クエスト審議官の後始末Ⅱ 冒険者がそれを終えた時、私の仕事は始まる

カズサノスケ

第1話

 クエスト審議官、クリスティアは新たな赴任地となる冒険者ギルドに辿り着いたばかりだ。執務室に入ると持ち込んだ手荷物の整理を始めるでもなく、机の上に積まれた書類の束に目を通し始めていた。


 そこへギルドの長が訪ねて来た。彼は通り一変の簡単な挨拶と自己紹介を済ませると、首を捻りながらクリスティアに問いかけたのである。


「ところで。1等審議官様ともあろうお方が、なぜこの様な初心者ギルドなんぞに?」


 クエストは難易度によってEからAランク、更に上のSランクに等級わけされている。クリスティアが自ら望んで就いたのはEランク案件ばかりを扱う、いわゆる初心者ギルドと呼ばれるものだったのである。


 通常、1等審議官ともなればAかSランクの集中するギルドを担当するはず。前任者の5等審議官が病気で倒れ、ギルドの長としてはすぐにも代わりの者を派遣して欲しかったのは事実だがあまりにも格上の審議官が来てしまったのを不思議に思うのは当然の事だった。


「鉄は熱い内に叩け。そう言うでしょ?」


「はぁ? どういう意味でしょう……」


「AランクやSランクに挑めるところまで実力を付けたベテラン冒険者は妙な自信もついてしまって矯正が難しいの。クエストはただ闇雲にクリアさえすればいい、そういうものではないと教えるのに時間がかかる。だから、そうなる前の初心者の内に叩いておこうと思いましてね」


 クエストの額面通りにクリアする事だけを目指すと思わぬ事故を招く事がある。クリスティアは長にそう説明を続ける。


 以前、ドラゴン討伐クエストに挑んだ冒険者たちがいた。彼らが戦う場所と方法を適切に選ばなかったお陰でドラゴンの火炎により森が消失。そこに生息する野草が消えた事で小動物の餌がなくなり、それらを捕食する動物にも影響を及ぼす事が危惧された。


 そして、いずれそれは近隣の村に住まう人々の食料問題に発展する。更には森の木々の根による給水効果で防がれていた土砂災害を招く可能性もはらんでしまったのだ。


 ドラゴンをただ倒せばいいわけではない、戦いが周囲に及ぼす影響まで熟考した上で臨まなければドラゴンがもたらす被害より大きな災の芽を植える事もあるのだ。


「なるほどね〜〜。ただ、うちではそんな大きな事故に発展しちまいそうなクエストは扱っていませんがね。がっはっはっ!」


 この周辺には弱小の魔物しかいないを得意気に語ったギルドの長が去った後、クリスティアはお茶をすすりながらクエスト達成の報告書に目を通し続ける。


 そこに記載されていたのはスライムの討伐だの回復薬を届けるだのといったものがほとんである。どれも似たり寄ったり、いかにも初心者ギルドらしい簡単なものだった。


 一通り報告書を読み終えたクリスティアは手早く紙片を仕分けし始める。どうやら、その内容ごとにまとめるつもりの様だ。


 ギルドの長を執務室に呼びつけたクリスティアは一際高く積もる紙片の束を指してみせる。


「この数日間で角ウサギの討伐が突出して報告されていますが異常発生でも起きたので?」


「えぇ。畑の農作物を食い荒らされて困ると近隣の村々の農民たちから続々と討伐の依頼が出されまして」


 角ウサギはその名の通り額に角を生やしウサギの様な姿見を持つ魔物である。


 強靭な脚力で跳ねて角に威力を乗せて来る突進攻撃を受けてしまえば命に関わる傷にもなりえるのだが、それさえ注意すればさほどの事はない。少々、戦いに慣れ始めた冒険者にとって手頃な獲物といったところだ。


