おじいさんは異世界帰りの元勇者

諸行無常

第1話 遺産相続は本心を曝け出す自白剤のようなもの

 もう体も動かん、。長きに渡り酷使したこの体は臓器も悲鳴を上げ更には老衰でもうすぐ心臓も止まろうとしてる。

 しかし、我が人生に悔いなどない。


 やりたいことをやってきた。

 思うが儘に生きてきた。

 全て上手くいったような気がする。

 臨終の床に就き周りには子供や孫、ひ孫までいる。

 皆仲が良く喧嘩など見たこともない。

 彼らに財産を残してやれたことは幸いだった。

 たった一つの心残りはそれを分けてやることも遺言を残してやることもできなかったことだ。

 だが皆仲が良いのだ、平和裏に相続してくれることだろう。

 皆私との別れを惜しみ目に涙を溜めている。


「旅立つ時が来たようだ。皆達者でな」


 漸く絞り出した声はしわがれた老人の声。

 だが私がこの世で出した最後の声だ。


「お疲れさまでした」


 娘がボソッと応えてくれた。

 この娘は私に一番辛く当たったが今思えば一番私のことを考えてくれた。

 叶う事なら来世でも娘として生まれてきてほしい。


 私の意識はそこで途絶えた。



 ◇◇◇◇



「逝ったか?」

「漸くだよ」

「遺産はどう分ける、長男の俺は会社の株を全株貰うぞ、他に銀行の現金は全て貰う、お前らは遺留分だけにしとけ、遺留分相当の佐賀の別荘をお前らで分けろ」


長男の八条伊織は我儘に育てられてしまい体格も良い所為で、自分の意見が通るのが普通だと思っている。自分のものは自分のもの、他人のものも自分のものだと愚考するガキ大将タイプだった。八条ホールディングス会長に就いている。


「誰が、佐賀の別荘なんか欲しがるんだ? 誰もそんな田舎行かないぞ。俺達も株が欲しい、ちゃんと株も家も現金も平等に分けろ」


次男の陸は兄の愚考を見て育った常識人。八条ホールディングス社長。彼のお陰で会社がまともな道を歩いていると言える。


「株を分散してどうする、我が八条家の力が落ちるだろうが。持ち分を5割から落とすな、それがおやじの遺言だろう」


伊織は自分の意見を絶対に曲げない男だった。常々、陸とは意見が折り合わずぶつかり合っていた。結局は理論に勝る陸が説き伏せることが多かったのだが。この現状を元会長であった父の前では絶対見せることはなかったそれが彼らの父の不幸であったと言える。


「そんな遺言聞いたことねぇよ。おい、弁護士、遺言状はあるだろ、見せろ」


三男の陽太は粗野で粗暴で喧嘩ッパやい。長男伊織を見て育ったせいか我儘だ。一応子会社である八条外車販売の社長を務めている。しかし、生来の考えなしに行動する性格の所為で今にも潰れそうな会社になってしまった。借金豊富である。その所為で一円でも多くの遺産を相続する必要に迫られ裏の組織にも返済を迫られている。


「止めて! お父様は今旅立たれたばかりなのよ、なのに直ぐに兄弟で争い始めるなんて、悲しんでらっしゃるわ」


老人が唯一来世でも子供で生まれてほしいと願った彼の心配をし続けた長女八条鈴、母は老人の後妻であり、兄たちとは半分だけ血が繋がっていた。


「は! 死んだら何もないよ。あるのは残された財産だけだ、どう分けるかを話し合うのは当然の権利であり義務だ」


三男の陽太は借金に追われその過程で齧った法律知識をその正誤は考慮せず怒りに任せて吐き出す。


「だからって、たった今よ! 未だ5分も経ってない! もう止めてよ!」


 叫ぶ長女、彼女の娘が彼女を横から支え兄弟を睨みつける。


「叔父さん達、母の言い分も分かってよ」


鈴の娘の紗菜大学を出たばかり。紗菜は性格の良い母を見て育っただけあって良い性格をしていた。


「紗菜ちゃん、この話し合いは絶対に必要な事なんだよ。法で定められたことなんだ。もし借金があるのなら3か月以内に放棄の手続きを取らなければ借金を相続することになる。だから遺産を調査し財産が多ければ分割相続し、借金が多ければ放棄の手続きを取らなければならないんだ。」


