にどうですか? でも、足りないかな?」

「心配ない。せっかくだからご馳走ちそうになろう。」


 そう言うとドラゴフォートレスの姿がぱっと見えなくなり、背が高く眼光がんこうするどい男性がそこに立っていた。

 ふふんと、男性は得意気とくいげな顔をリナナに向ける。


「もしかしてドラゴフォートレスさん?」

「そうだ。ほれ、人化じんかじゅつを使えばこの通りよ。」

「すごい、それも魔術なの?」

「ああ。竜族はみな使える。」

「それじゃあ、私、すぐに用意しますね。」

「いや、洗濯物を干し終わってからでいいさ。」

「あ……。ありがとうございます。」


 リナナはいそいで残りの洗濯物を干し終えると、ドラゴフォートレスとともに館の中に戻った。

 館の中では、先ほどドラゴフォートレスが持ってきた手紙を読んだサクノミが机の前で頭をかかえている。


「サクノミ。私、これから朝ご飯を作ろうと思うの。サクノミも食べるでしょ?」

「……お前、もう自分の家のようだな。」


 リナナはキッチンをざっとながめた。食材はあるのに、何年も使っていないかのような印象がある。もしかしたらサクノミは料理も魔術で作ってしまうのかもしれない。考えてみたら、サクノミが料理や洗濯や掃除をしているところは想像できないとリナナは思った。

 まあ、でも調理ちょうり器具きぐはキレイだな。まないたの上で野菜を切る。孤児院では料理は当番制だったが、みんなリナナの料理が一番美味おいしいと言ってくれていた。だからリナナは自信があった。ところが、リナナはお湯をかそうとして途方とほうれる。ここには火を燃やすかまどが無い。


「あ、サクノミ? ……火ってどうすればいいの?」

「俺は料理なんてしないからな。不要なんだよ。」

「そんな……。」


 リナナは困った。これでは料理ができない。


「おい、サクノミ。意地悪いじわるをするな。……リナナと言ったな。これは魔術で火をおこすのだ。どれ、我れが火をつけてやろう。」


 ドラゴフォートレスがリナナのところにやってきて何かの模様に手を触れると、キッチンのくぼんだところに火がともった。


「すごい。ありがとう、ドラゴフォートレスさん。私にもできるかな?」

「魔術のさいがある人間は滅多めったにおらん。」

「……そうなんだ。」

「まあ、必要になったら都度つどサクノミに頼めばよい。」

「うん。そうします。」


 リナナはドラゴフォートレスの協力を得て、朝食を作った。野菜といも鶏肉とりにくのスープだ。鶏肉はキッチンのどこにあったのか、ドラゴフォートレスが入れて欲しいと持ってきたので入れた。味付けは質素しっそだが、味見ではもうぶん無いと思う。


「どうですか?」

「ほっほっ、美味いぞ。リナナ。」


 ドラゴフォートレスがリナナのスープをめた。


「お前は肉が入っていればそれでいいんだろ。」


 サクノミはドラゴフォートレスにつっこみながらも、特にリナナのスープの出来できには触れずに食べた。サクノミはスープを食べ終わると再び黒い布で口元を覆う。


「よかった。食べてもらえて。私、これからも毎日作るから。洗濯と掃除と料理。どう、サクノミ? 私、役に立ってるでしょ?」


 リナナはサクノミの表情をうかがうようにして聞いた。

 しかし、サクノミは不機嫌に答える。


「少しくらい洗濯、掃除、料理が出来るから何だっていうんだ。俺はそれを魔術で出来る。最初に言っただろう? ここに仕事は無いと。」


 リナナはサクノミのかたくなな態度が変わらなかったのでガッカリした。

 サクノミは落ち込んだリナナに追い打ちをかけるように言う。

 

「そもそもお前な、ここに住むということは、こっちは住居と水と食料を提供ていきょうしてやってるんだぞ。逆に宿代やどだいをもらいたいくらいだ。払えないなら出て行け。」

「えぇ!? それは困るよ!」


 サクノミの予想だにしなかった反応に、リナナは泣きそうになる。

 その二人の様子を見ていたドラゴフォートレスがサクノミに言った。

 

「サクノミ。それではリナナが可哀想かわいそうではないか。我れはこのスープは気に入ったぞ。またご馳走になりたいくらいだ。……よし、リナナ。仕事が必要なのだな? 我れが一緒に考えてやろう。」