 今、出されている討伐クエストはそもそも農民たちによるものだが、農作物への被害による食糧難を危惧した領主により報酬がかなり盛られていた。


 それだけに、冒険者たちはこぞって角ウサギを狩っている様だ。クリスティアはギルドの長からその様な説明を受けた。


「なるほど。では、とんでもない数の討伐の証がギルドの保管庫に溜まっていそうですわね……」


「ええ……。1日毎に角が100本以上は持ち込まれております。1等審議官様のような方には申し訳ないですが、まずは角の浄化を急いでお願い申し上げます」


 死骸になったとは言え、魔物の身からは人間にはよくない影響を及ぼす魔気という物が放たれる。魔物の死骸は例え小指の先ほどの肉片でも浄化してから処理するのが基本だ。


「ん? 待って。今、角の浄化と言いましたか?」


「はい、あなた様には釣り合わないしょうもない仕事であれですが……」


「なんと! 角の浄化とは!!」


 それまで穏やかな表情と仕草で淡々と会話を続けていたクリスティアだが、急に両目の端を吊り上げると腰をかけていた椅子から瞬時に跳び上がる。そのまま軽々と机を飛び越えると、丁度ギルドの長の前に着地する。


「ひぃぃぃ~~! お許しを。なにせ、ここは初心者用ギルドですから、その様な雑務しかないのです」


 クリスティアは何か勘違いをしている様子の長には目もくれず執務室を飛び出すと、そのまま厩舎へ向かっては馬上の人となる。


 鐙に乗せた両脚だけで乗馬を操り、懐からこの辺り一体の地図を取り出して開く。その中に報告書にあった村々の名前を探すと、ここから一番近い村の方へと馬主を巡らせていた。



「くっ……。やはり、報告用に角だけを取って死骸はそのまま打ち捨てにしたのね」


 草原のあちらこちらにそれらは転がり野ざらしとなっていた。角ウサギは角を取ってしまえば普通のウサギと何ら変わらぬ姿形をしている。クリスティアが危惧したのは、まさに今、目の前に広がっている光景だった。


 クリスティアはしかめ面で辺りを見回し、逃げる角ウサギを追って森の奥へ消えて行く1組の冒険者パーティの姿を捉える。



「助けてくれ〜〜〜〜!」


 それから程なくして彼らは茂みから転げ出て来る。続いて、灰色の塊が飛び出すと冒険者パーティを一気に追い抜き、その前に4本の脚で立つと牙を剥いた。


 その姿見は狼であったが、どこか様子が違った。目の端が釣り上がり、その瞳は燃え盛る炎の様に赤い。


「やはり、角ウサギの死骸を食らって魔獣化するものが出てしまった……」


 魔物の体内を流れる血液には魔気と呼ばれる物が巡っている。それが高い発奮作用をあたえ獰猛にさせる。その魔物を魔物たらしめる根源を口にしてしまった動物が魔気中毒を起こして荒ぶるのが魔獣化現象と呼ばれるものだ。


 生きた魔物は強い魔気を発し、それに当てられたものは恐怖を覚える。よって、通常は魔物を襲って捕食する様な肉食動物はいないのだが死んでしまえば話は別だ。魔気は鳴りを潜め、動物からはただの食べやすい死骸に見えるだけである。


 魔獣化した狼はその身体能力が遥かに強化され、食した角ウサギより遥かに強いと言える。そして、最大に厄介なのは神経が狂ってしまい痛みに怯むと言う事がない。それは、角ウサギを狩るのが丁度いい程度の冒険者では既に手に負えないほどの脅威となっていた。


「このクエストの後始末は私がつける!」


 クリスティアは狼を見据えると胸ポケットに入っている羽根ペンを取り出し、ペン先を右手で握ると地面を蹴った。


 次の瞬間には冒険者パーティと狼の間に割って入り、1人の尻の辺りに噛み付こうとしていた牙をペンの羽の部分で受け止める。狼は低く唸り声を上げながら羽を引き千切ろうと首を振り回している。


