第十話 婚礼の儀

 婚礼の儀は、ラセルの想像以上に華やかだった。壁に掲げられた松明の明かりが、暗い聖堂を優しい色に変えている。集まった貴族たちの数も半端ではない。改めて、家柄ということを思い知らされる。


 ラセルは「不肖の息子」である。それはここに集まった全員が知っているのだ。が、だからといって彼を邪険には出来ないこともわかっていた。それほど、ラセルの一族は根強い権力者としての力を誇っているからだ。


「では、これよりラセル、サーシャの婚儀を執り行う」


 厳かに式が始まる。大きな扉が放たれ、きらびやかな衣装に身を包んだサーシャが現れる。参列した者たちから「ほぅ」という溜息が漏れた。


「ラセル様、」

「サーシャ、とても綺麗だね」


 ラセルは笑顔でサーシャに手を差し伸べる。


「ここに二人の結ばれた証を!」


 杯に注がれた深紅の液体。それを交互に飲み干し、誓いを立てるのだ。

 まずはサーシャが飲む。そして杯をラセルへ渡した。のだが……、

 パァァァァァッ


「うわっ」


 閃光!


 参列者たちが悲鳴をあげる。サーシャもまた、そのまぶしい光に目を細めた。セルマージが前へ出る。いつでも二人の元へ飛び込めるようにだ。


 静かに、光が止む。


 そこにいる者たちは皆、驚きと戸惑いを隠せなかった。ラセルの額に、金色の文字が浮かび上がっていたのである。それは魔物のものではない。そして、誰かが叫んだ。


「お前は……お前は愚かにも、精霊と結ばれているのかっ!」


 ザワリ、その場にいた全員が騒ぎ出す。ラセルは額を抑え、自分の身に何が起きているのかを冷静に考えてみた。額に現れた文字は、ラセルには何のことかわからない。だが、そこに何かの力が働いているということはわかる。感じるのだ。


「ドージャス、お前はあれが精霊文字だと申すか?」


 ヴァールが落ち着いた口調で問い質す。呼ばれた男は、列の前へと歩み出ると、うやうやしく膝を折り、告げた。


「恐れながら申し上げます。あれは間違いなく精霊文字。そしてあれが意味するのは、この者は契約中であるから他の者とは交じわえぬ、という警告」


 ザワリ、


「……そ…んな……」

 サーシャが後ずさる。


「嘘だろ、」

 ラセルも顔面蒼白である。


「精霊は伴侶との繋がりが尤も強い種。額の文字は、その証に他なりません!」

「……婚礼の儀は一時中断とする!」


 ヴァールが厳しい顔で声をあげた。


「信疑については、早急に答えを出し、事と次第によっては処分も考究する。セルマージ! ラセルを捕らえよ!」


 呆然とヴァールの言葉を聞いていたセルマージがハッと顔を上げた。一瞬の躊躇の後、ラセルへと歩み寄る。

「ラセル様、」

「セルマージ、俺は……」

「話は後でいくらでも聞きます。今はヴァール様に従ってください」


 セルマージとて信じたくなどない。ラセルが精霊と誓いを立てているなど。だが、額に書かれた文字は未だ消えてはいない。それがなんであるか、セルマージ自身も知りたかった。それに、このままでは混乱が大きくなってしまう。ラセルとサーシャを一刻も早くここから連れ出す必要があった。


「わかった」

 ラセルが頷く。チラ、とサーシャを見ると、彼女は顔を歪めたままラセルを見上げていた。


「サーシャ様も、さぁ」

 グイッ、とサーシャの腕を掴み、足元のふらつくサーシャを抱き上げた。ラセルが一瞬セルマージの顔を睨む。そして、クスッ、と小さく笑った。

 ラセルたちは聖堂を後にし、ヴァールの後を追って彼の私室……南の塔へと向かった。


「セルマージ、俺は一人で行く。サーシャを頼む」

「しかし、」

「いいから、彼女を休ませてくれ」

 サーシャはラセルの言葉が耳に入っているのか、セルマージの腕の中でぐったりとしていた。

「……わかりました」

「頼む」


 もう一度、強い口調で告げると回廊を抜けヴァールの待つ部屋へと向かった。



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