第47話 朝食の続き

 火の粉を払い終えると、預けておいた朝食を優雅に取る。


 爵位はないが、城育ち。朝食は優雅に取るものだと教わって育ったので、出来るだけ優雅に時間を掛けて食す。


 すると遅れて教師たちがやってくる。どうやらやっと騒ぎを聞きつけたようで現場に残った生徒たちに事情を聞いている。


 その光景を人ごとのように見ながら、パンとスープを口に運んでいると、先ほど俺に声を掛けた生徒が耳打ちする。


「呆れたな。――その実力もだが、こんな状況で優雅に飯を喰う態度にもだが」


「褒められたと思っておこう」


「褒めているんだよ。おまえのような生徒は初めて見た」


 そう言うと男子生徒は豪快に笑い、「はっはっは!」と俺の背中を叩く。気やすい男だ、と思ったが悪い気はしない。この男はどこか憎めない。公園にあるガラガラのベンチの隣にいきなり座ってきても、不快に感じないタイプだ。


 俺は手を拭くと、それを差し出す。


「初めまして。俺の名はリヒト。リヒト・アイスヒルクだ」


「リヒトって言うのか。格好いいな。名字も詩的だ」


「自分でも気に入っている」


 美しい王女から頂いた名はとても綺麗だった。


 男子生徒は俺の手を握り返すと、白い歯を見せ、握手をする。


 とても力強い。おざなりではない握手だった。


「おれの名はクリード。おれも平民だ。そして下等生(レッサー)」


 下等生(レッサー)という言葉に負の感情はない。必要以上に劣等感を持っていないのだろう。それどころか誇らしさが見える。


「おれの場合は平民で魔力が少ないから、どうしても下等生(レッサー)になるしかなかった。それでも王立学院を卒業してやりたいことがあるんだ」


 それがなんなのか、クリードは語ってはくれない。

 騒がしいこの場で語るには相応しくないと思ったのだろう。


 彼はぽんと俺の肩を叩く。


「さて、相棒、教師どもに説明に行くか」


「だな。騒ぎを起こしたのは事実だ。しかし、入学初日からこれか」


 溜め息を漏らすとクリードは笑う。


「気にするな。みんな、胸がすいたぞ」


「そうなのか?」


「ああ、おれたち下等生(レッサー)は一般生(エコノミー)に常に馬鹿にされ、差別されているからな。食堂の一角、狭いところに押しやられ、喰う時間も決められている」


「寮長はそのような差別、駄目だ、と言っていたが」


「無論、表向きはな。しかし、現実と理想が一致していないなんてどこにでもあるだろう?」


「――たしかに」


 先日、北の街アイスヒルクで見た光景を思い出す。


 この王都はとても豊かであったが、アイスヒルクは違った。少なくとも姫様が炊き出しをしていた教会の周囲は対極的だ。


 廃墟のような建物、見窄らしいあばらや、それらに住む人々の瞳からは、光が失われていた。


 一方、この王都、――少なくとも大通りや宮廷周辺には、「貧困」の影もない。皆、豊かで健やかな日常を過ごしていた。


 その差はいったいなんなのだろう。そんな青臭い考察をしてしまうほど、対極的な世界が並立する。

 持てるものは、「貧困や差別は怠けもの特有の病」と言い張り、持たざるほうもそうであると〝信じ込まされて〟いる。


 その矛盾を解決しようとしているのが、我がお姫さまアリアローゼなのだ。


 勇気を持って財務大臣バルムンク卿に反抗し、己の正義を貫く戦乙女の姿を思い浮かべる。もしも俺に彼女の万分の一でも勇気があれば――と思わなくもない。


 彼女の志に感化されてその護衛となった。もしかしたら俺も彼女と同じような強い生き方が出来るのではないか、と思ったのだ。


 改めて主のことを思い出すと、俺は周囲を見渡した。

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