決着

わたしは、C級冒険者サリア・アキュロン。

ひとはわたしを揶揄をこめて「迷宮研究科」と呼ぶ。


はなばなしい実績はない。

必要ならば、パーティを組むこともあるが、基本はソロだ。

これは、多くのパーティが受注する迷宮内のクエストとわたしの目標が異なることが多いからだ。



「ドルモはさっきの魔法をうてるの!?」


氷雪女王が投じる氷柱は大きさと数を増している。

さすがに剣ではさばききれなくなったルモウドは、回避に専念している。


「ドルモじゃないのでわからない。」

ルモウドは、言う。

つかえねえ、こいつら。ひとつの存在を共有してるのに互いのこともわからないのか。


「さっき魔法を撃ってから5分たつわ。どう?」

「まだ、むり、だな。」

「わかった。モールに替わって!」


ルモウドはさっと氷雪公主から、資格になる岩陰にからだを隠した。



わたしはフラスコを投じる。

爆発と火炎は、本体までは到達しない。目眩まし。時間稼ぎだ。


・・・それと大赤字だ。


わたしが一瞬、ルモウドから目を離すと、もうそこには厭味ったらしい青年剣士はおらず、俊敏な斥候の少女がいた。


「モール、ドルモがさっきの最大の魔法をうてるまで、時間をかせぐ。」


互いに隠れている岩は、目と鼻の先立ったが、湖の氷がきしる音。吹きすさぶ吹雪がひどくて大声でどならないと会話にならない。


「わかった。」

モールは、雑嚢をあけて、なにやら複雑な文様が描かれた神と触媒となる薬品を取り出した。

その間、わたしは乏しい魔力をひねりだして、なんとか炎系の魔法を構築した。

いわば時間稼ぎの時間稼ぎだった。


「ファイヤーアロー!」


バシュ

炎の矢はうまれた瞬間に吹雪にかき消された。


しん・・・・


吹雪が突然、止んだ。


雪は・・・ただしんしんと降り積もる。



まずいっ!

わたしは盾にしていた岩陰から飛び出して走った。


絶対氷牢。

冒険者の間でそう言われている氷雪公主の魔法である。

背後の空間そのものが凍りついていく。

いや、凍る・・・のではない氷、に置き換わっていく。


岩そのものが氷に。地面もまた氷に。

もしわたしの回避が遅かったら、たいして美しくもない氷の彫像が一体追加されただろう。


これは絶妙なタイミングだった。


モールのとばした神に描かれた魔法陣から、炎の蛇が飛び出した。

全身を赤々と燃やしながら、氷雪公主に巻き付く。


氷の障壁が、溶けもうもうと蒸気を発した。

本体にはダメージは通っていない。


それでも、氷雪公女はこの攻撃をいやがった。再び吹雪が巻き起こり、炎の蛇は雪と風に巻かれて消えていく。

わたしはモールのほうを見ないようにして叫んだ。


「モール! ドルモに替われ!」


ドルモの最大出力の魔法は、さきほどは、氷雪公主の障壁を突破できなかった。

今度は?

そんな疑問もあっただろうが、モールは文句も言わずにドルモにかわった。


「ドルモ! 最大出力の火炎系魔法を撃って。」


ドルモは青い顔で頷いた。


「撃ったら吹雪が弱まるから、全力でやつにむかって走って!」

「はいいっ!?」


ドルモは振り返った。目が飛び出しそうになっている。


「わたしが合図したら目をつぶって、ルモウドにかわって!」


「えっえっえっ」


「いけえっ!!!」


命がけのときこそ、ノリと勢いだ!


放った魔法は、わたしも見たことがない。火炎の渦がドルモの周りを取り囲んだ。そのまま焔の竜巻が生じる。

そのままでは術者が熱気で死んでしまう。

わたしがそう思った瞬間、竜巻は氷雪公主を取り囲むように「転移」した。


なるほど、これならば、吹雪にかき消されることなく、氷雪公主にダメージが。

いや、氷雪公主のまわりは、氷と冷気の障壁が健在だった。

炎の竜巻はそれに噛みつき、引き裂き、侵食しようとするが、S級モンスターの展開する障壁はそれに耐えた。


走れ!


走れ!ドルモ。


魔力の枯渇したドルモの足取りは重い。呼吸も苦しそうだ。だが、いまは走れ、走ってくれ、ドルモ。

氷雪公主がおまえの炎の竜巻を解呪するまえに少しでも接近するんだ。


よろけ、ころびそうになりながら、ドルモは氷雪公主に近づいた。


次の呪文をとなえようにも魔力は枯渇している。まるで死刑台のまえにむかって歩むような。


竜巻の頬のが黒くかわり、次に氷と雪の白にかわっていくのを、よろめきながら、ドルモは見上げた。

わたしを絶望にみちた顔で振り返る。


「目をつぶって、ルモウドに替われ!」


わたしが投じたフラスコは、氷雪公主とドルモの間で炸裂した。

放たれたのは閃光だ。

ああ、そうだ。まぶしい光のことだ。それ自体に攻撃力はないんだ。


だが、氷雪公主の目をくらますのには充分だった。

そして、閃光のなかから現れたのは、非力な魔導師ではなく。


ルモウドの剣の銘はなんというのだろう。

わたしは、地面にしゃがみこんだままぼんやりと考えた。

さきほどの治癒魔法が時間不足だったためか、足の傷からまた血が吹き出している。


しかしまあ、それほど急がなくてもいいだろう。

氷雪公主を唐竹割りに、切り裂いたルモウドは、しゃがみこんで、素材の採取にかかっている。ルーモにかわってもう一度治癒をしてくれないかな、と思いながらわたしは気を失った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る