第8話

「サトル、出口よ!」




無駄に広い邸宅の中をさまよい、大量の賊からの襲撃に隠れたり、最低限の応戦を繰り返してようやく見覚えがある出入り口に到着した。朝にでもなっているほど時間が経過しているだろう。




「やっと…外に、出られるか」




もう俺の新品だったローブもボロボロで、体力が余っているカルミアも服が返り血で染まっている。二人の姿を見ればいかに苛烈な脱出劇だったかを知ることができるだろう。出入り口には数えるのが億劫なほどの衛兵がいて、怪我人の手当を行っている者もいるようだ。




 「止まれ!深夜に賊の襲撃があった。我らは二時間後、賊の掃討を開始する予定だ。恐らく貴殿らが最後だと思うが、貴殿らが賊である可能性がないか、チェックしたい。身分を証明できるものは持っているか」




「あぁ、構いません。確か、入館証があります」




そう言って俺とカルミアは入館証を衛兵に見せた。捨てずに持っていて良かった。




「確認した。大変な目にあっただろう、すぐに治療できる場所に案内しよう」




衛兵の後ろを歩いていると邸宅の外の光景が目一杯に広がる。ここは高所にあったようで、町が一望できた。上がり始めた朝日が、まるで俺たちを祝福してくれているようで感動する。素晴らしい眺めだ!改めて邸宅を振り返って見ると、あまりの大きさに絶句する。これはもはや城…いや要塞だな。こんな所襲撃しようと思った賊は一体何を考えていたのだろう。ボーっとしているとカルミアが手を引く。




「サトル、行こう」




「あぁ…すまない」




邸宅の門前には野営用のテントが相当数張られており、今から制圧をかけるための準備だろうか、衛兵たちが忙しなく備品のチェックを行ったり何かを指示したりしている。何人かボロボロになったこちらを目配せするが気に留めるほどでも無いようで、すぐに作業に戻っていった。しばらく衛兵の後ろをついて歩くと大き目のテントで止まり、振り返って話しかけてくる。




 「二人共、大変な状況で脱出して早々に済まないが、屋敷の中がどうなっていたか、生存者は他に見かけたか、知っている情報がないか治療を受けながら話してほしい」




そう言うと衛兵はテントを開けて中へ案内してくれた。




 テントの中には見覚えのある人たちが何人かいた。謁見の間で声をかけてくれたドワーフ、ひと目見て感動した二足歩行トカゲ、通称リザードマンだ。あと数名と輪になるように座っている人がいるが、恐らくパーティーを組んで脱出したのだろう。みんな満身創痍と言っても差し支えないほど怪我をしている。すぐに声をかけてあげたいところだけど、自分の治療と衛兵に情報提供するのが先決だ。




手で促された簡易的な椅子にカルミアと腰掛けると、やや早歩きで神官風の男がやってきてすぐに治療の呪文を唱えてくれた。地味に間近でファンタジーな魔法を見るのが初めてな俺は動揺だけしないように頑張る。




「…生命の神、アカトネイターよ 傷つきし者を癒す力を レッサーキュア・ライトウーンズ」




神官が首にぶら下げたネックレスと思わしきものは触媒で、それを右手で強く握りしめ左手で俺に手をかざすと手から眩しくもあたたかい光が俺を包んだ。みるみるうちに傷が塞がり疲労感がなくなっていくことがわかる。すごい!これが生もんの回復魔法か!




 回復魔法を受けながらルールブックを開いて確認する。スターフィールドというロールプレイングゲームにおいて、神官系のクラスは例外なく自身の信仰、つまり[神格]を選択する必要がある。属性ごとに選択できる神格が決まっており、善属性なら善の神、混沌属性なら悪の神などがあり、神の種類も多い。信仰する神によって使える魔法も変わってくるので、重要な要素だ。この神官は[アカトネイター]と言ったので生命や光を司る神を信仰しており、クラスの効果も相まって高い効力を持つ癒やしの魔法が使えるという訳だ。俺も使ってみたい!




