のほほん曼陀羅

春野明日羅

物落とし

 物好き、物乞いなどは聞くが、物落としとは聞かない。

 しかるに、私はそのような「物落とし」に類するような人であるらしい。

 今朝もまだ二度ほどしか使用していない香水の瓶を落とし、中身を全部ぶちまけてしまった。安香水だったから良いようなものの、一貧乏学生として、中々身に堪える所がある。それに、これがもし、奮発して購入した、高級香水だったなら、などと考えるとぞっとしない。いやはや、何物も、私のような質の人間にあっては、安物を購入するに限る。

 それから一時間経ってかあらぬか、コンビニへ行ったが、そこでも「物落とし」たる風格を遺憾なく発揮してしまった。棚に陳列されたる温泉卵を二個も不意に落っことしてしまったのだ。そこは、現代技術の妙というか、プラスチックの面目躍如というか、中身は幸い、無事であったけれど、何となく体裁が悪かったので、要りもしない卵をふたつも購入することと相成ってしまった。

 それと、話はそれるが、私はどうも卵という物に不思議な魅力を感じないではいられない。以前、私は卵に関する小説を一遍、叙しようとしたことがあった。それは、不幸にも挫折してしまったのだけれど、しかし、それからも、それ以前も、私の中では卵は不思議なモチーフとして定立しているらしいのだ。石膏の如き白面の、確固としてその形を保つ殻と、それにつつまれた混沌として、融通無碍なる中身という微妙なコントラストが何か蠱惑的ではないか。いつかは卵に関する小説を完成させてみたいものだが。

 話を戻すと、私は物落としだ。

 今、この駄文を執筆しているさなかにも卓上の本やコピー用紙などが雪崩のように崩れ落ちた。

 更には不幸なるかな、この性質はどうやら物質面にしか適用できないらしいのだ。実際、いま、こうやって執筆しながら「落ち」の付けどころを見失って、閉口している。

 こうやって、落ちを探しながらも、いつ身の回りの物が落ちてきて、破損したり、溢れてしまったりするのではないかと不安で、不安で、落ち落ちしてはいられないのだ。

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