魔族

わたしは、半歩だけ、前に出た。

わたしの戦闘力は、自慢できるものではない。だが、レティシアにこの者を攻撃させるわけには、行かなかった。


「気になることを言ったな、マルコとさやら。」


わたしがそう言うと、どこが、かね?

と、黒装束の魔族は楽しそうに答えた。

黒い体にぴったりしたその衣装が「服」なのか、それとも皮膚の一部なのかもわからない。

木の枝に変化した右手はぐにぐにと動いて、また人の腕に戻っていた。


「いままでもこんなことがあった、という話だ。」

「ああ、そうだとも。」


魔族は肩をすくめた。

「こういう形で、あの呪い師が手下にくわえた冒険者パーティは3組になる。

きまたちを除いては、みなA級以上だ。」


呪い師、という言い方が、人間の魔法使いに対する蔑称なのは、聞いたことがあった。


「声をかけたパーティはもっとあった」


マルコ•グレンと名乗った魔族の表情を見ながら、わたしはゆっくりと言った。


「そういう意味か?」


「実力の方は未知数だが、頭は良さそうだ。」

そういう子は好きさ、とまるでそこいらのナンパ師のように、軽くマルコは嘯いてみせた。


「サリア。こいつを斬らせろ。」

レティシアが、わたしを押しのけようとする。わたしは踏ん張って、それを抑えた。

今は、魔族一体の命より、情報が欲しい。


「おまえの話では、断ったパーティは、闇討に遭って、姿を消している、と受け取れるのだが。

実際に、クエストの実行中にそれを果たせず、行方不明になるパーティは多いが、A級以上のパーティが、街中で姿を消した話など、聞いたことがない。」

「ギルドにも、がっちりと、あの呪い師の息がかかっているのさ、わかるだろう?」


マルコは、穏やかな笑みを貼り付けたままだ。それが表情なのか、そもそもそれが「笑み」なのか、わたしにはわからない。

魔族はそういう生き物だ。

ひとでは、ない。


「一つ、言っておこう。非常に大事な情報なのだが、君たちがあっさりとスルーしてしまったので、改めて言い直しておく。

わたしは『分離派』に属している。」

「魔族にも派閥がある、ということか?」

「その通り・・・・そして『分離派』は、人と魔族が交わらずに暮らすことを理想とする派閥だ。

生存圏そのものを分けてしまい、どちらからも互いに関わらない生き方を目指す。

対するのが、『共存派』だ。

聞こえはいいが、それを主張するものはおまえたち人間を食物、あるいは、美味この上ない嗜好品として、あるいは儀式の贄として必要とする者たちだ。

残念ながら、こちらが多数派だな。」


いったん、口を閉じるとマルコは、わたしたちの表情を確認するかのように、ぐるっと見回した。


「ルークとかいう道化者は、こちらに属しているのだよ。」


その意味がわかるまでに、数秒、間があったように思う。

レティシアが、絞り出すような声で言った。


「ルークが魔族に通じている、ということか。」


「他の意味にとれたかね?

人間も魔族に、通じているものはたくさんいるよ。力や富、快楽を差し出せば、容易く籠絡できるものばかりさ。

だが、かの呪い師は少し違うようだ。」


「どういう意味だ?」

わたしの言葉に、マルコは黙って背を向けた。


「今、話ができるのはここまでだ。君たちが、明日の朝日を拝めたらそれは、ルークの刺客が失敗したことを意味する。

すぐに第二、第三の刺客が放たれるだろう。一刻も早く王都を脱出することをおすすめするよ。

そうだ。」


顔だけをグルリと、わたしたちに向けて、魔族は言った。


「我々が君たちに何を差し出せるのかを一つだけ教えておこう。

目先の利益などよりも、はるかに大事なものを。

それは『チカラ』だよ。」


そう言って、彼は、手を木の枝に変えてみせた。


「我々は、君たちに魔族の力を与えることができる。そして永遠に老いない体もね。

だが、それを手にいれたときに、君たちが君たち自身でいられるかどうかは、その人間の素養による。」


その後に起こったことは、わたしには全くわからなかった・・・全てがあまりにも高速で展開されたため、後でレティシアから解説を受けて初めて理解したのだ。

それはこういうことだった。


マルコの言葉を聞いた瞬間、オルフェがマルコに飛びかかったのだ。

それはなんの前触れもない。例えば、威嚇のための動作や、ためさえも全くなかった。

オルフェの拳が、マルコの顔を捉えて、彼は大きく吹っ飛んで、後方の壁に叩きつけられた。

壁は、大きくひび割れて、マルコが崩れ落ちる。


だが。

殴ったオルフェの腹部を、木の枝が貫いていた。


マルコの作り出したものなのだろう。それは槍状に変化して、腹から背中まで突き抜けていたのだ。


「やる、じゃないか。元勇者殿?」


マルコは、しかし、体を起こした。少年とも少女ともつかない、細い体。殴りつけた頬は確かに陥没していたが、それは彼にとって大した痛痒にはならないようだった。

平然と。

マルコは言葉を続けた。


「何か気に触ることを言ってしまったのかな? ぼくは。」


がはっと血を吐きながら。オルフェもまた立ち上がった。

まだやる気だ。元勇者殿は。


「ヨルガにもそう言ったのか?」

「・・・・」

虚をつかれたように、マルコは押し黙った。


「政略結婚で、異国に嫁ぐことになっていたやつにそう言って、魔族の力を与えたのかぁあああああっ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る