 クリスティアは羽根ペンを握る手に力を込め何かを祈り始める。すると、羽根ペンは徐々に膨らんで大きくなり、手頃の剣と言っていいほどの大きさにまでなった。ふわりとしていたはずの羽は硬くなり、まるで刃の様な光沢すら放ち始めている。


 それは、かつて勇者だったクリスティアが最後に持った剣。神獣『不死鳥』の羽根を鍛えたとされる『フェザーセイバー』、生の世界と死の世界の狭間に存在するとされる神剣だった。


 刃から放たれる青白い光が狼の喉の奥へと流れ込んで行く。すると、それまで逆立っていた全身の毛がおさまり始め、荒れに荒れていた呼吸も整い始める。


 真紅に変わっていた瞳からその色が消え黒と白のものに変わると、狼は森の奥へと駆けて行った。


「魔獣化したからといって斬るわけにはいかない。例え1頭でも、僅かに生態系を変えてしまった時に何が起こるかわからないわ」


 クリスティアは元のサイズに戻った羽根ペンを胸のポケットに収める。彼女が使ったのは『フェザーセイバー』に宿る聖の気を使った浄化の術だった。



 クリスティアはギルドの執務室で相変わらず書類に目を通し続けている。どうやら、赴任してから数日が過ぎても手荷物が整理される様子はない。


 そこへギルドの長が訪ねてきた。


「ふぅ〜〜。村々を回って角ウサギの死骸を全て回収してきましたぜ」


「ご苦労様」


「それと審議官様のお命じ通り、角ウサギの件も含めて魔物討伐クエストは肉体の一部を証拠に持ち込むのではなく死骸そのものと変更致しました」


「ありがとう」


「でも、本当にいいんですか? それじゃ」


「大丈夫。わかっているわ」


 魔物討伐クエストと言えば、その爪や骨、目玉などといった指定の部位を証拠品として提出するのが慣習になっていた。それは、特定部位が武具や薬品の素材として利用出来る為、解体の手間を省きたいという生産者たちの意を汲んでそうなった経緯がある。


 長は、苦情を掲げてギルドへ押し寄せてくる生産者たちの姿を思い浮かべていた。まずは自分が相手をし、結局はクリスティアの執務室へ雪崩れ込んでは大騒ぎするのだろう。それでも、クリスティアが折れて撤回する事はなさそうだ。


 好き好んで初心者ギルドなんぞへやってくる1等審議官。だが、審議眼も仕事ぶりも確からしいクリスティアに長は行政者としての信頼の様なものを覚え始めていた。それが突き上げを食らって、終いには陳情が王都に届けられて早々と交代させられる事態にはなって欲しくない、惜しい気がし始めている様だ。


「まあ、1等審議官様……。いや、クリスティア様が大丈夫というならお任せしますが」


「はい、ありがとう」


「それより、今、保管庫は何ともおぞましい光景でございます……。ありゃ、とても1日で片付く数じゃないですぜ。そうこうしている内に、またぞろ大量に持ち込まれるんじゃないかと……」


「すぐにすっきりさせるから大丈夫よ。私、とっても後始末が得意なの」


 すぐに片付ける。一体何百体分あるか数え切れない死骸がそんな簡単に片付くものか?と半信半疑で聞いていたギルドの長だった。


 しかし、その日の夕暮れの事。本日の仕事の最後に、保管庫に何か異常がないか確かめるつもりでやって来た長は魔物の死骸が綺麗さっぱり片付いていた光景を目にする。しかも、生産者が必要とする部位だけが綺麗に整理されて並んでいたのだ。


「いや~~、うちなんぞに、すごい審議官様が来てしまったものだな!」


 そして、長はその審議官と、ある光景を思い浮かべていた・


「半日もかからずに保管庫を綺麗に整理できたのに、なんで、あの人手荷物は手つかずなんだろうな……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クエスト審議官の後始末Ⅱ 冒険者がそれを終えた時、私の仕事は始まる カズサノスケ @oniwaban

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