第5話
二人…とあと一人ついてきているが、出口を目指して進んでいると、運悪く一本道の先に賊が五名ほど固まって何か話し合っている。こちらにはまだ気がついていないが、動く様子がない。そしてこの道以外の迂回ルートはもうない。ここにきてどん詰まりとは…謁見の間にいた戦士たちは何をしているのだろうか。度重なる戦闘でカルミアはボロボロだ。ノームのタルッコは戦闘に影響しない絶妙な距離からこちらの様子をうかがっている。役立たずだ!
「…サトル、聞いて。私が敵のスキを作って道を開くから、その間に走り抜けて。出口まで行けば衛兵の力を借りることもできるはず。私の力はあと持って一、二回が限度」
あれだけ速く動けるのだ。体にかかる負担も相応に大きいだろう、手の震えはやっぱりその力の反動だったのか。
「やはり、制限があるものでしたか。無理をさせてしまい、申し訳ございません。そして、短い間とはいえ命を救ってもらった身。こんな所に置いていくことなんてできません!…絶対にあきらめちゃダメです…一緒に良い方法を考えましょう」
ここに置いていくなんて、死ねと言っているのと何ら変わりない。自分の命がかかっているのは分かるが、犠牲という方法ではどうしても動く気になれない。
カルミアがため息をついた。
「はぁ…サトル。これしかないのよ。あなたは戦えない… そうでしょう?」
黙っていると話を続けてきた。
「私の一族は代々、【メイガス】というクラスに適正があるの。誕生の儀で神官に確認してもらうから間違いはないわ。【メイガス】の特徴は、圧倒的な魔力で身体や剣を強化して戦うというものよ。ただ、私は生まれつき魔力が少なくてその資格を得ることはできなかった。今までやってきたのも精々その真似事。でも私の一族は戦うことが、存在価値」
散々見たルールブックの中にあったクラス一覧のひとつ。【メイガス】の中にも派生がいくつもあり、それぞれが個性的な能力を持つ。恐らくカルミアは剣と魔法のリソースを半々で使う【メイガス】への適正が無かったのだろう。
カルミアは剣を強く握りしめる。
「だから、見返したくて…ずっと方法を探してて、皆に認めてもらいたくて、この遠征に参加したの。結局、手柄をたてる前に死にそうになっているけれど。それに、何度も言う通りこの方法が一番最適なのよ」
だから何だっていうんだ。今は一緒に脱出方法を考えるべきだろう。
「でもね、面白い出会いもあった。出会ったばかりの人に、何にもできませんなんて言う変な人。しかも死の淵にも関わらず出会ったばかりの私を見捨てない」
今はそんなことを言っている場合じゃない。
「正直、つわものだらけの広間で居心地が悪そうにしているあなたを見て…少しだけ、自分と重ねて見ていた部分があったかもしれないわ。なんだか目について、放っておけなかった」
やめろよ。それにきっと俺は今から強くなるぞ!だから早まるんじゃない。
カルミアを落ち着かせようとして、手を伸ばそうとした時には遅かった。カルミアが剣と足に心細い光を纏わせて、賊へ向かっていく。正真正銘最後の力をふり絞って血路を開くつもりだろう。確かにそれで俺は逃げれば助かるかもしれない。短い間で何度も命を救われたことに目を瞑れば、逃げられるかもしれない。俺が出たところで何もできないかもしれない。
カルミアが一人切り伏せる。纏っていた光はもうない。二人目と剣を打ち合っている。
このままではカルミアは死ぬだろう。間違いなく。
三人目と四人目が剣を抜き出した。
ここで、ここで逃げたら俺は一生後悔するだろう。引きずって過去から逃げ続けて生きるだろう。それはただ死んでいないだけの亡者と変わらない。たとえかっこ悪くても、情けなくても、怖くても… できること、まだあるんじゃないのか?言い訳は死んでからでも遅くはないだろう。手も足も震えているが、どんな逆境でも命を助けてもらった恩なら返す。ここで返さないと、もう返せないから。立ち上がれ俺!
俺は渾身の力で叫び、酷い臭いのするポーションを投げた。ポーションは当たらなかったが敵の注意を引くことには成功する。
「うおおぉっポーションを喰らえええぇ!」
「なんだ!? 新手か? …っうぉ、くっせえ!」
賊が一瞬こちらを向いた。咄嗟にカルミアは二人目を切り伏せ、三人目の男に蹴飛ばされて壁に叩きつけられる。ここまでか。俺は壁にもたれ掛かったカルミアの前まで行き、敵の前で両手を広げた。頑張れ俺、今が命を張るときだ!何でもいいから時間を稼げ!
「お前ら! 寄ってたかって女の子に恥ずかしくないのか! 俺はこんな戦い方なんてしないぞ! 俺は逆境でも悪者をみんな見返してやるんだ。 そして俺はいつか友達を作って、TRPGで楽しく遊ぶことが夢なんだ! だからこんなところで、死ぬわけにはいかない。 お前らなんかに負けない…負けてたまるか。まとめて俺が相手をしてやる!」
自分でも何を言っているか分からないが、敵の攻撃は止んだ。注意を引くことには成功したようだ。
「何言ってんだ… っておいおい見ろよぉ、コイツ震えてやがるぜぇ!」
「こりゃあ良いや。仲間を殺されたんだ… ただじゃ済まさねぇぜ」
「殺す前にボコボコにしてやる」
賊共が武装を解除したと思ったら、三人で俺を囲んで殴る蹴るでなぶり始めた。地面に転がされている。死ぬほど痛い。どれくらいこの痛みが続くのかと思う程挫けそうになるが、この間にカルミアが逃げてくれることだけを祈る。
「逃げ…ろ。 カルミアさん!」
どうにか声に出すが、もう限界だ。
「…くっサト…ル! 助ける…!」
しかし手を伸ばすだけで精一杯なカルミア
あぁ…ここまでだろう。少しの間だったが大冒険だったと言えるのではないだろうか。
俺へと激しく振り下ろされる拳。薄れる意識…
俺なんかができることは精々、転生しようがしまいがこの程度だ。でも少なくとも後悔はない。結果が伴うことは無かったが、少しはまともに格好良く振る舞えたんじゃないかなって思えるから。でもそうだな、もう少しだけ俺はもっとこの世界のことを知りたいし、楽しみたいと思っている。そして願わくば、カルミアと仲良くなりたかった。
ルールブックに手を伸ばし、触れると本から眩しい光が放たれる。
*対象者 カルミアとのパーティー結成を確認 一定の友好度チェック 判定クリア*
*カルミアをクラスチェンジできます*
無機質な文字が見える、無機質な音声が脳内に響き渡る。
クラスチェンジ…? カルミアを?
周りを見れば時が止まったように灰色で、誰も動かない。
ルールブックだけが不気味に輝く
もし、この世界が俺の知っている大好きな世界で、俺の知っているルールに則っているというならば、カルミアをクラスチェンジできるかもしれない。クラスチェンジとは既存のクラスを変更、またはまだクラスに就いていないキャラクターをクリエイトする際に戦闘スタイルを変更する内容を総称する。戦闘スタイルを変更するという内容から分かる通り、新しい力があれば、この状況も打開できる可能性が見えてくる。ならば、やることはひとつだけだ。
無音と灰の世界で、本を手にとって宣言する。
「カルミア! クラスチェンジだ!」
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