隣のお姉さんは?
日曜日恒例となった朝の誠司さんとのジョギングを終え、マンションに戻ると引っ越し業者のトラックが止まっていた。
「走った後、3階まで登るのはつらいな。」
誠司さんが息を切らしながら階段を上り終えると、愛実たちの隣の部屋のドアが開いており、養生が始まっていた。
「誰か引っ越してくるみたいね。」
愛実は誠司さんに話しかけたが、息が切れているのか頷いただけだった。
日曜の昼下がり、一週間のうちで一番まったりとするこの時間は愛実は好きだ。誠司さんは時々寝ながらも野球中継をみており、愛実はノートパソコンをリビングのテーブルに出して、晩御飯のレシピを探しながら、SNSをこっそり更新していた。
グラウンドの使用をめぐって仲が悪かった二人が、徐々に惹かれ合っていく過程がコミカルに描かれており、雨宿りの部室での絡みは垂涎です。
最近読んだ、野球部のエースとサッカー部のキャプテンのBL漫画の感想レビューをSNS上にアップした。
愛実の感想レビューはファンも多く、レビューを書いた作品は売れると評判になり、たまにレビュー依頼が作家本人からもあったりする。
その後レシピサイトいくつか周り、晩御飯はチキンのトマト煮にしようと決めたところでチャイムが鳴った。
「愛実、何か宅配とか頼んだ。」
「頼んでないよ。」
「じゃ、多分セールスだな。俺がいってくるよ。」
モニター付きインターホンの設備のないこのマンションは新聞勧誘などセールスが多く、気弱な愛実だとはっきりと断ることができないため、予定のない訪問に対しては誠司さんがいつも対応してくれる。
ノートパソコンを閉じ、そろそろ晩御飯の支度を始めようと思っていたら、玄関から愛実を呼ぶ声がした。
「愛実、お隣さんが挨拶にきてるよ。」
愛実は呼ばれて玄関まで行くと、見知った女性が立っていた。
「隣に越してきた、山口です。よろしくお願いします。」
職場の店長であり、元恋人でもあった山口美穂だった。向こうは、初対面を装っているので、こちらもそれに合わせることにする。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
愛実は無難な挨拶をかえした。
夕ご飯のチキンのトマト煮を食べながら、誠司がお隣さんに
「お隣さん、かわいい人だったね。」
「そうね。」
「一人で挨拶に来たってことは、独身なのかな?」
悩んであまり食の進まない愛実と対照的に、誠司が夕ご飯を美味しそうに食べている。さすがに鈍い誠司も気づいたのか、
「どうした?あまり食べてないけど、病気?」
愛実も隠し続けるわけにはいかないし、マンションで出会った時に向こうから話しかけてくる可能性もあるので、お隣さんは職場の店長であることは伝えた。さすがに、恋人関係にあったことまでは言えない。
「そうか、上司が隣にいるのは気をつかうからな。でも、あいさつに来た時はお互い初対面で通さなくてもよかったのに。」
「職場だと上司と部下というより、友達って感じだから二人で盛り上がると誠司さんに悪いと思ったんじゃない?」
愛実は適当にごまかして、誠司もあまり気にせず美味しそうに晩御飯の続きを食べ始めた。
翌日、職場で愛実は美穂と二人きりになるときを見計らって話しかけた。
「なんで隣に引っ越してきたんですか?」
「とくに深い意味はないわよ。単なる偶然。」
転居届で住所は見たはずなので、そんな訳ないのに、そんな嘘をついてくる。
「まあ、お隣さん同士仲良くしよう。遊びに来てもいいよ。旦那さんも一緒にどうぞ。」
そう言い残して、美穂は仕事に戻っていった。
「じゃ、明日の夜には帰ってくるから、戸締りとか気を付けてね。」
翌週の土曜日の朝早く、誠司さんは展示会の手伝いの出張に出て行った。一緒に暮らし始める前にも、何回か泊りの出張に行ったということでお土産をもらったこともあるが、一緒に暮らし始めてからは初めての泊りの出張だ。
その日の晩、久しぶりに自分のためだけの夕ご飯作りをはじめた。冷凍庫から依然作って冷凍保存しておいたミートソースを取り出し、パスタを一人分計量したときに手が止まった。
数分後、愛実は隣の部屋のチャイムを鳴らしていた。すぐにドアが開き
「愛実、どうしたの?まあ、とりあえず中に入る?」
美穂が愛実を中に招き入れた。
「誠司さんがいないと、自分のために料理もする気になれないから夕ご飯一緒に食べない?」
愛実は、エコバックから冷凍のミートソースとパスタを取り出して言った。独身時代は何も思わなかったが、二人の生活になれると一人での夕食が寂しくなって、隣に住んでいる美穂の存在を思い出した。
愛実がパスタを茹でている横で、美穂がサラダを作り始めた。
「愛実の料理も久しぶりね。相変わらず美味しい。」
誠司さんと出会う前は、仕事終わりに美穂の家で二人で夕飯を作って泊まっていたが、今日は夕ご飯を食べるだけだと自分に言い聞かせる。
「明日は休みだしせっかくだから、ワイン開けようか?一人だと飲みきれないと思って開けてないやつがあるの。」
そう言って愛実の返事を待たずに、美穂が冷蔵庫からワインを取り出し開けた。赤色の液体がグラスに注がれ、
「乾杯!」
二人の夜が更けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます