第27話 獣人族タチアナと脱法プロマイドの行方を追え!前編
プロマイド:魔術であれこれした動く写真。白黒、カラー、音声付与など種類は多岐にわたるが、その分高価で編集には高い技術がいる。
動かない静止画は写真世呼ばれていてお手頃価格で市場に出回っている。
盗撮への法的罰則は存在しないが、種族によっては執拗な追跡と報復が発生するリスクが伴う。
とある伝説の大怪盗は延べ1万を超える男児を盗撮し、貧しきものに分け与えたという。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「ヘンリー坊の脱法プロマイド…?」
「そうです」
いつも通り鍛錬に汗を流していると、周りに人がいないことを確認してちょいちょいと寄ってきたメイドのタマラが出し抜けにそう云い放った。
タマラが珍しくヘンリー坊に引っ付いていないと思えば、坊には言えない話だからか。
しかし脱法プロマイドって言われてもな。
プロマイドに違法も脱法もないと思うんだが…。
「プロマイドっつーと、あの動く写真のやつだよな。それが脱法ってのはどういうことなんだ?」
「年頃の男性のプロマイドは売買が禁止されています。
目的はあくまで性的なそれが出回ることを防止するためであり、所謂健全なものについては法に問われることはありませんが」
「罪に問われないのに禁止って」
「法は許してもその親族や家が許さないという意味ですね」
「そういうことかぁ…」
「実際、坊ちゃまのプロマイドが知らない女に売りさばかれていると思うとムカつきますでしょう?」
「めっちゃムカつくな」
気持ちは痛いほどわかるけどな。
ラインバッハ家は力が強いから並大抵の相手でなければ交友を結べないし、直接的な手段を取ろうにも外を歩く時は常に護衛が止めるからお近づきには成れないときた。
あたしにボコられたのにラインバッハ家に雇われたアヤメはただのレアケースでしかない。
そりゃプロマイドの一つや二つ欲しがるわ。
普段から身近にいるあたしでも欲しいくらいだ。
それに普段からガチガチに警護されているヘンリー坊の所持品ならともかく、写真ならいくらでも流通しておかしくはない。
だって坊が外を歩くとちょくちょく写真を頼まれるからなぁ…。
それに基本的に断ることがないし。
あのファンサービス精神は何処からやって来るんだろうか。
マナーを弁えた奴ばかりということもあって坊への危険度は大したことが無い。
それに何より坊本人が嫌がっていないものをあたしらが追い散らすのも筋が通らない。
御屋形様からも危険がなければ好きにやらせて欲しいと言われているからなおさらだ。
「プロマイドは別件の盗難事件の押収品の中から発見されました。
現在は元の所有者を調査中です。
購入経路が判明するにはまだしばらくかかるというのが私の予想です」
ちょっと待てよ。
確かに坊は写真を頼まれて快諾していた。
隠し撮りなら間違いなくあたしが気付くから、おそらくはそれらの写真の内のどれかだろう。
だがあたしの記憶が正しければ、その時は確か…。
あたしが考えを巡らせていると、タマラは懐から掌二つ分の大きさの一枚の薄い板を取り出した。
「そしてこれが密売されているプロマイドになります。
丁寧に編集されて画面には映っていませんが、ヘンリー坊ちゃまの隣にいたであろう人物が恐らくその犯人でしょう」
今思い出したわ。
そうだよ、坊はすべての写真に自撮り2ショットで応じていたじゃんよ。
自分の顔が映ってるものを他人に譲ったりしないだろうという判断で、御屋形様も「これなら密売されることもないだろう」と渋々ながらお認めになっていた筈のものが。
御屋形様のブチ切れ案件じゃねえのかこれ。
オイオイオイ、死んだわあたし。
未来予想図に震える手で受け取ったプロマイドには、外行きの格好をした坊の姿が映っていた。
あたしの都合の良い脳みそは寸前の恐怖をころっと忘れた。
うわあ坊だ。
動いてる坊がいる。
しかもめっちゃ喋ってる。
画質も凄いなこれ。
プロマイドの中の坊は相手の女らしき影と少しばかり話した後、女に寄り添って輝く笑顔でイエーイとピースサインをキメた。
ピースサインの後もヘンリー坊は止まらない。
ダブルピース、見下した表情での挑発的な指差し、上目遣いのあっかんべー…。
ノリノリで何度かポーズを変えた後、最後のウインクでようやく再生が停止した。
……長くね?
あたしの知ってるプロマイドって写真の前後数秒が動くやつなんだが。
1分以上続いてたぞ。
なんだこれは。
芸術品か?
「坊ちゃまの神聖なチェキ写に密売などという狼藉をよくも…!
