令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。

まるねこ

第1話

「ブラックドッグだ!囲まれるぞ!逃げろ!」


ーーガタン。


馬の嘶く声と共に馬車は止まった。私はその拍子に荷台の荷物に頭を強くぶつける。


途端に様々な記憶が流れ込んできた。それは走馬灯の様に頭の中を駆け巡り、私の中の欠けた部分がカチリとはまる。


あぁ、私は転生したのね。


瞬時に頭の中に駆け巡っていた膨大な情報は今まで生きてきた私を形成している記憶と一つに混ざり合う感覚に陥る。


……突然の思い出した感覚。今なら魔法が使えると思うの。


魔力が身体中を巡り溢れ出す。


私は後ろ手に縛られた縄を指先に火を灯し、焼き切る。やはり、使えたわ。男達はブラックドックを恐れ馬車を捨ててみんな逃げ出してしまった。


……酷いわね。こんな幼な子を置いて逃げるなんて。


私はパンパンとスカートの埃を払い、馬車の前に降り立つ。自分のイメージした通りに魔法が出せるか試してみたかったのよね。



 ブラックドッグは5~6匹程の群れで活動する犬系魔物。馬車の前に現れたブラックドックは5匹でリーダーを先頭に睨みながら襲い掛かる。


私は【アースランス】の短い唱詠と同時に出た土の槍で先頭のブラックドッグは串刺になった。


うんうん。やはり使えるわ。


私は気を良くしてどんどんブラックドッグを倒していった。逃げた男らは情け無いわね。


「馬車の所有権は最後までいた私に移譲されるわよねー」


そう1人で喋りながら幌馬車の御者席に乗り込む。このまま国境を越えてしまいましょう。



 そうそう、紹介が遅れました。私の名はソフィ・ブラン、16歳。稀代の魔術師とは私の事よ!


あ、嘘付きました。


生まれてこの方、魔法が使えず、落ちこぼれ街道を歩み続けていました。先程までは。


父の名はマクシム・ブラン伯爵、母はスザンヌ、3つ離れた兄はガブリエル。

 きっと今頃、家族3人で幸せに暮らし、私の存在はなかった事になっているでしょう。


 この国の貴族の大半は大なり小なり魔法が使える。私の家族は勿論、親戚達も皆魔力持ち。


……私だけが何故か魔法が使えなかった。


 そのせいでいつも私だけ家族として見て貰えなかったわ。貴族は14歳から学院へと入学するの。けれど、私は学院へ入学する事なく16歳で売り飛ばされた。


魔法が使えない私は伯爵家の恥だそうです。


どう考えても酷いわね。


 奴隷制度はこの世界には無いものの、魔法が使えない私は市井に出されると、手に職を持っていないので働き口は必然的に娼婦か肉体労働しか無い。


 庶民の中には魔法が使える人は居るけれど、その数は少なく、いたとしても貴族に囲われている。残念ながら魔法が使える者だけが優遇される国なのよね。


 私はというと、伯爵家から商人へと売り渡され、荷物と共に隣国へ向かう途中だった。その道すがら魔物が出現。


急停車した馬車内の荷物に頭を打ちつけて私の前世の記憶が戻り、魔法が使えるようになりました。

 

 前世の私の記憶はどういった物かというと、時代としては300年位前の王宮筆頭魔術師補佐。


……自画自賛するけど少しは偉かったのよ。


 当時は賢者や聖女と呼ばれる人達がいて、私の存在は霞んでいたわ。今は賢者も聖女も存在しないので私はそこそこの地位が望めるかもしれないわね。


 今世の私は魔法が使えなかったために家族に話しかけてもらえず、1人図書室に籠もって本を読む生活を送っていたの。私は魔法がいつ使えても困らないように術や魔法理論について勉強していたわ。


知識だけは誰にも負けないという自負はあったのだけれど、家族の誰にも理解はされなかったわ。


悲しいことよね。


 でも、前世の記憶が戻り、魔法が使えるようになった事は良かった。今世ではまだ16歳だし、結構可愛い顔をしていると思うわ。ここから私の人生は輝かしくなるはずよ!



さて、国境に近くなり、馬車内の荷物を調べるかな。荷台の中の荷物をガサゴソと漁ってみると、私の身分証と男達が置いていった現金類。洋服もあった。流石にスカートでは旅も難しいので男用の服に着替えることにしたわ。


少し大きめだけれど、袖を巻くってしまえば問題無し。それから旅に余計な荷物はここに置いて行く事にした。

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