「ありがとうございます。…二人共傷が癒えたようです」




俺とカルミアがそれぞれお礼を言うと神官は満足そうな表情を浮かべてまた早歩きで別の怪我人の元へと向かった。




「さてと、それじゃ早速で悪いが事情聴取に強力してくれ。回復魔法もタダじゃないってな」




衛兵が神官と立ち代わるように入ってきてスクロールと羽ペンを取り出した。




「わかりました。最初は自分が邸宅で案内された部屋で…」




衛兵が満足するまで聴取に協力することになった。






* * *






町を一望できる一室。そこには鋭い碧眼、流れるような金色の長髪、赤い服が目立つ女が片手で酒を嗜みながら机に置いた足を組み替えながら資料に目を落としていた。




「それで…?」




私兵のような姿をした男が報告を続ける。




「はい…先程ご報告いたしましたように、招集した者たちを篩ふるいで選り分ける作業が滞りなく完了しました。ご覧いただいている資料が全てで生存者、三組です…」




「ククク…あっはっはっは!」




女は何が面白かったのか分からないほど演技めいた笑いを取って酒を飲む。そしてすぐに真顔になった。




「あの、アイリス様…?」




 「なに。あれだけの数がいて残ったのはこれだけかと思ってな。生き残って出口まで出られたパーティーも、結局死者を出したとココに書かれているぞ。これでは蛮族王を討伐できるかも怪しいな。金も限りがあるし、大量の無能に資金や武器を提供し冒険をバックアップしてやる余裕もない。時期を考えてもこれが最後の招集になりそうだというのに…この有様。しっかり実力者を集めたんだろうな?」




公然とはまるで別人。あまりにも冷ややかな目で見つめる。




「えぇ!も、もちろんでございます。指示の通り、各地から身分問わず選りすぐった者共を集めました。しかしながら、その、今回は邸宅に放った死刑囚共が想定以上の戦闘能力を有しており、未曾有の被害に発展してしまいました。各所からも厄介払いされた死刑囚を相当数投入いたしましたので…」




「もういい、分かった」




領主のアイリスが打ち切るとすぐさま三枚目の資料に興味が移った。




「ん?この者たちは最も強い死刑囚グループを殺して、唯一二人のみで出口まで脱出できたと書かれている。死傷者もなし。これは本当か?」




その言葉を待っていたかのように、小さなノームの男が無駄に洗練された前宙を繰り出してしゃしゃり出てきた。




「はいぃ!それではぜっひ、わたくしタルッコめがご報告させていただきます。ウヒョヒョ」




「タルッコか…まぁ良い。発言を許す」




 「ウヒョヒョ!有難き幸せ。何を隠そうその者はわたくしタルッコが賊に捕まっている時に出会った強い少女とな~んにもしないけど光る本を持った男のお話です」




タルッコは事柄のあらましをアイリスに説明した。サトルが人任せだったことを強調し、タルッコのゴッドブローが凄かった(ということにした)ことはバッチリ脚色済みだが、アイリスに信じてもらえたかどうかは謎である。




「なるほどな、未知のスキルと本を持った男と、剣の腕に覚えがある女か…。ククク…面白い」




しばらく考え、酒を一口飲んだアイリスはニヤリとして立ち上がった。




「期待できるじゃないか。よし…まずは生き残った三組を冒険者ギルド、傭兵ギルド、商業ギルドへ連絡、資格証を発行する際は優遇するように伝えろ。装備と金のバックアップの準備だ。あとタルッコ、貴様は引き続き二人組の監視を続けろ」




「はっ!」「ウヒョ~!」




勢いよく二人は返事をして一室から出ていった。




「サトルか…覚えておくとしよう…クク」




アイリスは誰もいない部屋で酒を飲み干した。

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