第26話 天霧の名

「…よし、これで準備はいいな」


 今日は教科書とかを持っていかなくていいからカバンが比較的いつもより軽くて登校が楽だ、ずっとこの軽さだと学生の肩こりの割合なんかも減りそうなものだ。


「そういえば…」


 沙藍がまた明日と言っていたが今日2年生は体験学習だ、しかも沙藍は忙しと言っていた、それでまた明日って…うっかりしていたんだろうか。


「まぁ、口癖みたいなものか」


 俺は最後の仕上げに洗面所に向かう。

 そこで、甘奈あまなさんと出会でくわした。


「甘奈さん!?来てたのか…」


 体験学習のことで頭がいっぱいで靴を見てなかったが言われてみれば靴が一足多かったような気もする。


「あっ、はっくんおはよ〜、今日体験学習なんだけ〜?がんばれ〜」


「あぁ…え、何で俺が今日体験学習だってことを?」


「プリント見ちゃった、てへ」


「てへ、じゃない!別に犯罪では無いにしろなんだかゾッとすることはやめてくれ!」


 やはり甘奈さんと話すと朝から調子が狂うな…


「はぁ、それより聞いてよ〜、今日読モの仕事あるんだけど、撮影だけじゃなくてちょっとした会話もするとかいきなり言われて気が気じゃ無いんだよね〜」


「どくも…?」


「読者モデル、知らない?」


「あぁ、読者モデル…えぇ!?読者モデル!?」


 俺は今日一…いや今日は始まったばかりだが、とにかくここ最近で一番驚いた。


「あれ、言ってなかったっけ〜?」


「言ってない!なんだそれ!?」


「やっぱ言ってなかったんだぁ、まぁいいよね、私そろそろ行かなきゃだから、はっくんも体験学習頑張ってね〜」


「あっ…」


 甘奈さんはよほど急いでいたのか本当にそのまま鞄を手に持ち家から飛び出すように出て行ってしまった。

 …そういえばいつもよりもしっかりとメイクをしていたような気がする、見た目だけ見れば清楚そうで真面目そうだし、確かに読者モデルには向いているかもしれない。

 俺は軽く洗顔をし、カバンを持って電車に乗る。

 体験学習は現地集合なため、今日は学校には向かわない。

 1時間ほどしてようやく…


「ここか…」


 外から見ると普通のビルだが、ここにはイベントスタジオと呼ばれるものがそれぞれの階層にあるらしい。


「あ、白斗さん!お待ちしておりましたわ」


 その建物の前で、他の人やおそらく俺と同じ体験学習生は建物の中に入っていく中、美弦は俺のことを待っていてくれたようだ。


「良かったですわ…もし白斗さんが遅刻してしまいそうでしたら白斗さんが遅刻にならないように無理矢理にでも時間を伸ばしていただくところでしたわ…」


「怖いこと言うな!」


 俺と美弦はそんな半分冗談なのか分からない冗談な話を混じえながら、俺たちの体験学習の階層に着いた。


「なんだか慣れないな…」


 たまに隣にすごい地位が高そうな人が横を通る。


「何がですの?」


「周りに地位が高そうな人が…」


「大丈夫ですわ、白斗さんに無礼を働くような輩は、少なくとも国内の方であれば必ずそれ相応の目に合わせて差し上げることを天霧の名に賭けて誓いますわ」


 忘れがちだが美弦はそんな地位の高そうな人たちの更に上の人だった…だがそれにしては美弦は本当に良い感じに俺たちに馴染んでいるような気がする。


「美弦はなんていうか…偉い人特有の雰囲気みたいなものがないな、話しやすくて俺はそっちの方が嬉しいけど」


「そう言ってもらえて光栄ですわ、ですが私の場合は、二面性があり、場に適した態度を取っていますわ」


 そういうものか。

 一度もう一面の美弦もいつか見てみたいな。


「あ…三面でしたわ、学校等の皆さんの前と、家柄関係の時、そして…白斗さんの物である私、この三面でしたわ」


「別に俺は美弦のことを物だなんて思ってない」


「でしたら、どう思ってくださってるんですの?」


「…え?」


「物で無いなら、何だと思ってるんですの?」


「何って…それは、幼馴…」


 …幼馴染。

 美弦は…幼馴染。

 ただの…幼馴染?


「白斗さん?」


 美弦は俺に笑顔で問いかけてくる。


「俺は─────」


「そこの君、ちょっといいかな?」


「…え?」


 俺ではなく、俺の隣にいる美弦から帽子を反対に被ったいかにもこういう場所にいそうなカメラマン、といったイメージの見た目の男の人だ。

 その人は美弦の肩に手を置いて言う。


「君、めちゃくちゃ可愛いから読者モデルとか向いてると思うんだけど、一回試しにどうかな?今日は読者モデルの人がすぐ近くまで来てるから、なんなら紹介できるよ」


「白斗さんが答えを出してくださろうとしたのをこんな方に妨害されるなんて…最悪ですわ」


 美弦は肩に置かれた手を振り払いスマホを取り出すと、突如電話をかけた。


「神崎、すぐに今私の目の前にいる方を…いえ、それでは足りませんわ─────はい、それで構いませんわ」


 美弦は何か不吉な電話を終えた。

 どうやら神崎さんに電話をかけていたらしいことは分かった。


「行きましょうか、白斗さん」


「まぁまぁ、そう言わずにちょっと話だけでも─────」


「あなた、一度自分の仕事場に戻るってみると良いですわ、きっと解雇を下されるはずですから」


「はぁ?何言ってんの」


 男の人は美弦から手を離すと、足早にここから去って行った。


「美弦、何かしたのか?」


「いえ、何も…行きましょうか、白斗さん」


 美弦は明らかな嘘を吐いたが、さっきの人は確かに軽薄というか、知らない未成年の女子高生にいきなり肩を触って話しかけると言うのは少し倫理観に欠けていた気はする。


「ここのようですわね」


 俺と美弦は俺たちの体験学習場所であるスタジオのドアの前まで来て、そのままドアを開け中に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る