第16話 カラット・アルデバランがカラット・アルデバランとなるまで



 カラット・アルデバランは生まれつき持っているとお言われるような人間であった。それは他人からの評価であったが、カラットも自分は恵まれているのだということは自覚していた。

 父も母も、親としての愛をとびっきりくれた。家はそこそこ裕福で、旅行には度々出かけたし、趣味や習い事もやりたいといったことはさせてくれた。おかげでカラットはピアノとバイオリンが弾けるようになっていた。

 小学校中学校は特にこだわりもなかったので、そのまま自宅から近い公立校に通ったが、地頭がよく真面目な性格のおかげで、その後受験して入学した実家から電車で通える公立高校、国立大学も一般に難関だと言われるところに入学することができた。課題に追われるなど学生らしいところもあったが、それでも期限を超過して提出したことは一度もなかったし、ごくごく稀に授業をサボることもあったが単位を落とすようなことは一度もなかった。


 カラットは友が少なかった。しかし友人はたくさんいた。要するに対外的なコミュニケーションがうまかったのだ。程よい距離感を図りながら、知人ではなく友人と言える存在がたくさんいた。

 例えば、(したことはないが)代返しておいてくれと頼めば引き受けてくれるような人がたくさんいた。例えば三人グループでつるんでいる人たちがいたとして、ペアを組んでくださいと言われた時にスルッと違和感なく自分がそのグループの四人目に入れるような距離感の友人がたくさんいた。例えば同窓会に参加した時、会場に入った自分に気がついて名前を呼んでくれるような、いつの間にか輪の中心の程近くに招いてくれるような程よい距離感の、たくさんの友人がいた。

 しかし、その友人たちと決別したわけではないものの、学校を卒業してしまえば連絡を取らなくなるものだから不思議だった。カラットが定期的に元気かと連絡をし、定期的に元気かと連絡をしてくれる友は片手で十分足りるほどだった。

 カラットはその友には自分がマジックイミテーションであることを明かしている人もいた。こういった特殊なことはあまり大っぴらにしない方がいいというのを両親にも言われたし、カラットは小学三年生の時にマジックイミテーションだと確定したのでその時にはそこそこの分別がつき、それもそうだなと納得したためだった。


 さて、カラットは大学二年だか三年だかの時に将来をどうするか人並みに悩んだが、カラットがマジックイミテーションだと知る数少ない人物である教授に「せっかくそんな力があるのだからそれを活かした仕事をしてみてはどうだ」と言われたことをきっかけに考え抜き、鑑定士になることを決めた。その先生はもちろんカラットの恩師である。

 そういうわけでカラットは一念発起し、鑑定士を目指すことを決めて、卒業後は正社員として就職する道を選ばなかった。カラットは鑑定士として勉強できるように貴金属や宝石、骨董、ブランドものなどさまざまなモノを買取している店にアルバイトとして雇ってもらいながら、魔法具にされることが多い宝石やジュエリー、骨董品について学んだ。休日は魔法具が展示されている博物館や美術館に足を運び、マジックイミテーションの能力を使える仕事をしてはどうだと言ってくれた恩師に知り合いだという学芸員を紹介してもらったりした。そこで実際に展示には出されていない資料を手に取って見せてもらうこともあった。

 それが叶ったのは紹介してくれた恩師の顔が異様に広かったのと、カラットが真面目で清潔感があって、何より「集中してその目で見るだけで目の前の道具に魔法具かどうかが分かる」なんていうなんとも便利なマジックイミテーションを持っていたからだった。

 カラットは自分の立場が運だけで手に入ったものだとは到底思っていないが、自分が大変運が良かったのは自覚している。

 それから知り合いになった学芸員の知り合いの学芸員から魔法具かどうか分からないものがあるので見てほしいと言われて馳せ参じ、見せられたものが魔法具かどうかした。知り合いの知り合いの学芸員はそれを大層ありがたがった。何せ、無闇矢鱈に依頼していた魔法道具認定にどれを依頼すればいいのか明確に分かったのだ。最初カラットの能力に疑念を抱いていた人もいたが、試しにカラットに鑑定してもらって、魔法具だと言われたものは魔法道具認定に出したところ百発百中で魔法道具認定を受けられたし、反対にカラットにこれは魔法具ではないと言われたものは魔法道具認定がなされなかったのですぐに信用されることになった。