「ほんとですか? ドラゴフォートレスさん!」



 さっそくと、ドラゴフォートレスは机をはさみリナナに向き合って座った。

 ドラゴフォートレスにじっと見据みすえられてリナナは少し緊張したが、その目には優しさが感じられて嫌な気持ちはしない。

 ドラゴフォートレスがリナナに質問をする。


「さて、リナナはどんな仕事がしたいのだ?」

「それが、私わからないの……。本当は修道院に入るはずだったのだけど、魔物ゴーストに顔を盗られてしまって。サクノミに助けてもらったんだけど、行くところも帰るところも無くなって。でも生きるためにはお金が必要だから……。」

「ふむ。それでリナナはその仮面をつけているのだな。」

「今はサクノミしか頼れる人がいなくて。」

「そうか。だが、サクノミはリナナの手は必要ないと言っている。どんなにリナナが働けると証明しようとも、押し売りはうまくいくものではないな。」

「うん……。」

「落ち込むな、リナナ。リナナが一生懸命いっしょうけんめいなのは我れもよくわかった。きっと、仮面のみやこロキであればはたらぐちは見つかるだろう。」

「都……。」

「ロキは少々特殊とくしゅではあるがな。皆、仮面をつけているために己を証明できる者の方が上に立つ。公認印こうにんいんというのだ。仮面に付けた公認印によっておのれの地位を証明したり、己の仕事の信頼性を高めたりする。」

「それって……、たぶん私の仮面には無い……ですよね?」

「そうだな。だが、例えば商売にかせぬ商会の公認印は、公認印を持った仮面のあるじの店で働いて修行を積み推薦すいせんて、商会に認められれば公認印を得られる。どうだ? それならばそれほど難しいとは思わないだろう?」

「うん。じゃあ、まずは商会の公認印を持ったお店で働くのが目標でいいのかな?」

「そうだな。我れはそれがリナナには一番良いと思うぞ。」


 リナナは自分が何を目指せばいいのか明確になった気がして嬉しくなった。

 ドラゴフォートレスが優しいみを浮かべて頷く。

 

「サクノミは……何か公認印を持っているの?」


 リナナはサクノミの方を見て聞いた。もしもサクノミが公認印を持っているなら、サクノミの仕事を手伝ってサクノミに推薦をしてもらえばいいのではないかと、リナナはかすかな希望をいだいたのだった。

 サクノミは館の奥で一人で本を読んでいる様子だったが、しっかりと二人の会話を聞いていたらしい。


「残念だが、俺は何も持っていないぞ。」 


 サクノミは二人の方を見ずに答えた。

 

「じゃあ、サクノミはお金はどうしてるの?」

「……。」


 その質問にはサクノミは答えなかった。

 代わりにドラゴフォートレスがリナナに教える。

 

「あやつは魔術を付与ふよした道具を売ってかせいでおる。リナナの仮面のようなものだ。だいたい五十万から数百万のが付く。」

「五十万って……、それってどれくらいなの? パンだといくつ買えるの?」

「パン? そうだな、ざっと五千個くらいか。」

「そんなに!? もしかして、私がつけている仮面もすごい高かったりするの!?」


 リナナは驚いて声を上げた。サクノミの仮面、自分がもらってしまってよかったのだろうか!?

 サクノミは、目を丸くしているリナナをチラリと見ると言った。


「それは失敗作だ。売り物にはならない。」


 それを聞いたリナナは力が抜けたように椅子の背もたれに寄りかかって息を吐いた。

 

「……そうなのね。……でも、こんなにすごい仮面なのに。」


 サクノミがくれた仮面は魔術が宿やどっていて、失ったと思った自分の目や声を取り戻させてくれた、リナナにとっては生命を与えてくれた仮面だったのだが、売り物にならないなんて……。リナナは自分の顔についた仮面にそっと手を触れた。


「私も魔術が使えればよかった……。そしたらサクノミに教えてもらえたのに。」


 だが、魔術は誰でもあつかえるものではない。魔術を使うには体内に魔力がそなわっている必要があるが、魔力の有無うむは生まれながらに決まっていて変えることはできない。魔力を持って生まれる人族は大変にまれであった。こんな辺境で生まれ育ったリナナに当然それは備わっているわけがないとドラゴフォートレスは決めてかかっていた。

 ドラゴフォートレスはリナナの頭に手を置いてリナナをなぐさめるように言う。


「魔術は難しいだろうが、リナナならばきっと良い仕事を見つけられると我れは思うぞ。どれ、これからロキに行ってどのような店があるか見てくるか、リナナ。そうすれば、少しは自分のしたい仕事が想像できるようになるのではないかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る