第3話 調理実習

 今日は家庭科の授業で料理を作る。作るものに決まりはなく各グループで自由に決めていいとのこと。


グループには俺、吉野、佐藤さん、高橋さん、そして前野君だ。


 事前の話し合いの結果、俺たちのグループは俺と吉野が味噌汁、前野君が回鍋肉、女性陣二人がほうれん草の胡麻和えを作ることになった。正直味噌汁を作るのに二人もいらないが、料理上手を自称する前野君が一人で作ると言ったためこの割り振りとなった。


「田中、米の準備お願いできるか? 俺は味噌汁の具材切っておくから」


 お米は初めに準備して炊くように先生にも言われているので俺はその作業に移る。


 お米を研ぎ終わり、炊飯器に米と水を入れスイッチを押す。


「エッチッチコンロ点火」


 聞き間違いだろうか。


 俺の横で回鍋肉の準備をしている前野君がコンロに火を点ける時に「エッチッチコンロ点火」と言った気がする。


 思春期真っただ中の男子高校生が同級生の女の子がいるこの場で、しかも先生もすぐ近く聞こえる距離にいるこの状況で。


 前野君は鼻歌を歌いながら料理を進めているが、家庭科担当の前沢先生が「コイツまじか」という表情で前野君のことを見ているのは気のせいなのだろうか。


 佐藤さんと高橋さんには聞こえていなかったのか特段変わった様子はないが、隣で作業をしている別グループの女の子が汚物を見るような目で前野君のことを見ているのはご褒美なのだろうか。


「ねえ、前野くんちょっといい?」


(佐藤さん⁉ やはり佐藤さんにも聞こえてた⁉ 好奇心が抑えきれずに聞き間違いかどうか直接前野君に聞いて確認をしようとでもいうのか?)


「パイナップルを入れたらもっとおいしくなると思うの」


(それは酢豚では?)


 と思ったが佐藤さんの家では入れているのか?


「パイナップルは酢豚だろ」


 前野君が指摘する。そう言われた佐藤さんの顔は特に変化がない。いや、耳が少し赤くなっている? 


(まさか本当に勘違いしていたのか? それとも自分以外の家では普通パイナップルを入れないことに気が付いて恥ずかしくなっているのか?)


「すっ、酢豚じゃないよ。回鍋肉だよ」


 動揺している。


 こういう時いつもどこからかやってくる高橋さんは今ほうれん草の胡麻和え作りに夢中になっている。


 援護射撃は見込めない。どうする? 佐藤さん。


「いや、酢豚だよ」


「すぶ……じゃなくて回鍋肉」


「だからホイ、ん? すぶ、ん? 回鍋肉だろ」


「すぶ、えっ、ホイコ、前野くんさっきからなんの話しているの?」


「なんのって、そりゃお前がえーと、あれだよ、あれ。回鍋肉にパイナップルは有か無しかの話だよ。俺は有り派だ」


(……いろいろとツッコミどころがあるが、まあ、これで二人の小競り合いも終わりか)


「パイナップルは酢豚だよ?」


(佐藤さんが真顔だ。本当に勘違いしていたのか)


「そうか、そうだったな。俺なに言ってたんだろうな」


「お茶目だね、前野くんは」


「ははは」と二人が笑う。


「でもよ佐藤。俺回鍋肉にパイナップル入れてーよ。おパイナップルのおパイに魅かれるんだよ」


(何故なんだ前野君。今までの会話のどこにパイナップルを入れたくなる要素があったんだ?


おパイナップルのおパイに魅かれるってなんだ? どうして急にパイナップルにおを付けた)


「えー、しょうがないなー。じゃあ、わたし偶然にも今日おパイナップル持ってきてたからこれ使っていいよ」


「え、いいのか。ありがとな佐藤」


「ここだけの、二人だけの秘密だよ」


「ああ、ここだけの秘密だ」


「「ゆーびきりげんまん、うそついたらおパイナップルのかわのーますゆびきった」」


何が秘密なのかはわからないが二人が楽しそうなのでまあいいだろう。



パイナップル入りの回鍋肉。これはこれで美味しかった。

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