純粋=悍ましげ

偏り

第1話

私は人に愛される才能を持っている。


駅付近に大きな賑わいを見せる月曜日。

溜息をつく社会人が大勢いる中で「如月美依」も大勢の中に紛れ込んでいた。

月曜日は来てほしくない。

だってつまらないから。

かと言って休日が来てほしいわけでもない。

だってつまらないから。

最近はすべてに退屈を感じる。

いや、最近ではない。

ここ数年何も感じられない。

美味しいものを食べても、ハードル走で県内記録が出せたとしても、心が満たされない。

不快も快も感じない。


「はぁー。」


この溜息が霞んでいくほどに強欲が心に満ちてくる。

何か欲しい。

でも何か分からない。

とにかく何かが欲しい。

夕食のメニューを「なんでもいい。」という小学生のようだ。

そう、なんでもいい。

だけど何か欲しい。


「あ!あの!如月さんですよね!」


甲高い声が耳に響き後ろを振り返ると知らない女の子たちがいた。

もうそろそろ学校に行かないといけない。

それをお構いなしに彼女たちは話しかけてきた。


「如月さん!サインください!」


そういい、約100㎠の縁が銀色のラメがついている色紙と太字のサインペンを突き出してきた。


「、、、、、いいですよ。」


面倒くさそうにする態度を表したが彼女たちには伝わらないようだった。

即席にサインをかく。

本当は色紙に「今すぐ失せろ。」と書きたかったが我慢して書いた。


「どうぞ。」


「ありがとうございます!如月さん!」


何度もお辞儀をした後そそくさ走って帰る彼女たちに苛立ちを覚える。

私の時間を取っているのにも関わらず彼女たちは用が済んだら早足に帰る。

だからといってずっとここにいて欲しいわけでもない。

何とも言えない気分だ。


なぜ、私はあそこで苛立ちを覚えたのだろう?

きっと学校に遅れたくないからだろう。

じゃあ、なぜ学校に遅れたくない?

成績が下がるのが嫌だからだろう。

じゃあ、なぜ成績が下がるのが嫌なのだろう?

親に怒られるからだろう。

延々と続く自問自答を紛らわすためにスマホを開き時間をみる。

HRが始まるまであと20分。

そろそろ学校に向かわないと授業に遅れてしまう。

適当な理由をつければいいが、ここで嘘をつく暇があるなら学校に向かう方が良作だろう。

私が発言した「嫌」「苛立ち」を感情だと悟りたくない。

でもこれが感情だと自覚したいのだ。

きっと私は極度の意地っ張りで完璧主義者なのだろう。

改札を通り抜ける中そう考えていた。


「おはよー美依っち!」

「今日はちょっと時間にギリギリだったね?」


明るい口調で話しかけてきたのがネコ目が特徴のクラスメイト「白雪 光」だった。

最初彼女に出会ったときはびびった。

光と書いて「ライト」と読むのだ。

今まで「嬉愛羅」で「きあら」と読む人に会ったことはある。

でも「ライト」と呼ばれる子には会ったことがなかった。

ネットでよくあるキラキラネーム一覧にはあまりのってこない。

でもこれは正真正銘キラキラネームだ。


苗字が白雪なら名前は姫にしたらいいのに。

このようなツッコミは置いておいて彼女はこの名前をどう思っているのだろうか。

一度彼女に聞いたことがある。


「ねぇ、キラキラネームについてどう思う?」


不意に口にしてしまった。

部活終りの帰路。

ふたりだけの帰り道。

夕焼け空がまぶしすぎて早く帰りたい。


「、、、、、。」


黙ってしまった彼女を見た。

彼女の眼は夕焼け空に反射してよく見えない。

でも触れていけない話題だったことは間違いない。


「あのえっと、、!」

「和田先生が今日給食でさー、、、」


私は話題を変えることにした。

今まで空気を読むことは得意だったはずなのにどうしてこんなこと聞いたのだろう。

聞かれて愉快になる人は必ずいないのに。


「私はこの名前嫌いじゃないよ。」


「え?」


うつむいていた彼女が顔を上げ私の方へ向く。


「なんか唯一無二だから覚えられやすいからさ、私はこの名前嫌いじゃないよ。」


そう言いニッコリとほほ笑む彼女の顔は苦みに帯びていた。

絶対にそんなこと思っていないだろう。

私はどうして聞いてしまったのだろう。

苦い顔をした彼女をみたくなかったのに。


「でさー和田先生がどうしたの?」


すぐにいつもの明るい口調になった彼女に安堵を覚えた。

明るくノリがいい彼女に私が惹かれたのだろう。

そんなところが彼女の魅力だった。

この内容をきっかけに私たちは仲良くなっていった。

きっとあっちは根に持ってると思うけど。


「おはよ。美依ちゃん。」


カバンの片付けをしているときに現れたのはダークブラウンの髪色にピンク色のインナーカラーが特徴の「早乙女 柚希」だ。


一見不真面目に見える彼女だがホントは内気で恥ずかしがり屋なのだ。

染めたのは自分に自信が持ちたかったと言っていた。

正直に言って髪を染めただけで自信が持てると思っていること自体馬鹿馬鹿しいと私は感じたが、ギャップ萌えという効果があるらしい。

染めて彼女は満足しているみたいだし、私が口出しすることではないのでまぁいいと思う。


「美依ちゃん。今日、数学のテストあるよ!」


「え!?ホント!?」

「全く勉強してないわー。」


「私は今回、勉強してきたから、美依ちゃんに負けないよ!」


私に指をさす彼女の爪にはメイルが塗られていた。

薄ピンクにキラキラとラメがついている。

前使っていたハンカチはうさぎの絵がついているピンク色のハンカチだった。

ピンクが好きな彼女は女の子らしいだろう。

私とは正反対だ。


テストの話に戻そう。

正直に言って勉強してなくても点数はとれるだろう。

でもテスト勉強していないのは事実だ。

勉強しなくたって授業聞いていれば何とかなるし。

でも柚希はどうしてこんな話題をするのだろうか。

私が成績がいいことを知っているはずなのに。

「勉強してきた。」

と言ったら真面目がられる。

「勉強してない。」

と言って点数が彼女より高かったらどういう反応をすればいいか困る。

本当に彼女は何とも言えなくなる話題しかだしてこない。

その空気が読めない天然なところが彼女の魅力なのだろうか。

きっと男子受けはいいだろうけど、女子からしたらかなり厄介な性格だ。

「天然」、「ほどよく真面目」、「ギャップ萌え」、「女の子らしい」

この4点がある彼女はかなりモテる。

顔もお母さんがアナウンサーなのでいい方だろう。

そのせいで私と光以外の女子は面白くないと感じているだろう。


「♪~♪~♪」


予鈴が鳴り始めた。

びっくりした様子を見せる柚希はやっぱり天然だ。

この学校に入学してから3か月経つのにまだ慣れていない。

少し笑えるので微笑んでみた。

彼女は全く気にしていないようだ。


「ばいばい!美依ちゃん!」


「うん。テストがんばってね。」


ひらひらと手を振るが彼女は気にも留めていないらしい。

やっぱり彼女は天然だ。


ー-------------------------------------


今日は部活がオフだ。

早く帰れると思ったのに美化委員の仕事のせいでかなり遅れてしまった。

早く帰って課題を終わらせる予定だったのに。


電車を降りてから家へと向かう。

私の家は駅から徒歩で10分ほどかかる。

微妙な時間だ。

特別はやく着くわけでもない。

だからといって遠いわけでもない。


「、、、、やっぱりだれか後ろにいる。」


10分の間、私はストーカーが付いてきている。

早く帰りたいが家を特定されたくない。

毎回全力疾走で家まで着いているが今は走る気力もなくなってきた。

しかも家まで特定され最近はポストの大量の手紙が詰められている。

「大好き」「愛してる」「可愛いよ」など、まさに典型的なストーカーだ。

気持ち悪くて仕方がない。

これを愛だと言いたいのだろうか。

こんなべたべたとしたものを愛だと言いたいのならものすごく胸糞悪い。

個人の主張をこっちにまで共有させようとしてきている。

ストーカーどろどろの欲が私をおぼれさせようとしてるのだろうか。

愛情や恋情を入れて育てたフォアグラみたい。


「ホントキモイ。」


思い出すだけで吐き気がする。

いつもより遠回りだが大通りを出て帰ってきた。


「ただーまー。」


ドアを勢いよくあけてドタッと主張するようにドアを閉めた。

きつすぎる主張。

こっちにまで伝染させようとして来てるストーカー。

エゴの入ったエスカルゴみたい。

あはは。


大して面白くもない冗談をつぶやきながら部屋へカバンを置いた。

さて勉強でもしようか。


ー-------------------------------------


「ねぇ、美依ちゃん。」


「何。お母さん?」


お風呂から上がってきた私の足を止めて話しかけに来た。

私のパジャマはピンクのうさぎ模様のパジャマだ。

もちろん柚希チョイス。


「最近ストーカーされてるでしょ。」

「警察でもしっぽがつかめないみたいでね、、、、。」


なんて無能な警察なのだろう。

実際には私の身体に無傷はないのだから動けないのだろうか。

少しは聞き込み調査や指紋を確認してもいいと思うのだが。


「だから、お父さんの転勤先に引っ越さない?」


「え?」


私の父はよく転勤している。

帰ってくるときは決まって目の下にメイクでもしたのかってくらい隈がついている。

あまり話したことはない。

ここに住んでいるのは私とお母さんだけだ。


「お父さんの転勤先は長野だからきっとストーカーも来れないわよ。」


補足だが私の今住んでいる場所は東京の大山だ。

2LDKのマンションに二人暮らし。


「じゃあ、長野行く。」


「、、、、すぐ決めっちゃっていいの?」

「もうちょっと友達の柚希ちゃんやひかりちゃんも、、、、。」


なんだこいつ。

長野に行こうと提案したのはそっちなのに。

なんで長野に行くというと反対するのだろうか。

ちなみにひかりちゃんといってるのは光のことだ。

お母さんはキラキラネームにあまりいい印象を持っていないようだった。

だから嘘をついた。


「うん。連絡先持ってるし。」

「またいつでも会えるでしょ。」


「分かったわ。」

「一か月後に引っ越すね。」

「それまで学校楽しんできてね。」


「はーい。」


私が元気よくあいさつするとお母さんは満足そうな笑みを浮かべる。

やっぱり私は人に愛される才能を持っているんだわ。

でもこの才能は顔と表面上の性格のおかげだ。

ストーカーもおびき寄せちゃったけど。

表面上の性格だよ。表面上のね。


でも私はあいつのせいでこの性格が崩れていく。

大きく膨らませた風船ガムに針を刺すとは違い崩れ方。

チョコチップクッキーがぽろぽろで崩れていくみたいに。

崩してきた男、それが「百目鬼 凛」だった。









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