8日目
「っどうしてっ、きてくれたのっ?」
ボクに手を引かれて走りながら訊くユメちゃんはもう泣いていない。何度転びそうになっても、呼吸が出来なくて辛くても、絶対にボクの手を離そうとしない。
あんなひどいことを言ったボクのことを本当にトモダチと思ってくれてたんだなって、泣きそうになった。
「っ、ボクはキミの、ウサさんだからね!」
笑って答える。ユメちゃんがいつのまにか消えてしまっていた白ウサギの椅子の名を呟いた。
――「うーあん! うああん!」
数年前、生まれたばかりのキミが、店で並んでいたボクを見つけてくれた。そしてただの道具だったボクに名前をくれた。意思も心もなかったボクに、キミがくれた、大切なもの。意思が生まれ心をもったボクが、ボクである証。
「いつもボクの上で寂しいって泣くキミをなぐさめたかった。また昔みたいに笑ってほしかった。
キミだけじゃない。ボクも寂しかった。ボクがどれだけ想ってても伝わらないから。いっぱい語りかけても、キミにはボク達の声なんて届かなかったから」
言葉を繋げる。言いたかったことを、今度こそ、伝えられるように。想いが伝わるように。
「キミとお話ししたかった。泣かないでほしかった」
握り締める手に力を込める。守ることは出来なくても、助けられなくても、そばにいることだけは今のボクでも出来る。
「トモダチになりたかった。ずっとそばにいてほしかった。ずっとボクのそばで、笑っててほしかった」
地面が変わった。森を抜けて見た空のカーテンは、少し薄くなっている気がした。
「でも間違ってた。寂しさを紛らわせるだけの話し相手はトモダチじゃなかったんだ。
キミは、家から出なくちゃ駄目だったんだ。泣きながらでも。いっぱい、傷ついてでも。
だから、キミが笑っててくれるなら、ボクのそばじゃなくても良かったんだ」
夜の町の中を、今度はママさんとパパさんの声を頼りに走る。二人のユメちゃんを想う優しい声が、ボクらを導いていく。
「キミは、人として生きていくんだ」
ボクはキミの物語にいれただろうか?
キミがいつか、
今より大きくなって、
子どもの頃を思い出す時、
そこにボクはいるのだろうか?
「忘れないで、」
白色と黒色のウサギのぬいぐるみ、
灰色ウサギの大きなぬいぐるみ、
クリーム色のウサギの形の枕、
月ウサギとリボンの髪飾り、
ウサギの鏡のドレッサー、
桜色ウサギのリュック、
桃色ウサギの柱時計、
水色ウサギの時計、
「キミがヒトリだった時なんてなかったんだ!」
強く繋いだ手が温かい。ユメちゃんにボクの想いはどれくらい伝わったんだろう。泣き虫なボクらは涙を零しながら夜を駆け抜けていく。
もう少しで家だ。見えなくても分かる。もう少し。もうすこ、し、……
ウサさん!?
遠くでユメちゃんの声と足にヒビが入った音が聞こえた。
前に出していた右足が崩れる。白く霞んでいる視界ではもう空と地面も分からなくて、倒れるのがすごく遅く感じた。
――……そっか、これで“おしまい”なんだ。言いたかったな。言えなかったな。「ボクを見つけてくれてありがとう」って。「ボクに心をくれてありがとう」って。
――「“ウサさん”! あなたは、ゆめの、ううん、ゆめだけの“ウサさん”っ!」
今よりずっと幼いキミの、あの日の言葉が聞こえた気がして。
ボクはボクがくだけるおとをきいた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます