情報統制省ヴィアヴァスタの観測事象

げこげこ天秤

お題:「ぐちゃぐちゃ」

【ぐちゃぐちゃ】

 事物の情報量が増加するさまを、音として表現した語。煩雑さを示したいときに使用される。たまに、事物の終焉を望む場合に、用いられる場合もある。この宇宙に穢れを持ち込んだ人類の言葉。


 ――私の嫌いな言葉の1つだ。




----------------------------




 情報統制省ヴィヤヴァスタの朝は夜である。天に座す太陽に十字架を突き刺しては、代わりに埋葬者となる月が闇を照らす――それが朝だ。日の入りと共に、職員たちは省へと出勤し、各々観測業務を開始する。彼らが恐れるのは、情報氾濫現象Informational Inflation(通称:I2)と呼ばれる観測事象である。宇宙を見渡せば、どこにでも現れる自然現象ではあったが、彼らが特に注視しているのは人間社会に発生する人工的なI2であった。


 生田いくた千雪ちゆきは、この春から情報統制省ヴィヤヴァスタに配属された新人であった。正確に述べると、配属先はその下部機関である陰陽観測庁であったが、暦、天体の運行、気象を司る当該機関は、エリート中のエリートしか採用されることのない狭き門。生田いくた千雪ちゆきは決して要領のよい人物ではなかったが、生まれたその瞬間から入省するように教育されてきた。



「おはようございます!! 今夜も――」



 職場に到着し、挨拶をしたところで、周囲から怪訝な表情を向けられる。当然だ。いまはではない。夜という時間は、先日の省令によって結論付けられた。同様に、午前AM午後PMという表記も、以降は使用されないことが推奨されている。生田いくた千雪ちゆきは、先日もうっかり「こんばんは」と言ってしまい、上司から注意勧告を受けていた。



生田いくたちゃーん。ボサッとしてる暇あったら、こっちこっち」



 生田いくた千雪ちゆきが自らのミスに肩を落としていると、濁声だみごえの先輩である入宮いりみや数也かずやが手招きをする。今日は本省の応援をしなければならない日。新人の小さなミスを気にしていられるほど暇ではない。



「見てくれよ、これ。もうI2が始まっちゃってるよ!! はやく、情報の解析を急ぐんだ」

「は、はい!!」



 今回の情報氾濫現象Informational Inflationの発生予測地点は日本。とある催事があるため、ネットを介して反応する人々により、同空間内の情報が一気に増加する。そのため、情報統制省ヴィヤヴァスタは、監視及介入権を行使し、いままさに用いられる言葉を制限して情報の氾濫を防ごうとしている。


 

「ああぁぁッ!! こんなにもいっぱい!? 溢れちゃうよぅ!!」

「先輩、落ち着いてください!!」



 当該催事で用いられている言葉には事前に制限をかけている。それなのに、ここまで爆発的なまでの情報量が増えるのは確かに生田いくた千雪ちゆきにとっても驚きであった。しかし、とうとう狼狽えてしまった入宮いりみや数也かずやに対して、生田いくた千雪ちゆきは冷静に使用される用語を分析して、傾向を掴んでいく。



「使われている言葉は、二刀流、推し活、第六感、お笑い、88歳、焼き鳥、出会い・別れ、ヒーロー、猫の手、真■中、日記……こんなところでしょうか」

「や、やるじゃないか、生田いくたちゃん。よし、すぐに省令を出すように要請するんだ!!」



 情報は最小限に留めなければならない。情報氾濫現象Informational Inflationは、エントロピーの加速的な増加に寄与する。エントロピーの増大の先にある未来は、この宇宙の死である。こうした加速的なエントロピーの増大に歯止めをかけ、この宇宙の延命行為を図る。宇宙を早死にさせてはいけない。たとえその代償が人類文明の後退であったとしても、宇宙を守ることが情報統制省ヴィヤヴァスタの使命であった。


 なかでも、情報統制省ヴィヤヴァスタの使命に大きく貢献していたのは、西暦二〇二〇年代に始まった人工知能による創作活動の代用であった。情報統制省ヴィヤヴァスタは人々に「工程の省略」を推奨した。自ら手を取って何かを書く/描くのではなく、人工知能に指示を出すことで、簡単に成果物を得られるという方法論を提供した。これにより、多くの人間は考えることをやめてくれた。彼ら彼女らが吐き出す情報量は、直接的な情報統制などおこなわずとも勝手に減少した。欲しいものが欲しい時に手に入る世界に、複雑な思考は不要だ。知識さえも人工知能に提供させるようにした。もはや、この世界の攻略情報は、新たなる神となった人工知能がすべて示してくれる。人間は人工知能に欲しいものをねだり、人工知能は「何でも言ってねと」人間の行動様式を支配する。


 自由意思など介在しない世界。

 行動と思考が画一化された世界。

 なんと美しく均一化された世界だろう。



 美しい灰色。

 それは鉄の色をしている。




 *****




【ぐちゃぐちゃ】

 情報統制省ヴィヤヴァスタが恐れた概念。エントロピー増大の象徴。事物の情報量が増加するさまを、音として表現した語。煩雑さを示したいときに使用される。



 ぐちゃくちゃという語は、「時間の矢」を放ち、時間反転対称性を破った。すべての誤解は、情報量増加が混沌状態であるという認識から始まったのである。



 ――ゆえに、私の嫌いな言葉の1つだ。



 私はマクスウェルの悪魔Maxwell's Demon

 貴方あなたたち人がそう呼ぶもの。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

情報統制省ヴィアヴァスタの観測事象 げこげこ天秤 @libra496

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