最高最悪ギルドへようこそ!
御手洗孝
とあるギルド員の一日。
俺は今、クエストを終えてギルドに向かって走っている。
数時間前の余裕ぶっこいてた自分を殴ってやりたい気分だ。
もう俺も、あと十年もすれば定年退職だ、若くはない。
だが、持てる力のすべてを使って今は走らなければならない。
そう、ギルドの窓口にクエスト終了を宣言し終えなければ、やつから逃げ切れない。
このギルドの報酬は破格だ。
やりたい仕事ではないし、このギルドに入りたくて入っているわけでもないが、一度のクエストで数ヶ月、贅沢三昧で過ごせる報酬がいただけるという状況は悪くはない。
ただ、それだけ破格なのには当然理由がある。
実はこのギルド、難しいクエストは殆どない。
S級とか、明らかに国が請け負うことだろう的な困難なクエストは、もっと別のそれなりのギルド員が居るギルドに回される。
危険度の高いクエストはなく、クエスト自体の危険度は中度がほとんどだ。
だが、このギルドは国一番の危険なギルドとして有名で、所属しているギルド員の人数は他のギルドよりも非常に少ない。
そう、俺を含め、好き好んでこのギルドに所属しているものなどいないのだ。
俺は借金があり、首が回らなくなった時点で借入先からこのギルドに売られた。他の連中にしても、俺と同じように借金背負ってたり、罪人だったりとろくなメンツじゃない。
このギルドの名前は「Caught or Die」捕まるか、死か。
そう、報酬が高額な理由は、クエスト失敗が死に直結しているからだ。
普通のギルドでのクエストと言えば、ギルドに向かい、掲示板から自分で自分の力量にあったクエストを選ぶのが定石。
このギルドでは、ある日突然ギルドからのクエストがやってきて、有無を言わずにこなさなければならない。
やってくる日時や時間が決まっているわけでもなく、その時自分がどんな状況であろうとも、ギルドからのクエストは優先され絶対。
受けない時点でゲームオーバーだ。
当然、クエスト内容も自分に合っているなんてことはありえない。
ランダムでありめちゃくちゃであるのが当たり前なのが、このギルドのクエストなのだ。
前回のときは、熱が出ていたこともあり、かなり大変だった。
それでも体調不良時は慎重になるのか、結構な余裕をもって終わったのだが、今回は油断しすぎた。
今回のクエストはギルドのある街から少し離れた場所にある村で、畑に現れる低級のモグラ型モンスターの討伐。
あれは群れの数が尋常ではないが、必ず地中に潜伏しており、地面を伝ってくる音を感知して音とは逆方向へ逃げる習性がある。
それらを利用して一箇所に集めて一網打尽できれば討伐は楽勝なのだ。
クエストを受けて、俺はこれならば今回は楽勝だと浮かれていた。実際、討伐自体は短時間で終了した。
村長に討伐終了の印をもらって、あとは帰るだけ。
だが、せっかく街の外に出られたのだからとちょっと寄り道することにした。
それが間違いだった。
俺たちCaught or Dieのギルド員はクエスト以外の目的で街の外に出ることを禁止されている。
だがクエストで街の外に出られた場合は、クエストを遂行し、ギルドにクエスト完了の連絡を最後にすれば、それまで何をしていても問題はない。
街の中は比較的自由に行動できるとは言え、首輪のようなギルド証が自分は「Caught or Die」のギルド員だと示しており、街ではあまりいい顔はされない。
このギルド証は外すことが出来ず、外そうとした場合は死なない程度の電流が流れる罰ゲーム仕様だ。
ただ、他のギルド証にはない、特典も色々ついている。
とはいえ、それらが使える得と損を比べた場合、人々の反応等々を加味すれば、得のほうが低く感じるくらいであり、特に街の人々のギルドへの認識は酷い。
街の外は比較的、認知度が低い場合もあり、その際は人の目なんてものは気にすること無く、好き勝手出来るわけだ。
当然、犯罪行為はご法度であるし、そういう行為は一切できないように契約にて縛られている。