到底許せるものではありません!」
これってチェキ写っていうのか。
良いなチェキ写。
坊に頼んだらあたしにもしてくれるかなぁ。
なぁタマラ、さっきのをもっとよく見たいからさ。
プロマイドを握っているその手を放してくれねえかな。
「………」
「いや取らねえよ。
取らねえから、もうちょっと良く見せてくれってだけで」
「ふーっ、ふーっ…!」
「目が怖いんだが」
プロマイドが壊れない程度に引っ張ってみるがピクリとも指から離れない。
これが本当に非力なはずの鼠人族の握力なのだろうか。
もう分かったからその目をやめろ。
目力強すぎて血管浮いてるぞ。
あたしが諦めて手を離すとタマラは大事そうにプロマイドを懐に仕舞い込んだ。
いや仕舞うなよ。
証拠品なんだろそれ。
というかあたしも欲しいんだが。
魔法族のマリナに頼んだら複製とか出来そうじゃないか?
金ならあたしが出すからさ。
「ちなみにこれを編集した者はかなり高い技術を持っているらしく、
マリナ様に見て頂きましたがプロテクトを破れそうにないとのことです。
つまり複製は出来ません」
ああなんだ、もう頼んだ後だったか。
そりゃそうだよな。このプロマイド良く出来てるもん。
複製は無理かぁ。
しっかし専門ではないとはいえ【星座】持ちのマリナが降参するレベルのプロテクトか。
とんでもない変態がいたもんだな。
プロマイドの情報から追えないとなると、地味に聞き込みしていくしかないのか。
…いや、違うな。
いかに技術力に優れた変態であろうとも、こちらにはまだ打てる手がある。
プロマイドには坊の上半身がはっきりと映っていた。
つまり坊を良く知る人物なら映ったのが何時頃のことなのかを大まかにでも見当つけることが出来るということだ。
そしてここにはヘンリー坊のその日の服を決定している女がいる。
ハイテクで駄目ならアナログな変態をぶつけんだよ。
そうだよなタマラ!
お前ならきっと覚えているよなぁ!
「もちろんです。このタマラ、ヘンリー坊ちゃまがいつどんなお召し物だったかを全て記憶しています」
「おおっ! 流石だぜタマラ!」
「ふふっ、それ程でもございません」
タマラはそう言うと自慢気に薄い胸を張った。
そっか、来ていた服を全てか。
かなり適当に言ったんだが、マジで一切の誇張なく全て覚えてるんだろうな。
すげえよタマラ。
でもちょっと怖えよ。
「あー、それで、このプロマイドが撮られたのは何時頃なんだ?」
「7日前ですね。間違いありません」
「おお…」
「何か?」
「いや何でもない」
悩む素振りさえ見せずに即答されたからちょっとびっくりしちゃったよ。
有能な仕事ぶりと変態さは両立するもんなんだなって。
ヘンリー坊の周りにはキャラが濃い奴が集まりすぎじゃないだろうか。
変な引力かフェロモンでも振りまいてるんじゃなかろうか。
坊の将来への不安が積もるが、今はプロマイドの調査に集中しよう。
7日前ね。
運が良いことに、ここ一週間は雨が降ってない。
いけるか?
多分ギリいける。
ヘンリー坊の為ならばあたしは限界を超えられる。
「鼠人族ネットワークでなんとか聞き込みを…」
「あたしも追跡に加えてくれ」
「遅くとも数日もすれば情報が集まりますが…。ん? 追跡ですか? 捜索ではなく?」
「ああ追跡だ。時間をかけると今以上にプロマイドをばらまかれるかもしれねえだろ?
あたしならうまくいけば今日中には片を付けられる」
「きょ、今日中ですか? でもどうやって」
「7日前に会った奴なら全員の匂いを覚えてる」
「おお…」
「何だよ?」
「いえなんでも」
何だその呆れたような顔は。
あたしはそこそこ出来る方だという自負はあるけど、この程度でデカい顔をするつもりはねえよ。
本職はこんなもんじゃねえからな。
何はともあれ犯人の目星はついた。
時間は駆けたくないし、下手に気取られて地下に潜られると厄介だ。
となれば少数精鋭。
電撃作戦が望ましい。
相手の力量は不明だし、追跡役のあたしの他には魔術の対応役とついでに肉壁が必須だな。
ならマリナとアヤメで良いか。
どうせあいつらも暇してんだろ。
タマラは一応別ルートで聞き込みを頼むぜ。
しくじるつもりは微塵もないが、それでもしくじらないとは限らないからな。
しかしアレだ。
内容的にも不謹慎で口には出さないけども、久しぶりの狩りでワクワクしてきたな。
楽しくなってきたぜ。
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