扉の先の黒き人々-10-
時は戻り、天と吉備がうどん屋に向かった直後まで遡る。
高村の意気は天の叱咤によって、トンネルの中の黒人間の対策を考えるまで復活していた。まず高村はその場にいた警察官十七名を集めて声を掛けた。
「へぼいとこ見せて悪かった。ウチは高村、F県警の警部。アンタらを集めた吉備警部補の上司や。
アンタらにはちと覚悟をしてもらいたくてな、状況を説明するからちょっとの間だけ黙って聞いてほしいんや。先に質問受け付けるから今の時点で聞きたいことはあるか?」
突然の高村の理解しがたい、覚悟をしろとの発言に警察官たちは混乱する。
それは仕方のないことで、集められた所轄の警察官たちは吉備によって無理矢理かき集められた者ばかりで、何も話を聞かされずにこの場にいるのだ。
十七名の警察官は互いに目を合わせて、お前がいけよと相手を唆す視線をぶつけ合う。
数十秒の沈黙の後、比較的若い眼鏡を掛けた警察官が手を挙げて質問をした。
「あの……。失礼ですが、高村警部の御歳は……?」
「あん? 二十八やけど? これでも史上最年少の警部昇進やで」
当然のように言い放つ高村の態度にザワつく警察官たち。軽く言っているが周りにいる警察官たちは三十代から四十代、階級も一番高いもので巡査長だ。このことから二十八にも関わらず、警部にまで登り詰めている高村に対して尊敬や嫉妬の気持ちを抱くのは不思議ではなかった。
もっとも、それには理由があるに決まっているのだが。
「質問はそれだけか? じゃあ今から起こる可能性について話していくで。耳の穴かっぽじってよう聞きいや。
今、吉備と縁間。ああ、縁間ってのはウチの後にトンネルから出てきた、あのうっさんくっさい灰色頭のゴツ男な。アイツらがこのトンネルで異常を引き起こしている原因を止めに行った」
「あの! すみません、異常とは?」
「すまんけど質問は後にしてくれや。信じられんかもしれんが先にウチが言うことを飲み込んでくれ。
話を戻すで。アイツらが原因の息の根を止めると、起こる可能性は三つ。
一つは何も起きない。原因が全てのエネルギーを供給していて、始末をつけたら自動的に異常が消えるパターン。これが一番楽や。
二つは原因とトンネルがエネルギー元が別々で、表面上は何も起こらずにトンネルは現状維持になるパターン。これもそんなにキツくない、対策を取る時間が取れるからな。
三つ目、これが一番アカン。原因消滅と同時にトンネルの異常が暴走するパターンや。ここにいる奴らで縁間が来るまで足止めしなアカンからな。そん時は皆に命かけて貰わないかん、覚悟してくれ」
言いたいことだけをぶつけた高村の言葉に、現場はさらに混乱する。
「質問ええで。今言うたことだけ覚えておいてくれや」
再び、年齢の質問をした警察官が発言する。
「では。異常とは一体なんですか? トンネルの中に何がいるんです?」
全員が聞きたいであろうことをその警察官が代表して聞く。
高村は胸ポケットをまさぐり、ミントのキャンディーを口に放り込んで息を吸う。爽やかな香りを楽しみ、口を開いた。
「アンタらは一年前の星夜見山事件覚えとるか?」
「遺体の人皮が星型に加工されてた、例の連続猟奇殺人事件ですか?」
「せや、世間一般じゃ未解決になってしもうてるがな。あの事件は解決しとるんよ。
犯人は死亡、道具の皮剥ぎ包丁は縁間が回収した。実際もう被害はなくなったやろ?」
何度目かわからない動揺が警察官の間に広がる。目下真相究明中の殺人事件が解決、しかも、犯人は死んでいて凶器は見ず知らずの男が保管していると聞けば猶更だ。
「な、何者なんですかあの男は!?」
警察官全員が警察のルール違反に動揺する。高村は正反対に極めて冷静な口調で。
「道端にな、お地蔵さんおるやろ?」
「は? 一体何を…」
