第二部 迷宮研究家は招かれる
元勇者 オルフェという男
日が暮れると同時に、雨が降ってきた。
はじめて足を踏み入れた通りで、待ち合わせの店を探すのには最悪のコンディションだ。
わたしは、冒険者サリア・アキュロン。しがないC級の冒険者だ。主にソロでの迷宮探索を専門にしている。
ルルードの三番通りはいわゆる歓楽街だ。
わたしはもともと、人付き合いはよくない。相手が男であれ、同性であれ、一夜の快楽を金で買う習慣もない。
そういう店が軒を連ねた、わたしには縁のない場所だ。
幸い顔見知りの冒険者を見つけたので、店の場所を訪ね事なきを得たが、約束時間には少々遅れてしまったようだ。
案内された部屋は個室で、テーブルにはすでに何点が料理と酒が並んでいた。
調度品と客層からみて、それほど、高級な店ではない。
だが、一言で言って居心地の良さそうな店だった。
そして驚いたことに、招いた相手は笑顔で、わたしを迎え入れた。
少々遅くなりました。
言い訳がましく言ったわたしに、彼は鷹揚に手を振って椅子にかけるように伝えた。
「いや、こちらからの急な依頼だ
来てくれて感謝する。」
おいおい。
あんた、勇者だろう。
評判と随分違うじゃないか
人に頭を下げるなんてことはありえないって話だぞ。
実際にパーティメンバーと称する愛人どもと、肩で風を切って歩いてたじゃないか。
あれはいつの話だ。
まだ一年も経っていないんじゃないのか?
そうはっきり口に出して言ってやると、元勇者は照れたように笑った。
わたしの記憶にある勇者の姿とはだいぶ違う。
かつての彼は、金色に輝く髪を長く伸ばしていた。毎日美容院で手入れをしないとそうはならない独特なウェーブのかかった髪型で、いつも最高級の服に身を包んでいた。
連れている女も、美貌の魔術師のメリクルウスと剣士のジーグ以外にも、町娘、貴族の令嬢、はては王女まで、はんとうに手当たり次第だった。
今の彼を一言で言ってしまえば「落ちぶれた」で終わりかもしれない。
髪型は、以前のように美容師によってきれいに整えていられないし、無精ひげも伸びている。
身につけているものは、なんの刺繍も飾りもないシンプルすぎるシャツとパンツで、おそらくは古着屋で誂えたのだろう。サイズが微妙にあっていない。
それでも彼はそれなりにこざっぱりしていた。
剣は礼儀正しく、腰から外され、部屋の隅に立てかけてあった。
佩刀したまま、飲み食いしたがるのは、冒険者の悪いクセで、しかもその行為が無礼だと承知していても高位の冒険者ほど守ろうとはしない。
抜群の剣技、卓越した体術、魔物についての知識をもち、魔道の真髄を極めてもなお、冒険者が一種の野蛮人、アウトローとみなされる理由のひとつにそんなところがある。
いや、待てよ。
部屋の隅に置かれた彼の剣は、おなじみの大剣ではなく、作りは良さそうだが、何の変哲もない、両刃の片手剣だった。
「気が付いたか。」
元勇者は苦笑いを浮かべている。
顔の前に上げた両手には、指先までまだ包帯が巻かれ、微かに震えていた
「元通り良くなるまではまだまだ時間かかりそうだ。
正直あのバスターソードでは手に余った。」
「でもあれはあんたにとってはトレードマークの」
「まぁ、確かにそうだ
色々と付与魔法や大精霊の加護のかかった大業物のだな。
おかげでいい金になった。」
「おい、手放したのかよ。」
「おう、そのとおりだ。今の俺に使いこなせるもんじゃないしな。
それに、メリクルウスとジークには結構まとまった金を渡してやることができた。」
「抜けちまったのか、いや逃げ出したのか、あの二人。」
だんだん遠慮がなくなっていくわたしの言葉に、オルフォは呵呵と笑い
「逆に聞くわ、どうしたらオレとパーティを組み続けると思う?」
勇者オルフェ、いや『元』勇者オルフェは、酒壺からグラスに酒をそそぐと、わたしにすすめた。
泡の立つ黄金色の酒は、みためほど酒精が強くない。
自分もグラスに注いだ酒を一口やって、
「メリクルウスは、腕の良い魔術師だし、ジークの剣の腕は帝都でも五本の指にはいる。
オレがいなくなれば、それなりに上手くやっていくだろう。」
それはなんというか
「随分とまともな判断だな。」
わたしがそう言うと、かつては勇者と言われたその男はもう一度笑みを浮かべた。
その笑みをみて、少なくとも話を聞いてみようか。
それぐらいの事は思うようになっていた。
「最近はどうして居るんだ。」
飲み物を一口、すすりながら、わたしが尋ねると、彼は真面目な顔で、
「装備にあった、いやオレの腕には似合った依頼を地道にこなしているさ。
できればパーティを組みたいんだが、まともな冒険者はオレを相手にしてくれない。
なので、ほとんどはソロだな。
何とか暮らせてはいるし、腕の治療を少しずつは良くなっている。」
実は、そこらへんとこは何とか聞いてはいる。
「しかし迷宮最深層を走破したり、龍をも葬ったあんたが、山賊退治をしたりキャラバンの護衛をやってみたり、まあなんというか」
「まあ実際ところその程度が俺の実力だったんだろう。
今までの冒険で成功した時には、あいつがいたからな。」
そういうと、彼はグラスの酒を一気に飲み干した。
そんなことは今更言うまでもでもないだろう。
「で、わたしに頼み事って何?
正直言って条件以外では協力していいと思っている。
でも、例えばね、例の万能メンバーをパーティもう一度加入してこいって言うんだったらお断りしたいからね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます