第36話 ジェシカ、即落ち

「あなたが噂の〝最強の下等生(レッサー)〟ね」


「噂ほど当てにならないものもありません」


「そうかもしれないわね。でもあなたの入学試験での活躍は聞いているわ。不正に試験を高難度にした試験官は首、ゴーレムを戦場モードにした試験官はノイローゼになった末、田舎に帰ったそうよ」


「それは不憫ですね」


 他人事のように言う。


「ええ、入学前に教師ふたりを再起不能にするなんて、聞いたことがないわ」


「大いなる誤解かと思われます。買いかぶらないで頂きたい」


「そうね。わたくしはあなたを買いかぶらない。たしかにとんでもない技術と魔力と知識を持っているようだけど、まだまだ子供。〝礼節〟がなっていないわ」


「それは自分でも自覚しています」


「わたくしはこの寮の寮長。それと同時に礼節の授業の講師でもあります。公私にわたり、びしびしと指導していきますが、よろしいですか?」


「……はい」


 女偉丈夫のような威圧感。この人の言うことには従うべきだろうと思った。厳しい人であるが、恐ろしい人ではない。また理不尽な人でもない。この厳しさは生徒を思ってのこと、相手を成長させたいという気持からきているのだろう。


 そう思った俺は深々と頭を下げると、手続きを済ませ、寮長室を出た。


 寮長は書類決裁が終われば、このあと、直々に寮を案内してくださるのだそうな。それまで食堂で待っていろ、とのことだった。彼女の勧め通り、食堂に戻ると、ドワーフのセツが、にこやかに二杯目のジンジャー・ミルクティーを注いでくれた。


 二杯目のジンジャー・ミルクティーもとても甘く、身体を芯から温めてくれた。





――寮長室からリヒトとアリアが出ていくと、寮長であるジェシカ・フォン・オクモニックは書いていた書類から手を離した。そしておもむろに立ち上がると、


「――キャー!! リヒト様、リヒト様! 超格好いい!!」


 と黄色い声を放った……。


 ジェシカは実は、先ほどの入学テストを見ていたのだ。


 季節外れの入学生、それだけでも興味に値したが、もしも入学が決まれば、この三日月寮に入寮するのは必然であった。ならばその前にどのような人物なのか、知っておくのは悪くない、そう思って視察をしたのだが、まさかあのように〝格好いい〟人物だったとは。


 試験官の高難度テストをすらすらと解く様は、まるで大賢者のように賢く、凜々しい。


 ダマスカスの鋼を斬る様は、古代の名工が作り上げた彫刻のように勇ましい。(特にあの上腕二頭筋がたまりませんわ)


 最後に特待生(エルダー)仕様のゴーレムを倒す姿は、まさに圧巻、美の化身と武神を合わせたかのような姿だった。


 正直、胸が高鳴り、弾む。女の部分がじゅんとしてしまう。


 ジェシカは恍惚の表情を浮かべ、しばし思索にふけるが、しばらくすると頭を振るう。


「いけない、いけない。生徒に特別な感情を抱くなんて、寮長失格よ。ジェシカ」


 ジェシカは寮長という仕事に誇りを持っていた。


 王立学院はこのラトクルス王国の将来を担う人材の供給場所。建国王が設立した由緒ある学び舎。エリートの中のエリートが通う学校だ。


 そのようなものたちを教育することにジェシカは無上の喜びを感じていたが、同時に〝美少年〟を愛でることにもこの上ない喜びを感じていた。


 ジェシカは無類の少年愛倒錯者なのだ。

 自分の引き出しから書きかけの小説を取り出す。


 学院のとある少年と教師の禁断の愛を書いた小説であるが、破り捨てる。あと五ページで完成だというのにである。


 代わりに猛烈な勢いで、寮長×リヒトものの物語を書き始めると、「萌え~」と右の鼻穴から鼻血を流した。


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