けだるいふたり
ポン吉
第1話 帰り道
舞と明日香は一緒に帰っている。爽やかな風が二人のスカートをはためかせた。
河川敷沿いの道をゆっくりと歩く。
「今日は死ぬかと思った」
げんなりした顔で舞はごちる。明日香はそんな舞を横目に水筒のお茶で喉を潤していた。
暑い夏の日差しが降り注ぐ。二人の頬は赤くなっていて、汗もしっかりかいている。
「水酸化ナトリウム水溶液をこぼしたぐらいじゃ死なないよ」
呆れた声音で明日香がそう返すと、間髪入れずに「そんなことない」と舞は返す。中和滴定の実験中の些細な失敗で死ぬと言い放つ彼女になんとも言えない気持ちになる。
「指紋消えるんだよ!? 私が消えちゃうよ!」
「はぁ?」
「だから、私の存在がなくなってしまうんだよ! 犯人をみつけるのもスマホの本人確認も指紋使うんだから、指紋がなくなる=私の存在抹消ってこと!」
反論まみれなんだけど、と思いつつも明日香は「そうだね」と投げやりに返した。なにせ、とても暑いのでいちいち真面目に取り合って説得するのも面倒だ。
「私の存在が消えたら、明日ちゃんはひとりぼっちになるんだから、もっと危機感持ってよ!」
的外れに叱咤する舞。その様子にほとほと呆れかえる。
「舞」
明日香は手に持ったままだった水筒を舞の口に運ぶ。喉に注ぎ込まれる冷たいお茶を蒸せながら飲み干しながら、舞は混乱している。
「私が、水酸化ナトリウムで濡れた舞の手を洗ってあげたんだけどな」
「……」
「私が、濡れた手を拭いてあげたんだけど」
「……」
「私が、後始末をしたんだけど」
「……」
「何かいうことは?」
「ありがとうございました」
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