第37話 三日月寮

 あの謹厳実直な寮長がそのような醜態を繰り広げているとは露知らず、食堂で待っていると、一時間後、彼女はやってくる。


 無論、先ほどの冷静美女(クールビューティー)そのものだった。


 縁なし眼鏡をくいっとさせると、

「さあ、案内しましょうか」

 と冷静に言い放つ。


 アリアと三人で俺の部屋を見に行く。


「通常、王立学院はふたり部屋です。しかし、あなたは中途入学なのでしばらくひとり部屋で過ごして頂きます」


「姫様はメイドと暮らしているようだが」


「特待生(エルダー)は特別です。特待生(エルダー)は基本、ひとり部屋。従卒が住める部屋もついています。――従卒を雇えるのはそのものの経済力次第ですが」


「なるほどな。まあ、経済力があっても人と住むのはごめんだ。忍耐力は実家で使い果たした」


「まあ、あなたは下等生(レッサー)なのですから、その辺は気にしないでください」


「たしかにどのようなことになっても特待生(エルダー)にはならないから関係ないか。当面は同室相手が誰になるかだけ注意しておく」


「それが賢明でしょう」


 ジェシカは、がちゃりと部屋の扉を開ける。重厚な扉は安っぽさを一切感じさせない。さすがは王立学院、下等生(レッサー)の部屋も十分豪勢に作られていた。


「ベッドがふたつに、勉強机もふたつ。それにクロゼットもあるな。ふむ、十分だ」


「粗末と嘆くものも多いのだけど」


 ジェシカの言葉にアリアは同意しているようだ。

「……これが下等生(レッサー)の部屋。初めて見ました」と、つぶやいている。


 さすがは筋金入りのお嬢様、いや、お姫様。この部屋が粗末に見えるらしい。俺の実家の使用人の部屋を見たら腰を抜かすだろうが、指摘はしない。


 それよりも部屋の使い方と、寮の規則を覚えたらしたいことがあったので、手早く規則を尋ねる。ジェシカ寮長の魔術の術式のような長たらしく、小難しい寮則を聞き終えると、ひとりになりたい旨を伝える。


 寮長は「美少年がひとりになってなにをするのかしら……」と顔を赤らめているが、アリアは「わかりました」と従ってくれた。彼女も自分の寮に戻って明日の授業の準備をせねばならないらしい。


 ふたりが部屋からいなくなると、荷物から紙とペンを取り出す。


 机の上で手紙を書く。

 妹への手紙だ。

 落ち着いたら必ず書いて送ると約束した。


 就職と入学が一段落した今が、そのときだろう。

 そう思った俺はペンを走らせる。


「親愛なる妹へ――」


 妹であるエレンとは十数年、一緒に暮らしてきた。手紙など書いたことはない。しかし、交換日記はしていた。同じ城で生活しているのに「交換日記?」とは思っていたが、彼女はどうしてもしたいとだだをこねたのだ。


「リヒト兄上様と交換日記がしたい、したい、したい~」


 栗鼠(リス)のように頬を膨らませ、手足をジタバタさせる黒髪のご令嬢。


 妹にそのような真似をされて、断れる兄は少数派だろう。(世間の兄妹がどうなっているかは知らないが……)


 なので日々、どうでもいいようなことを報告し合っていた。


 エスターク城の中庭で秋桜が咲いた。


 最近、社交界ではこのような形のドレスが流行っている。


 リヒト兄上様はどのような形の下着が好みか。


 九割が興味がないか、どうでもいいことだったが、女とはそういう生き物なのだろう、と返信をしていた。億劫ではあったが、安らぎは覚えていたので、苦ではなかったが。だから今も手紙を書く速度は早い。昨日、別れたばかりのように妹の顔を思い出しながら、ペンを走らせることができた。


 まずはエスターク城を出てからの詳細の説明。


 心配するので山賊のことは伏せるが、アリアとマリーのことは詳細に書く。


 雇い主である心優しい少女のアリアローゼ王女。

 そのメイドであるお転婆のマリー。

 それにジェシカ女史のことも書くか。


 城を出てから三人もの知り合いができたが、すべていい人たちだ、と書き添える。


 それと現在、「王立学院」に入学し、王女の護衛をしていることも書き記す。


 公言することではなかったが、妹には話しておかなければいけないことだった。


 妹に秘密を持つのは後ろめたいし、それに彼女は口が硬い上に賢い。みだりに秘密は話さないし、誰に打ち明けるかも心得ている少女だった。


 俺は黒髪の美しい妹を全面的に信頼していた。

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