第1話『去年の仕事』

 調子づいたポールを止める者はなく、宴もたけなわだった。

 いい感じにお酒の入った大人たちは饒舌だ。

 ポールの冗談に付き合うオリーブと、合いの手を入れるキーツとリアクションの薄いナタル。聞き役に回るトゥーラ、付き合っちゃいられないと言いたげなタイラー。マルクは話が破綻しないかチェックしているし、下戸のランスは御用聞きを役目と心得ていた。

「アロン、ルイス、大人しいね」

 オリーブが隅で話し込んでいる二人に声をかける。

 アロンは赤ワインのグラスを置いて、全員に話題を振る。

「去年の仕事は試行錯誤が多くて大変だったって話をしてたんだ。ルイスはオービット・アクシスで、統括本部とやり取りしながら、やっとこなしたんだってさ。俺も苦戦したからわかるって言ったんだ」

 ああ、と全員が共感の声を上げる。

 NWSは去年、パラティヌスの中央、クラウドドラゴン山脈の麓、フォークロア森林帯で遺跡の発掘作業の仕事をしたのだった。

 発掘とは言っても、そこら中掘り返すのではない。森林の生態系を保護しながら、なおかつ遺跡を保存するのである。

「繁緑の四月辺りが一番大変じゃなかったか? 下生えのスミレやカタクリを避けながら、作業するのに神経使った使った」

 マルクがウーロンハイを飲みながら、半ばうんざりして振り返ると、そうそうとキーツが続いた。

「妖精がわんさか出てきて、やいのやいの云ってくるんだよね。そこは木の根があるから、石柱どけるんなら代わりに土塊を置けとか。花が群生してるから地下から掘り出せとか。「わかってるよ」って言うじゃない? そうすると「いいや、わかってない」って否定されて、何度凹んだことか」

「云われたとおりに仕事していれば、かえって作業効率は上がったのよ?」

 トゥーラに言われて、えっ、とキーツが問う。

「そうなの?」

「自然の専門家だもの、妖精は。任せれば喜んで知恵を貸してくれたわよ」

 トゥーラのカクテルは全然減っていなかった。

「そういえば4班はすごく仕事が早かったけど、そのせいか」

 アロンが納得すると、ランスが補足した。

「トゥーラさんは大地の精霊と親和力が高い方ですから」

「へぇ」

 全員が感心する。

「妖精が出てくるだけいいぞ。俺だと気配は感じるが、遠巻きに見られているだけだからな」

 タイラーが言うと、ルイスがしょんぼりと言った。

「俺なんか間違えないようにするのでいっぱいいっぱいで、気配を感じることもできませんでした」

「お互い勉強不足だな。頑張ろうぜ」

「はいっ」

 ポールが体験談を語る。

「妖精って面白いんだよね。あんななよっとした外見なのに、いざとなったら石柱なんてホイッって一投げだもん。俺が花の上に倒れようもんなら、ものすごいバランス感覚で曲芸かって支え方するし」

 オリーブが頬杖をついて聞きながら呆れる。

「遊んでるねぇ」

「遊んだもん勝ちでしょ、実際」

 わははと笑い飛ばすポール。

「すごいな、その余裕。俺なんかからかわれてばっかりなのに」

 ナタルが尊敬の目で見ると、キーツがボソッと言った。

「絶対、人見てる。あいつら」

 ランスが妖精との仲を取り持つように言った。

「皆さん、今日はお酒が美味しいでしょ。妖精からのお礼ですよ」

 トプンと彼のミルクが王冠を作ったのを、誰も知ることはなかった。


 あちこちのテーブルでグラスが空になり、次々と追加注文された。

 即興の曲を演奏する楽隊。繰り広げられるダンス。野卑た笑い声。踊るように練り歩くウェイター、ウェイトレス。

 老いも若きも一緒になって新年を祝う。

 彼らもNWS同様、パラティヌスのどこかで環境修復を生業、あるいは副業にしている。

「レンナちゃんも来ればよかったのにね。下宿のお仲間と一緒に」

 オリーブがポツリと言った。

「それはどうだろう。フローラ様置いてこれないだろ」

 マルクが苦笑すると、アロンが突っ込んだ。

「それ以前に未成年だから」

 代表、レンナ・エターナリストは、真央界で下宿を営んでいる。

 17歳という若さで、NWSの代表として仕事の交渉を行う。

 このエターナリストというのは位階を表し、最高位が修法者エターナリスト。準じて鳥俯瞰者アスペクター。十人のリーダーたちもここに属するため、名前の後ろに位階名を名乗る。さらにその下に平面者プレイナー方向者ベクトラーと続く。つまり四位階あるということになる。

 NWSの仕事は統括本部を通してエターナリストに伝達される。代表は交渉のみで、実質的にNWSを率いているのは十人のリーダーである。

 故に年下のレンナは年上の彼らにNWSの運営を任せっぱなしである。


















 

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