今日も生きる。〜健やかで安寧の日々を〜

秋月奏

第1話 友との別れ

血の匂いがした。

むせ返るほど濃く、強いその香りは少しの焦燥と後悔の念を自分に抱かせる。

そしてどれほどの距離を歩いたのだろう。

とてつもないほどの距離を歩いたのは確かだ。

しかし、疲労を感じることはなかった。

それどころか、生きている感覚すらも感じない。

眼の前に広がるその光景を見たときには、すでに腰に下げた剣を抜いていた。

数万匹にも及ぶその魔物の群れは、立ち向かったであろう冒険者の亡骸を貪りながらこちらに向かって歩いてくる。

「イリアス、ロゼ、エルビン……」

かつてともに過ごした、冒険者の名前を呼ぶ。

しかし返事が帰ってくることはなく、魔物が歩を進める足音のみが森に響き続ける。

少しずつ、心が砕けていくのがわかる。

パリン、パリンとどんどんと砕かれていく音がする。

もう、何も聞こえない。

ただ絶望と殺意のみが自分の中に溜まっていく。

心が砕け、様々な感情が漏れ出てゆく中でその二つの感情のみが留めなく溢れてくる。

そして、ついに魔物の群れの先頭にいた小鬼が棍棒で自分に襲いかかる。

しかし、その棍棒は身体に到達することなく、腕とともに宙に浮く。

「四之型 刻閃斬・絶」

黒く輝くその閃光は、まるでバターを斬るかのように先頭にいた小鬼の腕を落とし、後ろにいる大妖鬼の数匹を絶命させる。

「二之型 断絶斬・獄」

先程のものよりも殺意の籠ったその刃は、静かに六匹の黒竜の首を落とす。

そこでようやく、敵が脅威であると認識したのか、すべての魔物が一斉に男に遅いかかる。

「皆伝八之型 殲焼斬・極」

振るわれた一太刀によって、二千もの魔物が絶命する。


そこから先の記憶はない。

しかし、二晩を越えてようやく目の前に光が指す。

そこに映し出されたものは、数万を数える魔物の死体の山と、血でできた複数の水溜りだ。

そして、着ていた上着には傷がないものの、返り血でシミができており、死体の山を築いたであろう愛剣ヴィーナスは魔龍バハムートに突き刺さっている。

美の女神の名を冠するそれは、本来であれば神聖系超級魔法イージスの力によって一切の曇もない純白の刃であるはずなのだが赤く染まっている。

それ以外にも、空間系超級魔法ウラヌスによって放出されたであろう神話級の武器がそこら中に散乱している。

本来、人間が作り出すことが不可能であろうその光景を作り出した張本人は上の空といった風に空を見上げる。

そうして、一時間程が過ぎた頃、男の額に雫が数滴流れ落ちる。

魔物を殲滅する際に、募った絶望と殺意が涙とともに流れ落ち、その変わりに他の感情を少しずつ戻っていくのを感じる。

どんなに傷つこうとも、流れることのなかったそれは、友人の死という喪失感に直面することでようやくその姿を表した。


その後さらに一時間程の時が経ち、ようやく男は立ち上がると一つの魔法を唱え始めた。

「《これは、本来あってはならないはずの景色。繰り返せど、繰り返せど、希望を得ることのできないただ一人の愚者の物語の再編にして改変。》」

男は、祈るように、願うようにその魔法の名を唱える。

「《禁忌魔法 オシリス》」

青年の体を暖かい光が包み込む。

これは、一人の少年が絶望の末に考え出した答え。

友と再び再会するための物語。

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