 それからその噂を聞いた知り合いの知り合いの知り合いの学芸員から依頼が入り、さらにその知り合いの学芸員からも依頼が入るようになった。

 最初に魔法具かどうかをみてほしいと頼んできた学芸員は心ばかりだがと報酬を払おうとしてくれたのだが、カラットはそれを断るしかなかった。なぜなら彼はその能力を使える仕事がしたいと鑑定士を目指したのだが、そのくせしてマジックイミテーション開業・就業許可証を取得していなかったのだ。自分がマジックイミテーションであるという証明書は持っていたが、マジックイミテーション開業・就業許可証は持っていなかったので、報酬を受け取ることができなかった。

 ものを売るのに許可が必要なものは多い。例えば酒なんかはその筆頭だ。それはモノでなく、能力でもそうだった。これは身近なもので言えば普通運転免許第二種といったところか。とにかく、カラットの噂が広がる中、交通費のみで無償で引き受ける依頼を有償で受けるには早急にマジックイミテーション開業・就業許可証を取得する必要があった。

 そういうわけでカラットはこのタイミングで慌ててマジックイミテーション開業・就業許可証を取得した。この許可証取得にはシンプルにマジックイミテーションの能力の査定、危険性などが測られるので、カラットのマジックイミテーションの場合すぐに取得することができた。その時には当然「もっと早く取得すればよかった」とぼやいたし、その脳裏にはだから言っただろうと言わんばかりの恩師の顔がよぎって慌てて頭の周りを手で払った。

 さて、こうしてカラットはめでたくこれがあれば自分が「集中してその目で見るだけで目の前の道具に魔法具かどうかが分かる」人物だと公にし、仕事を得ても問題なくなったわけだ。

 それからカラットは魔法具かどうかの鑑定を有償で受けるようになった。しかしそれでも依頼は絶えなかった。魔法族研究所魔法道具研究収集保存課に魔法具の可能性のあるものを全て依頼するよりもよっぽど安いためだった。そうして顧客が増えた頃、カラットは買取店のアルバイトを辞めた。カラット・アルデバラン、当時二十五歳のことである。


 それからカラットは噂によって増えた魔法具かどうか分からないものをする依頼をこなしながらカラットは全国を行脚した。それは自分の鑑定士としての能力を磨くため、そして自分の名前を全国に知ってもらうためだった。さらにカラットは元々この全国行脚を終えたらどこかに店を構えることを決めていた。その宣伝を兼ねた旅でもあった。

 そしてその先々で依頼料を割引く変わりに鑑定や資料について学んで回った。

 カラットが全国をまわり始めた頃には両親はもう国を離れていた。それはカラットのことを見放したとかでは決してなく、息子はもう大丈夫だろうし、旅にも出るそうだからそろそろ二人の時間を楽しもうかということだった。カラットは両親のことを良すぎるくらい仲がいいと認識している。しかしカラットの収入が安定するのを待つようにしてからじゃあと言って二人して海外に飛び立ったので、本当に自分のことを大切に思ってくれていて、心配もあっただろうに口出しもせずに見守ってくれていたのだと心から感謝している。

 今でもときどき絵はがきと共に二人がその国、地域の伝統衣装のようなものを着ている仲睦まじい写真が同封された封筒が送られてくる。しかも一緒に入っているのは便箋などではなく、メッセージカード一枚で、たいてい『元気? 父と母は元気です。父、母』とだけ書かれているのだ。どうやらその封筒はその土地を離れるときにカラットの元に送っているらしく、両親がどこにいるのかカラットも知らない。前回は砂漠でラクダに乗っていた写真だった。

 その封筒も一ヶ月の間に二回送ってきたかと思えば、半年とか一年に一回のこともあるので、便りがないのは元気な証とはいうが、まさかそれを両親に対して思うことになるとはカラットも思っていなかった。


 そんな真面目でさまざまな経験を積むような青年カラットだが、ある能力が生まれつきとはいえ突出している人物にクセがないわけがなかった。

 いや、これに関しては能力のあり方とかそれの大きさとかはもはや関係ないかもしれないのだが、カラットは何かに飢えていた。自分の人生に文句なんてものを抱いたことはなかったし、自分のそれが他人から見て幸福なものであることは分かっていたし、実際に幸福だった。

 それでも、カラットは何かに飢えていた。それが何かはいつまでたっても彼自身にも分からなかったが、幼い時のある時からずっと喉が渇くような感覚をふとした時思い出すことが何度も、何年も続いていた。全国行脚にでた理由の一つは実はこれにあった。しかしそれを旅の道中で見つけることは叶わなかった。