「あれが縁間や」
「はぁ?」
眼鏡の警察官が問いただそうとした瞬間、ピリリリと高村のスマートフォンから電子音が鳴った。着信名は縁間天、すかさずフリックして受話する。
「携帯高村! どないなった!?」
『原因は潰した。吉備がスピード違反上等でとばしているが多めに見てやってくれ』
「アホか! 冗談言ってる場合ちゃうやろが! 出てきそうなんかどうなんや!?」
『うどん屋の黒人間はマーキングして誘導しないと例の黒人間は反応しないと言っていた。おそらくは大丈夫だと思うが……。正直なところわからん。アイツだけ何故外に出ていたのか、黒人間自体が一体何なのかもな。
とりあえず注意しろ、そっちに向かうのはこのスピードでも数分かかる』
「りょうか――――」
破砕音。スマートフォンを耳に当てトンネルとは反対の道路の先を見ていた高村と、その高村を見ていた警察官たちは気づいていなかった。
トンネルから全長四メートルほどの黒人間が這い出てきていることに。破砕音は黒人間が立ち上がる際に握力でトンネル入り口の縁が抉れた音であることに。
「う、うわぁああああああああああ!」
「なんだこいつは!」
「ひ、ひぃいっ!?」
その場にいた警官たちは経験もしたことの無いような超常の化け物との遭遇で、一気に狂乱に陥った。
阿鼻叫喚の光景を見てマズいと感じた高村は、スマートフォンに怒鳴りような声で叫ぶ。
「出たで! はよ戻ってこいや!」
『吉備! もっと飛ばせ!』
通話を繋いだままスーツのポケットにスマートフォンを入れて、代わりに腰のホルスターに差しているリボルバー式の拳銃を抜く。弾に予備はなく、装弾されている九ミリの弾丸五発だけの心許ないお守りではあるが、異形の生物相手だとないよりあったほうが遥かにいい。
「アンタらも拳銃抜け! 絶対にここから逃がしたらあかんで!」
高村が一発の銃弾を放ちつつ、狼狽える警察官たちを一喝する。銃弾は顔と思われる部分に命中するが、何の影響も受けていない。だが、発砲音は混乱している者の目を覚ますのは十分だったようで、数人だが冷静になった警官が高村の近くに集い、同じく拳銃を構えた。
そんな三十メートルほどトンネルから離れ構えていた高村達には目もくれず、トンネルから這い出てきている黒人間は体躯を全て陽の下に出すと。
『で・ら・れ・た』
黒人間は両腕を大きく広げて、空を仰ぐ。
それはあまりにも異様で、怪異を見慣れているはずの高村でさえゾクゾクと恐怖を掻き立てられるような光景だった。
その姿のまま黒人間は硬直し、警官たちは落ち着きを取り戻したのか、驚いて転んだ者や車の陰に隠れた者も高村の周りに集まりだした。
「ど、どうなったんです?」
「わからん! 言えるのは絶対にここから逃がしたらあかんってことだけや! 死んでも食い止めぇ! 碌な事にならんで!」
「わ、わかりました!」
十七名の警官と高村が全員拳銃を構えて扇形に広がる。いつ黒人間が動き出してもいいようにだ。
緊張が続き、一秒が十秒にも百秒にも感じられる、そんな時。
『で・ら・れ・た』
黒人間は頭の先から黒い塵になり、粒子となって宙に溶けていく。
頭から首、首から肩、肩から胴体、胴体から腰、そして腰から足に崩壊が移った時にブレーキ音がして、二人分の足音が高村の耳に届いた。高村は音の発生源に振り向かずに、拳銃を構えて黒人間を視界にとらえたまま軽口を叩く。
「遅かったやんけ」
「バカ言え、吉備は六十キロの速度超過で懲戒の危機だぞ」
「報告書に載せないんで大丈夫ですよ」
なんとも緊張感のない会話だが、三人の視線は鋭く。完全に黒人間が消えるまで、それが和らぐことはなかった。
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