久しぶりのクエストでもあったし、またその内容が簡単だったこともあり、俺は浮かれてしまっていた。
自分の置かれている立場に気がついた時、俺は近くにそいつの気配を感じ、一気に血の気が引く。
その存在とは「時計くん」だ。
これがこのギルドの最大の特徴であり、脅威だ。
ギルドのクエストを受注した時点で、時計くんが張り付くことになる。
このギルドのクエストには必ず制限時間が設けられており、制限時間内に依頼を達成し、ギルドに報告しなければならない。
時計くんは様々な形をしているが、主に時計に似た、時間を全面に押し出した容姿が特徴だ。
目鼻口など無い、時計に人間の手足がついているような状態であり、マスコット的な愛らしさなんてものは皆無の、非常に不気味な見た目。
今回の俺の時計くんは「パタパタ型」。
時間が経つほどにパタパタと札が回転しめくられて、時刻を知らせるタイプ。
時計くんは、クエスト開始時、自分から非常に離れた位置にいて、見守るように存在するのだが、時間が迫るほどに徐々に近づいてくる。
そして、制限時間間近になれば、肩にポンッと手を乗せられるくらいに近づいてくるのだ。
当然そんな状況になれば俺たちは必死をこいてギルドへ疾走している。故に、時計くんも同じように疾走し、カオスな状況が出来上がるのだ。
ちょっとだけと、日差しの気持ち良い草原で転がって寝てしまっていた俺の耳に、パタパタという音がぞわりと入ってきた。
慌てて起き上がれば、俺の数メーター後ろに時計くんが待機している。
その時間は終了時間の1時間前を示しており、青ざめながらも一気に加速して走り始めた。
村から街までは俺の最大脚力で45分程度。しかし、道中で何が有るかわからない為、とにかく急ぐしか無い。
捕まったらどうなるのか。
それはギルド名にある通り「死」だ。
しかしそれはただの「死」ではない。
時計くんが制限時間終了を知らせると、首輪によりギルド員はその場に立ちすくむことになる。
そして、恐ろしいことに時計くんはギロチン様へと進化を遂げ、罪人をお姫様抱っこして自分の好みの場所で処刑を行うのだ。
更に恐ろしいのが、首を切られた罪人は時計くんへと生まれ変わり、処刑を終えたギロチン様は、職務からの開放を告げられ消えてなくなる。
つまり、捕まって死を迎えたら、捕まえるまで働かされるのだ。
あと10年で定年退職、首輪が外され、真の開放が待っているというのに、捕まりでもしたら溜まったもんじゃない。
パタパタと時間が過ぎていく嫌な音が後方から聞こえる中、目の前にギルドの扉が見えてきた。
足はもう限界だ、最後の手段を使うしか無い。
俺は後ろを向き、空中へジャンプした後、時計くんに向かって魔法を放つ。
勢いよく放たれた魔法を、あの体の何処にそんなスキルが有るんだと言うほどに、華麗に避けきった時計くんを眺めながら、俺は魔法の発射に寄る衝撃でギルドの受付まで飛ばされた。
村長からの受領証をカウンターに叩きつけ、終了を宣言する。
「あら残念、あと少しでしたのに。はぁ、仕方ない。クエスト終了、受領しました」
目の前に迫ってきていた時計くんの札が下がりきる手前で、出された受領証が受理された途端、時計くんはひどく肩を落としてその場から消えた。
「あらあら、かわいそうに。貴方がクエストをちゃんと終えるから」
にこやかに、非常に美しく嫋やかに、この性根を知らなければ、どんな男も虜になってしまうだろう受付嬢、このギルドのギルド長だ。
ギルド長の正体を知るものは居ない。
こんなギルドを作るのだ。当然人間ではないだろうと俺は思っている。
「はい、今回の報酬ね。それじゃ、次こそ頑張って」
本当に、今日はやばかった。
ギルド長の「次こそ」は俺の考えとは正反対の意味だろう。
だとすれば、これからますます気を引き締めなければ。
今日みたいなことは決して無いようにしないといけない。
なんせ、このギルドで定年退職したものは、いままで一人も居ないのだから。
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