第2話 教室での話
この特殊な力のせいで俺は人と会話することが難しく、普段は黙っているもしくは相槌を打つくらいのことしかしない。話の流れで無意識に何か取り返しのつかないことを言ってしまうかもしれないからだ。そのせいで俺はクラスから無口な奴だと思われている。だがみんなには知ってほしい。俺は心な中では物凄いおしゃべりなのだと。
人との会話が難しいせいで友達作りも困難だ。今の高校にはもともと入学予定はなく、突如父親の転勤が3月末に決まり、新しく引っ越してきた地域にあった高校に通っている。
当然、友達はおろか知り合いもいなかった。だが、そんな俺にも友達はいる。俺の席の右側に座っている吉野だ。
彼には仲良くしている子が沢山いるが、人の話を聴くより話すことの方が好きなのだろう、自分から何かを話す機会が少ない俺と一緒にいることが多く、今も俺に対し言葉の銃弾を浴びせてきている。
「で、その変身前と後のギャップがいいんだよ」
日曜日の朝にやっている女の子が変身して悪の組織と戦うアニメについて熱弁している。
正直俺自身もアニメ好きで毎週欠かさず見ていて吉野と語り合いたいがここは心を殺して相槌で我慢だ。
(わかるぞー吉野)
「吉野くん、それって小さい女の子が見る奴じゃないの? 妹と一緒に見たりしてるの?」
吉野に話しかけてきたのは吉野の前に座っている佐藤さんだ。
「対象年齢はそうかもしれない。アニメは妹に邪魔されたくないから自分の部屋で一人で見る」
「えー、高校生になってそういうアニメ見るのはどうなの?」
「見たいものは見たい」
「ふーん。田中くんはどう思う?」
「⁉」
(佐藤さんなぜそのような質問の仕方をする。佐藤さんの質問が、「田中くんもそう思うの?」なら相槌で答えられた。しかし、佐藤さんの質問は医療従事者が患者の容態を把握するために用いられるタイプの質問であるオープンクエスチョン。「田中くんはどう思う?」これでは言葉に出して回答せざるおえないではないか。普段話す機会が少ないから余計なことを言わないように注意しなければ。できるだけ短く。そう、短く答えなければ)
「そ、そだねー」
「えっ? どういうこと? そだねーってオリンピックで有名になったやつだよね。田中くんもオリンピック見てたの? 何の競技見てた?」
(しっしまったー。「そうだね、吉野と同じだよ」と言うつもりが、短くするという意識が強すぎて、「そうだね」ではなく「そだねー」と言ってしまった。そのせいで佐藤さんに会話を広げる隙を与えてしまった。さすが会話を広げることに定評のある佐藤さん。やるな)
つい感心してしまった。
(しかし、この状況どう切り抜ければいいか。下手に答えると再び佐藤さんに隙をこじ開けられてしまう。そうまるで、新しく張り替えたばかりの障子に物事の善し悪しがまだわかっていない小さい子が指で障子に穴を開ける快感を覚えてしまい、次々と穴を開けていくように。心なしか佐藤さんの顔もエクスタシーを感じているようにも見える。くそ、俺はどうしたらいいんだぁぁぁぁー)
「佐藤、俺は田中とアニメについて熱く語り合っているんだ。邪魔しないでくれ」
(よせ吉野。生半可な反論では追剥に遭うぞ)
「語り合ってないじゃん。吉野くんが一方的に話しているじゃん」
少し不機嫌な感じで佐藤さんは言った。
(追剥ってきた。どうする吉野)
「まあ、邪魔したってのはそうかもだしごめんね」
追剥の予備動作から一転、佐藤さんは毛先を人差し指でクルクルさせながら少し上目遣いで言った。
(追剥をするのをやめたか。確かにここには多くの人目がある。追剥をするにはリスクが高いか。一件落着だな)
「吉野なにしてんの?」
「なんだよ高橋。別に普通に会話してただけなんだが」
「普通の会話で何で香織が謝ってんのよ」
(こ、これは追剥はフェイク。追剥の予備動作から一転して可愛らしい女の子の仕草を見せたのはこのため。佐藤さんの真の狙いはこの美人局だったのか。二人は綿密な計画を練ってここに来ている。女性二人と男性二人の証言、痴漢で考えるとこちらの分が悪い。どうする吉野)
「……なんかごめんな佐藤」
(認めるのか吉野。冤罪になるぞ。吉野、お前はあくまで穏便に済ませたいんだな)
「志穂ちゃん、違うの。わたしが二人の会話を邪魔したから、ごめんね吉野くん」
「えっ、そうなの。なんかごめん」
「いや、いいよ別に」
「「「ははは」」」
(……なんだこれ)
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