次男陸は分割相続の正当性を織り交ぜ紗菜を利用して相続人に自分の主張を聞かせていた。


「借金なんかないでしょ、母に詳しく聞いてるわ。母は財務部長よ、その母が一番会社の資産と借金については把握しているわよ」


 鈴は父の会社でずっと経理の仕事をし今では八条ホールディングスの財務部長の役職についていた。


「ふん、お前は首だ、会社の取締役である俺達に楯突いたんだからな」


 男はこの光景を俯瞰的に見ていた。まさか兄弟がこれ程仲が悪かったとは、彼は知らなかったのだ。多すぎる遺産が兄弟の仲を狂わせたのかもしれない。

いや、ちゃんと分けたうえで死ななかった私が悪いのだ、そうだ私の所為だ。何とかしてやれるものなら何とかしてあげたい。

 そして彼の魂はこの世界から消え輪廻の波に乗り転生を果たしたのだった。



 ◇◇◇◇



「明日、俺の職場に連れてってやるぞ、凄い景色が待ってる、楽しみにしてろ」

「うん。楽しみだよ」


 少年は、まだ5歳でこの街のことさえよく知らない。そんな彼に父は外の風景を見せてあげたかった。


 翌日、彼らを乗せた車は街の中を進んでいく。空は晴れ青空が広がっている。通りは人であふれ皆笑顔だ。少年はワクワクする感情を抑えられず車内ではしゃぎ父に咎められた。

 いつの間にか眠った少年は空に星が瞬いていることに気が付いた。


「あっ、もう夜だね、寝過ごした?」

「大丈夫だよ。さぁ、もうすぐだ」


 目的地に到着する前にその光景は始まった。

 地平線の向こうから物体が出てきたのだ。

 それは青い物体だった。

 圧倒された。

 余りにも巨大だった。

 その青く光り輝く丸い巨大な物体は空に浮かんでいた。

 その光景を見た瞬間少年は全てを思い出していた。


 その丸く青い物体は地球だった。

 ここからでもアメリカ大陸が確認できた。

 だとすればここは月、それ以外考えられなかった。

 地球から見ても満月は大きい、だが、地球の直径は月の四倍、月から見た地球がいかに大きく見えるか分かるというものだ。



 ◇◇◇◇



 これはどういうことだ?

 アメリカ大陸が見える、あれは地球だ。

 何もかもみな懐かしい。

 僕は涙を流していたのです。

 止めることさえせず、帰った気になり、ただあまりにも30万キロは遠かったのです。行ける術などなく、ただ見ているしかない地球でした。


「いや、簡単に行けるぞ」


 はい? どういうことでしょう。


「船に乗って30分位で着くぞ」


 30万キロが30分? 

 今思えば前世とは比較にならないほど発達した電化製品の数々、タイヤなどない車、それが当然と思って生きてきたのですが前世の記憶がよみがえった今、いかに前世の文明とはかけ離れた世界であるのかを感じてしまいます。


「あの、お父さんの仕事って?」

「ああ、地球の原住民の保護と観察だ」


 まるで、人間は鶴の様なものでしょうか。

 かといって自分の体が人間とかけ離れているとは思えません。

 その点について尋ねることにしました。


「その通りだ。彼らは数千年前に別れた我らの兄弟だ。途中でアトランティスという国が滅び文明も断絶された、だが、また文明が再生されようとしている。それを邪魔する奴らがいるのだ。だから父さんたちが保護しているんだ」


 まるでオオクワガタを乱獲する業者から保護する地元民と言ったところでしょうか。はたまた象牙を乱獲する密輸業者から像を保護するレンジャーと言ったところでしょう。


「そいつらはどうして邪魔するの?」

「地球人を殲滅してこの青く綺麗な星を自分たちの別荘地にするためだ」

「えっ? 地球人を殺すの?」

「もちろんだ。だからこそこの衛星があるんだ。ここが地球防衛の最前線基地なんだ。奴らは土星の衛星タイタンに基地を建設し虎視眈々と地球を狙っている。自動迎撃システムはほぼ毎日稼働している。それを抜けられれば地球にもこの基地にも多大な影響があるだろうな」


 地球人を殺されるのは元地球人として納得できません。

 まぁ5歳の子供に出来ることなど何もありませんが‥‥ん?


 ある! ありました、僕にもできることがありました。

 そうです、僕は前世で異世界転移した元勇者だったのでした。

 考え得る全ての魔法を行使でき肉弾戦もお手のも。まぁ、肉弾戦はこの体にはまだ無理ですが魔法は何とかなるかもしれません。帰って早速特訓です。


 父の仕事場に来ました。

 前世の記憶が戻って感じるのですが不思議な機械ばかりです。

 モニターがありません。テレビもありません。キーボードはあります。無い人もいます、好みの問題でしょうか。周囲に画面が浮かんでいる人もいれば何もない空間を見てキーボードを叩いている人もいます。何もない空間に話しかけている人もいます。まるで精神的な病気の人の集団のようです。ですが理由を知れば納得です。

 外には翼の無い飛行機が浮かんでいます。

 しかし、推進力を得るノズルがありません。

 英語的に言えばAGPSつまりAnti-Gravity Propulsion Systemみたいです。

 反重力推進装置でしょうか?

 なんでも、物体はその質量に応じて空間を歪めて引力を生じますが、その装置は物質の質量以上に空間を歪め推進力を得る装置だそうです。どうやって歪めるのかは5歳の僕に分かる訳もありません。恐らく30歳になっても分からないでしょう。


 またタイヤの無い車に乗って自宅に帰ります。

 今思えば急に夜になったと思ったのは単に空気が無い月だから空が暗く見えていた為でしょう。

 来るときは眠っていて気が付かなかったのですが僕の住んでいる街は巨大なドーム状の居住区で空気が存在する為に空が青く見えているとのことです。

 街の中に入る時は厳重な扉を閉めた後、新たな扉を開けるという手順を踏んで中に入ります。まるで潜水艦のようです。潜水艦は乗ったことはありませんけど。

 中に入ると突然空が明るくなります。空気による光の乱反射で明るくなるそうです。

 街の中には変なことが沢山あります。

 偶に浮いている家があります。

 なんでも偶に隕石が落ち地震が起こるのでその対策らしいです。

 この街を覆うドーム状の物質は上から見るといびつな岩があるように見えるらしいです。偶に地球から原始的な衛星がやって来て画像を撮影していくので街の存在を悟らせないためらしいです。

 父にはほかにも聞きたいことが沢山あるのですが『また今度な』と呆れられてしまいました。

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