第12話 私の復讐
「ところでシェラ、お前さん、火の宮にいたってのは本当か?」
月の宮全体を案内され終わったところでガルファンが聞いて来た。
意図が分からないシェラは警戒まじりに頷いた。
「……そうですけど」
「いつからだ」
「一年前」
「一年前……あー、なるほどなるほど! がはは!
ガルファンは腹を抱えて笑った。
「何をしていた」と聞かれたので「下処理雑用全部」と答えた。
「だろうな」と言われたのが釈然としなかったが、やはりここでも……。
「とりま今日は洗い物で軽く済ませるとして」
ガルファンはにやりと笑う。
「火入れ係、やってみっか?」
「……っ、はっ」
思わず勢い込んで「はいっ」と返事をしそうになったシェラ。
にやにやと隣で見下ろすリーネに気付き慌ててそっぽ向いた。
「べ、別に。好きにすればいいんじゃない」
「おーう。じゃあそうさせてもらうぜ。リーネ!」
「あいよー! ちょうどあたいの担当だ。火入れの奥義叩き込んでやる!」
豪快に背中を叩かれてシェラは転びそうになった。
「あはは!もっと食って身体を鍛えないとな!」
やはり釈然としなかった。
◆
驚くことに、月の宮の仕事は夕方になる前に終わった。
火の宮に居た時は月が中天に差し掛かるまで仕事が終わらなかったのに、驚異的な早さだ。
(まぁ、どうせ明日から大変なんだろうけど)
火の宮の時も初日は洗い物ばかりで早く終わった気がする。
その翌日から下処理に手を出して、地獄の日々が始まったのだ。
でも、とシェラはリヒムの邸宅に帰りながら振り向いた。
(……あの人たちは違うのかな)
ほんの少しだけ、そんな希望が胸にある。
ガルファンやリーネ、他の大勢の人たちは見たことないほど温かかった。
多少、乱暴なところもあるけれど……良い人、なのだろう。
(イシュタリア人にも、あんな人いるのね)
じっと見上げるシェラの視線にルゥルゥは首を傾げた。
「何か?」
「……あなたはどっちなのかなと思って」
「はぁ。私は正真正銘の女ですが」
「性別は疑ってない」
「冗談です」
「だからあなたの冗談は笑えないんだって……」
初日ということもあって火の宮の仕事が終わるとルゥルゥが迎えに来たのだ。
まるで子供の送り迎えのようで癪だったが、一度で広い宮殿の道を覚えられるほどシェラは頭が良くない。正直助かったのも本音だがそれを口にするのは憚られた。
結果的にむすっとしてしまうシェラにルゥルゥは頭を撫でて来た。
だからなぜ撫でる!
「さて、あなたの仕事はこれからが本番ですよ」
「……あいつの食事?」
「私たちと、あなたの食事です」
そういえば月の宮は全員で食事をするのだったか。
昨日のシェラと言えば自室に飛び込んで部屋の前に置かれた冷えたスープとパンを食べただけだから、食事には参加しなかったが。
(あいつの大嫌いなものでも作ってやろうかな)
そう思いながらリヒムの邸宅に帰ると、
「おかえりー! シェラちゃん、ラドワが来てるよ」
「はい?」
玄関から出てきたスィリーンがシェラたちを迎えた。
ラドワというと、シェラの前任である。
昨日を最後に引退したはずだが、まだ何か忘れ物があったのか。
首を傾げながら厨房へ向かうと、老料理官は「シェラさん!」と安堵に頬を緩ませた。
「わたしったら大事なことを伝え忘れていたわ。やだもう、年は取りたくないわね」
「なんですか」
「はい、これ」
「……?」
手渡されたのは、見たところ料理のレシピのようだ。
貴重な羊皮紙を使って書かれたその材料にシェラは眉を顰める。
「泥団子のレシピですか」
「違うわよぉ。栄養食。閣下はあまり食事が好きではない方だから、朝と夜はこれで済ませてるの」
「はぁ?」
ひと口で身体に必要な栄養が取れる優れものらしい。
リヒムは毎日これを食べており、シェラたち料理官の仕事は他の使用人や客人の料理を作ることだという。めちゃくちゃ重要なことを忘れていたラドワは「これ作ってあげてね。頼んだわよぉ」と言い残して去っていく。
一人、厨房に残されたシェラは怒りに震えた。
(人を料理官として雇っといて、栄養食で済ませる……? 馬鹿にしてっ!)
ラドワは気にしていないようだが、これは料理官への挑戦状だ。
お前の作る料理には栄養がないから指示通り作れと言っているのだ。
ふざけるな。誰が言うことを聞いてやるものか。
食事が好きじゃない? なら、好きにさせてやる。
私の食事が欲しくて欲しくてたまらないように。
食べたすぎて禁断症状が出るくらいになった時、ここから出て行く。
決意を秘めたシェラは包丁を握った。
「これが、私の復讐よ」
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