10日目-2

 ウサさんがばらばらの木の欠片になったあの日、ユメは泣きながら家まで走った。手の中に残ったウサさんの欠片を一つだけ握り締めて。

 本当は止まりたかった。ウサさんから離れたくなかった。でも、あの時のウサさんの言葉が、体温が、ユメの手に残った欠片が、ユメに「今は立ち止まっちゃ駄目」って言ってる気がして。

 玄関でユメはママとパパに抱き締められながら、泣くことを止められなかった。

 後悔しかなかった。寂しくて悲しくて悔しくて苦しくてどうしようもなかった。ユメが男の人に連れて行かれたせいで、ユメがウサさんにひどいことを言わせたせいで、ユメがウサくんをウサさんだと気付けなかったせいで、ウサさんが壊れたのだと思った。

 ウサさんは、赤ちゃんだったユメが気に入ってママとパパが買ってくれた白いウサギさんの椅子だった。ユメが赤ちゃんだった時も、少し大きくなって三人で同じベッドで眠るようになった時も、いつもベッドのそばに置いてあった。夜にママとパパが聞かせてくれるお話が大好きだから、ユメもよく真似して、椅子のウサギの耳の部分に口を近付けて絵本を読んだ。包丁に名前をつけてたパパを見て、ウサギさん椅子に名前をつけようって思ったことを、ユメは今でもはっきり覚えてる。


 ――「あなたはね、“ウサさん”! あなたは、ゆめの、ううん、ゆめだけの“ウサさん”っ!」


 大切だった。声は聞こえなくても、お話し出来なくても、一緒に遊べなくても。泣き虫で意地っ張りなユメのそばにいてくれる、大好きなトモダチだった。

 そんなトモダチをユメのせいで失くした。

 涙はずっと止まらなかった。泣きながらパパとご飯を食べて、泣きながらママとお風呂に入って、泣きながら久しぶりに三人で眠った。

 次の日はパパがずっと、泣いているユメのそばにいてくれた。

 パパはウサさんと少しだけお話ししてたみたいで、ユメのウサさんとのお話を聞いてくれた。ユメは泣きながら、ウサさんとお話ししたことや遊んだこと、ウサさんに言われた悲しかったことをパパに話した。

 パパは泣きそうな顔で、「ウサさんはこう言いたかったんじゃないかな」ってユメと、ユメがずっと抱き締めていたシロウサさんとクロウサさんに笑った。

 その次の日はママがずっと、泣いているユメのそばにいてくれた。

 パパからウサさんのお話を聞いたみたいで、ウサさんとのお話をもっと聞きたいって言ってくれた。やっぱり泣きながら、ウサさんとしたことをいっぱいお話しした。ヨニンで朝ご飯を食べたことを聞いた時だけママはすごく怖い顔をして、ユメはもっと泣いた。

 どっちの日も、パパとママは「ごめんね」と謝ってくれた。

 二人は悪くないのに。引っ越して友達と遠く離れちゃったことも、迷惑かけたくなくて嘘吐いてたことも、男の人に連れて行かれて怖かったことも、ウサさんが壊れちゃったことも。

 パパとママは謝ってくれた後、ユメに「今の学校に行きたい?」って訊いてくれた。

 ずっと待ってた言葉だった。また友達に会えるかもしれない言葉だった。

 でも――「本当にそれで良いの?」って、ウサさんの声が聞こえた気がした。

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