 その飢えているものが、明け透けに俗っぽく言うのであればいわゆる「愛」であることに気がついたのはカラットが二年かけて全国行脚を終え、アカモノ街のオダマキ通り商店街の裏通りに「アルデバラン鑑定所」を開いて三ヶ月経った頃、カラット・アルデバラン齢二十七歳の時であった。カラットは両親に愛されて生きてきたし、自分も両親を愛しているのでそういう愛とは別のものに飢えていたのだろう。

 まあ、そのさらに数ヶ月後にはサンドロー・アルクトゥールスという厄介な出会いも手に入れることになってしまったので、「世の中はバランスというものが取れているんだなあ」としみじみ思うことになったわけである。


 そのカラットの「愛」、ユーリエは不思議な少女だった。幼い頃に両親を亡くし、親戚をたらい回しにされた結果、ほぼ他人に近い母方の遠縁に引き取られることになった。その女性、ディアンは独身だったが、ユーリエを邪険に扱ったことはただの一度もなかった。

 しかし今までの境遇のせいなのか、そもそもの性分なのかユーリエという少女は無表情で無口で何を考えているのか分からなかった。そのおかげで彼女を引き取ったディアンは大層苦労したが、すぐにユーリエは意外と嫌なことは顔に出ていることに気がついてからは吹っ切れて気を使い過ぎるのをやめるようになった。

 さて、ディアンは両親の遺産を無情な親戚どもに搾り取られたユーリエを育てる資金源をどこから得ていたかというと、祖父母から引き継いだ不動産だった。そしてその一つがカラットが二年の全国行脚で貯めに貯めた貯金で開いたアルデバラン鑑定所のある場所だった、というわけである。

 ある時ディアンは心配になった。いくら性分とはいえ、ユーリエがこうも無表情で無口で大丈夫だろうかと。ユーリエは細かい作業が得意だったので通信販売限定でアクセサリーかなんかを売って収入を得ていた。それは細々としたものだったが、これといって物欲のないユーリエにはそれで十分だった。ユーリエの将来を心配したディアンは家賃と光熱費だといって渡してくるお金をことごとく断ったが、それはそれとして心配だった。

 そこで、社会経験として、アルデバラン鑑定所で雇ってもらえないかという打診をしたのだった。カラットの店が選ばれた理由は、繊細なアクセサリーを作るユーリエには様々な作品の鑑定依頼が訪れる鑑定所がピッタリだと思ったためらしい。ディアンはそれが余計なお節介であることは十分理解していた。でもやらないでやめておくかというのでは何も進展しないと思って、とりあえずカラットとユーリエの二人の了解をとった上で二人を会わせて見ることにした。

 二人の初対面は片方保護者付きの、はたから見たら事情のありそうなお見合いだった。当然当事者達にそんなつもりはなかった。会うまでは。

 カラットはユーリエを一目見てこう、ビビッときてしまった。なんでと言われても当の本人が分かっていないが、言うなれば一目惚れ、というやつだったのだろう。カラット・アルデバラン、二十七歳にして初めての恋だった。

 カラットは自分の中にずっとあった飢えの正体を自覚していく中で流石にまずいと思った。ユーリエの年齢は聞いていなかったが、その容姿からしておそらくまだ酒は飲めないだろうという頃、ひと回りまではいかないが、ほぼひと回り歳が離れていることになる。流石にそれは、まずいかもしれない。しかも相手は店の場所を貸してくれているディアンが可愛がっている少女だ。

 混乱したカラットはそれでも表には出さず顔合わせをそれとなく終えて後日、電話でディアンにユーリエを受け入れるのは難しいと連絡した。当然、ディアンはそれがなぜか訪ねた。


「その、お恥ずかしい話ですが、彼女に、一目惚れをしてしまったらしく……。私の店は依頼人が来ないこともよくありますから二人きりになることもあります。そうしたら、好意を寄せてくる男と二人きりというのは、彼女は怖いでしょう」


 ディアンはカラットの言葉に目を見張ったが、「しばらく待ってちょうだい、また折り返します」といって電話を切った。

 きっともう彼女と会うことはないだろうと息をついたその夜カラットは喉をかきむしりながらジンを煽って酔い潰れた。その数日後、ユーリエは一人でアルデバラン鑑定所を訪ねてきた。


