寛人の野望-18

『ニャ―――!! 華乃子を離せ!』


けたたましい鳴き声と一緒に空から降って来た太助が寛人の顔面をその爪でバリバリと引っ掻いた。


「く……っ!! 何をする! 化け猫ふぜいが!!」


咄嗟に自分の顔を庇った寛人が水の鎖の端を離した。その隙に寛人の上の方から太助を放り投げた白飛が華乃子を攫って遠くまで飛ぶ。宙を走って追いついた太助もまた、白飛に乗った。


「太助! 白飛!!」


『華乃子! 怪我無いか!!』


「怪我って言うか……、鎖が千切れなくて……!」


出来るだけ遠くまで逃げたいけど、水の鎖の端っこは寛人の許に続いていて、ゆらりと立ち上がった寛人がその端をもう一度握りしめた。


「諦めるんだ! 華乃子ちゃん!!」


そう言って寛人がぐっと水の鎖を引く。


ぎゅっと、自分の首を庇った。


首が絞まらなければ、何か策を考え出せると思って。


そこに。


何処からか跳ねてきた白銀の小さな塊が華乃子の肩に乗り、ちりんと鈴の音をさせると、華乃子の体と水の鎖の間に薄い氷の壁を敷いた。白銀の兎がきゅう、と鳴くと、その壁は膨らみを増し、水の鎖を避け去ろうとした。


「邪魔をするな! 妖力の欠片の分際で!!」


寛人が大声で叫び、今にも兎の壁ごと華乃子を水の鎖で縛りあげようとした時。


「華乃子さん!!」


火口の方から雪月の声が聞こえて、それと同時にゴオッと大吹雪が吹き荒れた。


水の鎖は一瞬で氷になり、兎が作り出した結界が膨らもうとする力でパキンとあっけなく砕けた。ふわっと息が軽くなり、華乃子はけほんけほんと咳込んだ。呼吸を確保した華乃子の前に、さっと見知った背中が立ち塞がる。……白い着物の裾が焦げている。雪月だ……。


「おのれ! 雪女ごときが龍族の俺に立ち向かうか!!」


「華乃子さんは渡しません! 僕が愛した、たった一人の女性(ひと)なんだ!」


雪月に庇われて、こんな緊迫した状況だというのに、雪月のそのたった一言で涙が溢れそうになる。この言葉を聞けただけで、自分が人間だろうが半妖だろうが、どうでもよくなった。雪月にとって大事なのは、人間だとか半妖だとかそういう区別ではなく、華乃子その人であるという、その事実だけだったことが分かったからだ。


寛人が腕を振りかぶり、槍を投げるようにして数多の水の槍を華乃子たちにぶつけてくる。その一部が怪しく動いて再び華乃子を捕らえようとした。その水の槍と流れを雪月が念じて凍らせ、水の鎖を作る前に握りつぶして粉々にする。


「くそっ! 俺の術が、雪女ごときにっ!」


「私は正式な郷の跡目です。傍系の貴方とは違う」


「俺だって、彼女の妖力(ちから)を得れば、お前など相手でも何でもないんだ!!」


あやかしのパーティーで力が弱いと陰口をたたかれていた寛人。あの場でも、そして一族の中でも、彼が九頭宮出版の副社長として振舞ったように、力を誇示して尊大に振舞いたいのだと分かった。それがあやかしの生き方なのだろうか。だとしたら、なんて寂しい生き方なのだろうと思う。


「華乃子さんを自分の自尊心の為に利用することは、断じて許しません」


雪月はそう言うと、尚も激しくぶつけられる水の槍を次々と凍らせていった。寛人と雪月の間にはおびただしい数の氷の槍が留め置かれ、やがて大きな塊になっていく。


「いけない。このままあの氷の塊が火口に落ちたら、衝撃で桜島の噴火を誘発してしまうかもしれない」


雪月がちらりと下の方――つまり桜島の火口――を見る。桜島の鬼火に焼かれた氷が大量に蒸発することで、蒸気破裂を起こし、火口が開いてしまうというのだ。


しかし寛人はそれも厭わず、次から次へと水の槍を繰り出してきており、雪月はそれを凍らせるので精いっぱいだ。華乃子は雪月の背中に庇われながら、なんとか次々と出来上がって膨れ上がっていく氷の塊をどうにか出来ないか考えていた。

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