第15話 約束




「そうだ身延君。私しっかりと出来たよ。約束、叶えてくれるよね?」

「……約束?」


 色々と考えようと思っていた時、両の掌を合わせたレナは可愛く首を少し傾げると身延に強請るように問う。

 身延は本当に忘れていたのか、今の状況に頭が働いていないのか聞き返してしまう。


「もう、身延君は忘れちゃったの? 私が君を助けることが上手く行ったら私の言うことを開いてくれるって……嘘だった?」


 身延が嘘をついていたと思ったレナは涙目で訴える。


 そこで身延は思い出す。


 のだと。


 そのことを思い出した身延は焦る。


「待て、嘘ではない。グリーンが話す内容に驚いてトリップしていただけだ。しっかりと覚えてる」

「じゃあ、私の言うこと聞いてくれる?」

「あぁ」

「なんでも?」

「常識的なものなら」


 身延の言葉を聞いたレナはパッと花が咲いた様に笑みを浮かべる。そのことにホッとする。


 権力者で行動力があり何を次に行うのか予想が出来ない奴ほど怖いものはいない。それに俺が約束したことだからな。ただ怖い。


 それでも怖い身延は頼むから無理難題はやめてくれよと願う。


「じゃあね、えっとね。その……なんかいざ言うってなると恥ずかしいね。えへへ」


 照れているのかレナは自分の頰を掻く。


 ここだけ見ると恋するただ可愛い女の子なのかもしれない。ここから恐ろしい内容をお願いされたらと思うとゾッとするが。


「じゃあ、言います」

「おう。どんとこい」


 何が来ても驚かない。怯えない。逃げないと心の中で誓う。



「名前」

「へ?」


 少し下を俯きながらレナは小声でそんな一言を呟く。勿論身延には聞こえていた。レナが「名前」と言ったことは。ただそれがなんの意味を示すのかどんな意味が込められているのかわからない。


 意味がわからない身延を尻目にレナはソワソワとしながら自分の人差し指同士をツンツンと突付いていた。


「その、私達恋人になったよね。なのに苗字で呼び合っているのも、なんだかなぁーって。だからお互い名前で呼び合いたいなと思って、いやかな……?」

「……いやではない。ただもっと凄いことを要求されると思っていたから拍子抜けというか。まあ、それなら」


 話が理解できた身延は頷く。


「それは、良いってこと?」

「まあ」

「やった!」


 身延の許可をもらったレナは胸の前で握り拳を作ると小さく喜ぶ。

 レナの姿を見て少し警戒しすぎたかと肩の力を抜くと共に反省する。

 

「……身延君から名前、呼んで?」


 胸の前に手を置いたレナは身延に上目遣いでお願いする。


 恥ずかしがることはない。ただ名前を口にするだけだ。苗字呼びが名前呼びに変わるだけ。


「レナ……これで良いか?」


 身延はすっと口から出てきたレナの名前を呼ぶ。


「ムフッ」

「ん?」


 身延から名前で呼ばれたレナは変な声を上げるとその場で蹲る。今は顔を両手で隠しているので表情が窺えない。


 どうしたんだ? 俺が何か……をやった訳ではないと思う。グリーン……レナの指示通りに従っただけだからな。だがこの状況どうするべきか。


 身延が色々と考えている中、レナはレナで頭の中がお花畑になっていた。


 あぁ、あぁ、あぁーーー! み、身延君に名前で呼ばれちゃった。呼ばれちゃった呼ばれちゃった呼ばれちゃった!! 嬉しい、嬉しい。嬉しいな。でも顔見せれないよ。こんなニヤけた顔、身延君……君に見せたら変な子って思われちゃう……。


「り、りく君」

「なんだ?」


 顔を手で押さえながらも身延の名前を呼ぶレナ。身延は不思議と言った顔をしているがレナは幸福の気持ちで一杯だった。

 

「呼んでみただけ」

「なんだそれ」


 レナの不可解な行動に溜息を溢す。


 ただ自分のそんな気持ちが知られたくなかったレナは適当なことを言ってお茶を濁す。

 それにこれ以上レナはと思った。なので話題を変えることにした。


「そ、その! 話は変わるけど……りく君は犬か猫と言ったらどっちが好きですか!」


 そんな質問をするレナは未だに手で顔を隠しているがじせつ手の隙間から身延の顔をチラチラと見ている。

 視線に気付かない身延はいきなりの話題転換に違和感は感じたがそれでも合わせる。


「そうだな。犬と猫……どっちらかといえば、猫だな」

「猫ちゃん……じゃ、じゃぁ。りく君は私のことを動物で喩えるならなんだと思う?」

「お前は……」


 言われた通り考える。

 レナの顔を見たりして考える。

 その時にレナは顔を手で隠す。


 ……レナが何を考えているのかはわからんが、猫そして動物に喩える……そう言うことか。確か猫を人間で喩えるなら……。


 直ぐに思いついたことをレナに伝える。


「俺は猫だと思う」

「にゅぁ!?」

「ん?」


 レナが当然奇声を発する。

 レナの奇異な反応に眉を潜める。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫! ちょっと頭がぼーっとするだけだからぁ! 気にしないでっ!」


 「大丈夫」だと言うレナの頭からは湯気のようなものが立ち上がっていた。

 レナを見た身延は流石に様子がおかしいと思って何かを口にしようとする。


「あぁ! もうこんな時間! そ、そうだ。私この後生徒会でやることあったんだったぁ! じゃ、じゃあ、りく君、また明日」

「あ、お、おう」


 だが一足先にレナが動く。矢継ぎ早にそんなことを言うとレナは物凄いスピードで部室から出て行ってしまう。


「……なんだったんだ?」


 一人残された身延は呆然とそんなことを呟く。


「……ただ、あいつが話した内容は……」


 恐らくレナが質問したのは人間を動物に喩えるならというやつだな。

 確か、猫は……自由気ままな性格でわがままで気分屋、だったと思う。


 正しくな。


 そんなことを考える身延はクスッと笑う。


「……そう言えば、部活の名前とか決めてないな。後で連絡するか……」


 どうせいつものように夜連絡するんだからと思い身延も部室を後にする。





「――はぁ、思わず逃げちゃったな」


 身延がある空き教室から大分離れたこれまた空き教室で一人呟く。


「でもそっか。りく君は猫が好きかぁ。猫ねぇ。えへへ。そう言うことなんだなぁ」


 ふにゃりと頬を緩めるレナ。


 自由気ままな性格でわがままで気分屋……の


「名前呼びも叶ったし。りく君も私のことが好きなのわかったし、幸せ……」


 色々なすれ違いをが生じ、絶賛勘違いを起こしていた。


「私頑張る。頑張るからね。だからりく君も……りく君は動物で喩えるなら、それは……」


 かな? りく君とリス君……ふふっ。名前も似てて、可愛い。


 レナは楽しそうに内心でそう考えていた。

 

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