「アルデバランさん。私をここで、雇っていただけませんか」


 カラットは仰天した。ディアンはそれとなくカラットがユーリエに好意を抱いたことを伝えてはくれているものだと思っていたのだ。

 カラットは混乱する頭を必死に回してひとまず店内に案内して椅子に座らせ、慌ててディアンに電話をかけた。電話がかかってくるのが分かっていたのか何なのか、一コール目が鳴りやんですぐ通話は繋がった。カラットは電話に出たのがディアンかどうか確認するのも忘れて訴えた。


「あの! お嬢さんが、ユーリエさんが私の店にいらっしゃったのですが!?」

『あら、本当に行ったのねえ』


 そんな呑気な。カラットはディアンとユーリエが一緒にいることを一度しか見たことがなかったがディアンが彼女を見る視線というのは優しく、慈愛に満ちているように見えた。それを、ひと回り近く年上の、好意を寄せているという男の元を訪ねてきたユーリエに「本当に行ったのねえ」とは!


「どういうことですか!?」

『ユーリエにあなたが恋しちゃったみたいなのって言ったら、元々仕事もあなたにも興味あったみたいなんだけど、もっと興味持ったみたいでアルデバラン鑑定所で働きたいって言ったのよね。そういう主張を全然しない子だったからびっくりしちゃって。じゃあ、任せてみようかなって』


 カラットは受話器を持っているのとは反対の手で目元を覆って天を仰いだ。任せてみようかなじゃない! カラットは生まれて二十七年目にして初めて抱いた感情が、幼き時分から求め続けた喉の渇きを潤すものが、恋なんて可愛らしい言葉で片付けられそうにないことを分かっていたのだ。

 もう今更恥も何もないとそれを訴えようとしたところで受話器から聞こえてきたのはツーツーツーという通話が終了したことを知らせる音だった。


『カラット君なら大丈夫よね。それじゃあ、私の大切な子、頼んだわ』


 そう言って切られた電話にカラットは初めて女性に怒りを抱いた。

 大丈夫なものか、大丈夫なものか! こちとら初恋だぞ!

 しかしいくら耳に当てようとも受話器はツーツーとなるだけで、カラットが仕方なく、力なく受話器を置いた。


「あの、」


 カラットは背後でかけられた声に度肝を抜かれた。随分と近いところからかけられた声に慌てて振り返ると、ユーリエは先ほど案内した椅子ではなく、カラットの一メートル先に立っていた。


「ご迷惑、でしたか?」


 カラットはユーリエのその言葉に頭を抱えてうずくまって、恥も外聞もなく叫び出したくなった。後にも先にもカラットがそんなことをしたくなったのはこの時一度きりである。

 好きな女の子の手前、何とかその衝動を我慢したカラットは仕方なく説明することにした。


「違うんだ、その、聞いているかもしれないが、私はその、君に一目惚れしてしまったんだ。いいかい、男というのは野蛮なんだ、この店は私一人でやっているものだから、君が働きに入ってくれたら必然的に二人きりになることが多い。それはとても危ないことだよ」


 しかしカラットの必死の訴えを聞いてもユーリエは首を傾げて「そうなんですね」と言っただけであった。

 先程カラットが頭を抱えてうずくまって、恥も外聞もなく叫び出したくなったのは後にも先にもこの時だけだったと言ったが、本当はこの時もうずくまって、大声で叫びたかった。

 その後、カラットは好きな女の子に自分と一緒に働くデメリットをこんこんと説明するという非常に残念なことをするはめになったが、ユーリエはそれらをものともせず、結局カラットが折れる形でユーリエを雇うことになった。


 その後、疲れ果てたカラットがユーリエの履歴書を見て少々幼く見えた彼女が実際には酒が飲める歳ならいいかと開き直りそうになったり、実際に開き直ったりしたわけだが、結果的にカラットは非常に恵まれた人生を送ってきた。それこそ文字通り生まれた時から色々持っていた。

 そのバランスをとるためにサンドローと出会ったというのであればそれもまあ致し方ないかと思える人生なのだ。

 だから、サンドローと出会って事件に関わることが増えても、その度にヒントになる言葉を告げることになり、執着のようなものを抱かれミスターカラットなどと呼ばれるようになってもまだお釣りがくるくらいなのだ。




「……私はただの、マジックイミテーションを持った鑑定士ですよ」

「ふふ、そうですか」


 カラットの自分はただの鑑定士であるという主張はまたしてもサンドローに受け入れられることはなかった。



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