第5話 自由気ままなお散歩希望

 周りが真っ黒な景色なだけあって、近づいてくる人たちの姿はよく見えた。


「かなりどころか思いっきり大人数……総出でわたしを迎えに来た――ように見えないんだけど」

「そうだろ? あの気配は単純なものじゃない。ハティは平和に解決させたいのかもしれないが、あの人間どもはつもりで来てる」


 強制送還なんて生易しいものじゃなくて、すごく嫌な予感の答えをもらいに来たような。


「あああ~!? ど、ど、どどど……どうしてあんなに人が~!?」

「召喚に失敗したうえ逃げられたわけだからな。無かったことにするんじゃねえの?」

「つ、つまり、わたしを?」


 スコルは無言で頷いている。

 それを見ただけで察するしかなく、あとはあの人たちの言い分を聞くしかなさそう。


「黒魔女ハティ!! いえ、異界の葉月美火!」


 異界……何だ、やっぱり日本から呼んじゃったことに気づいてるんだ。

 前面に出てる人は校長先生ぽいし、謝罪に来たのかも。


 スコルは美少年な姿のままで睨みつけているし、今すぐ何かが起こってもおかしくない。

 でもとりあえず返事はしておかないと。


「は、はい」


 後ろの方に控えてる生徒たちに目をやると、わたしを間違って召喚した子が見えている。

 ばつの悪そうな顔をしているというより、何だか妙な緊張感を漂わせているような。


「我が寄宿学校において、召喚された者はどんな理由があろうとも外に出ていくことを許すわけにはいきません。しかしハティ。あなたは勝手に出て行ったばかりでなく、そこにいる魔物に魅入られこの世界を変えようとしている。断じて許されない!!」


 魔物に魅入られ? 

 スコルの正体に気づいているとか、あまりに早すぎるような。


「――って、スコル!? その姿になってちゃ駄目だって!」

「……グルルゥゥ!! 目の前の魔法使いどもはハティを許すつもりは無いぞ。このままだとお前は連れ戻されたうえ、外に出られないどころかお前の言う元の世界にすら帰されることは無い」

「ええぇっ!?」

「俺には分かる。人間が自ら過ちを認める時は、その対象となるものを消せばいいだけのことだからな!」


 これは思ったよりもやばそうな世界なんじゃ……。

 せっかく美少年なスコルに出会えて、好きなだけお肉を食べることが出来ると期待していたのに。


「どうすればいいの?」

「ハティはどうか知らないが、向こうはやる気だ。俺としてもこれから楽しく旅に行けるって思ってたところを邪魔されるのは許せないからな。お前が許せば全滅させてもいい」

「えぇ!? それは駄目!」

「それならハティ。空に向けて手を掲げてみろ! 何かが起きるかもしれないぜ」

「空に? ええと、それじゃあ……えいっ!」


 魔法学校から攻撃されるよりも先に、空に向けて炎魔法を出してみた。

 すると目の前全てが炎に包まれて、魔法学校の人たちが視界上から一切見えなくなった。

 まるでスコルとわたしだけ炎に守られたような感じに。


「――こ、これは!? ハティ!! 今すぐ炎を解きなさい! そうしないとあなたごと焼かれてしまいますよ」


 見えない中、校長先生の悲痛な声だけが聞こえて来る。

 もしかしなくても心配してくれている感じかな。

 

「スコル~……この状態でどうなっちゃうの?」

「簡単だ。このまま遠くに逃げる。気付いてるか分からないが、自分の炎に恐怖を感じていないし熱くないよな?」

「そ、そういえば……」


 前も後ろも炎に包まれて何も見えないのに、全然熱くない。その一方で、スコルは結構汗だくになっている。かなり我慢しているような気も。


「ハティの炎はおそらく、俺や獣にだけ効果を発揮する。まぁ、その辺の森は焼くけど。お前自身はもちろん、多分同じ人間相手に効果は無いはずだぜ? そういう世界から来たんなら、無意識にそうなってる」

「つまり、わたしの炎じゃ魔法学校の人たちをどうこう出来ない?」

「そうなるな。俺じゃなければ解決出来ない。でもそれは嫌なんだよな? だったら世界の果てまででも、逃げまくるしかない。それこそ月でも目指してみるとか」

「つ、月はさすがに届かないよ。えっと、スコルはわたしについて来てくれるの?」

「ハティを気に入ったからな。どこまででも一緒に行く。肉をたらふく食いたいしな! ハティもそうだろ?」


 そういえばわたしもまだ一度もお肉を食べてない。

 まさか追っ手が来るなんて思いもよらなかったし、あっちはわたしを捕まえようとしてる。

 

 もう日本に戻るのも叶わなさそうってことは、決めるしかないかな。


「じゃ、じゃあ、このままどこまででも……地の果てまででもいいので、一緒に逃げてください!」

「違うな。逃げるじゃなくて、散歩しながら肉を焼いて生きていく! だ。そうだろ?」

「う、うん」

「よし。じゃあハティ。そのまま大人しくしてくれよな」

「え? わっ!?」


 狼の姿になっているのが限界なのか、スコルはわたしを両腕で抱き、その足でどこかに向かって走り出した。


「ど、どこに行くの?」

「とりあえずあいつらが追って来れないところだな! ハティ、しっかり掴まってろよ!」

「スコル、ありがと。どこでも連れてって! 落ち着いたらお肉を焼きまくるから!」

「ああ。よろしくな、ハティ」


 世界中を歩いてお肉を焼いて、いつかスコルを青年の姿に変えて、その時はきちんと謝りに来よう。

 その時が来るまで、今はとにかく自由な散歩を楽しもう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

腹ぺこスコルと黒魔女ハティのお散歩ライフ~焼くしか出来ない私でよければ~ 遥 かずら @hkz7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