堕ちた勇者に捧げる歌は~ざまあされたあとの物語り

此寺 美津己

第一部 勇者パーティ最後の日

三日前のこと(前)

「メリクリウス、いるか?」


施錠されたはずのドアが開いた。

ほかの誰でもない。勇者オルフェ、だった、

いつもは優雅な笑みをうかべている顔は、緊張でこわばり、目は血走っっている。


ドアの外に巡回の警備兵らしき人物が倒れているのをみて、メリクリウスは悲鳴をあげそうになった。


「こ、殺したの?」


「バカなことを抜かすな。気絶させただけだ。」


オルフェに続いて、ジークも部屋に入ってきた。抱きかかえていたメリクリウスの魔宝具を無造作床に投げ出だす。

相変わらず少年と見紛うような凹凸の少ない体型に、短髪。めったに笑みを見せない氷の人形の如き美貌は、今宵はいっそうの冷たさを感じた。


「ずらかる。早くしろ。」


そう、彼らはいま、謹慎中の身であった。


当代きっての英雄と呼ばれた「勇者オルフェ」。

流れる水も吹く風も両断する「剣聖ジーク」。

破壊魔法の権化「紅蓮のメリクルウス。」


これに「癒やしの聖女ドリテア」と斥候を加えた5人が、彼らのパーティ「狼と踊る」だった。


ランドの原野での死霊軍団の壊滅。

ミギウル峡谷の悪龍討伐。

採取不能と言われた三日月草の採取により東部バッハゲインを疫病から救う、

名だたる難易度の迷宮「オードルス宮殿」の攻略。


など。

その功績は、すでに世界に鳴り響いていた。来るべき魔王との決戦においては、その中核となるであろうと。

そう噂されるSランクパーティ「狼と踊る」。


だが、彼らには今、重大な嫌疑がかかっていた。

その斥候は、探索中に突如パーティを離脱した、と公式にはそう、記されている。勇者オルフェの幼馴染でもあった少年の迷宮内での失踪。

それが、彼らが手を下したものではないか、そんな噂である。


事態を重くみたギルド総本部は、「狼と踊る」を離宮に軟禁し、ことの究明にあたることにした。


「ドリアテは?」


装備を身に付けながら、メリクリウスは尋ねた。


「あれは侯爵家の御令嬢さまだからな。」

ジークが吐き捨てるように言った。いつもそんな口調ではあるのだが、眉間の皺がはっきりと嫌悪感を現していた。

「もともと、我がパーティには、見学のため一時在籍しただけ。時期も、問題の失踪事件の後だってことで、放免されている。」


「どこへ行くの?」

オルフェとジークの足取りは早い。

体力に自信のないメリクリウスでは、ついていくのがやっとだ。


「こんな腐った国とはおさらばだ。」

オルフェは言った。

「隣国のバッハ連合国に行く。あそこのヤンガ=ソルド双王ならば、オレたちをキチンと遇してくれるはずだ。

なにしろ、疫病からあの国を救って、街道に蔓延ったハイオークどもを退治してやったんだから、な。」


確かに。

だが、それはもう二年前のことで、そのときは、彼らにはまだ斥候の少年がついていた。


薬草の生息地やハイオークの寝ぐらを見つけてくれる優秀な斥候が。

彼を追放・・・いや見殺し・・・いや・・・


・・・してからのわたしたちの状態を見たら、たとえ恩のある隣国といえどもわたしたちを丁重にもてなしてくれるとはとても思えない。


では、どうする?

ここで、謹慎させられたまま、罪状の言い渡しを待つか。それもまたありえなかった。


「迷宮内で行方不明」でもなく。

「迷宮内で罠にかかったのを見捨てた」でもなく。

「わざと罠にかけて放置した」ならより正確で。

「その後、攻撃魔法を叩き込んで、殺そうとしたが、思いがけない迷宮の崩落で、とどめを差し損ねた」ならほぼ真実。


時間がたてばたつほど。

調べが進めば進むほど。


立場は悪くなる一方だ。


しかし、逃げ出してしまえば、それはもはや最悪の形で罪状を認めたことになりはしないか。


「そもそもどうやって逃げるんですか?」


メルクリウスは、勇者オルフェに尋ねた。この男、およそ、何も考えずに行動してることが多い。斥候がいなくなってそれがはっきりした。

そして、ないアタマで考えたことは大抵、ロクでもない結果に終わる。


「この西の離宮はな。隠し通路があるんだ。」

オルフェの足取りは、弛みない。

少なくともこの通路についてはよく知っている様子だった。


「第三王女のヨルガと一時、いい仲でな。密会の時に使ってた。一度、城壁の外に出て、忍び込むんだが、厨房脇の枯れた井戸の中にでる。」

「それにしても巡回の兵士に誰とも会わないですね。」


メルクリウスは、首をかしげた。

普段は使っていない離宮とはいえ、もう少し留守居役はいるものだ。放っておくだけで建物は痛む。


「東の正門から、魔族の大群が押し寄せてきている。」

と、オルフェはとんでもないことをさらりと言った。

「ここの警備兵のほとんどはそっちに集合がかかった。押し寄せた魔族どもの多いが、守りも固い。やつらは、魔族は竜まで動員してやがるが、突破される気配はねえ。

難攻不落のヴェスパーヤにまた一つ、勝利の記録が刻まれるのだけだ。」

そして、ニヤリと笑いを浮かべた。

「その間にこっちは、隠し通路を使って、王都の西にでる。

そのまま街道を使って、バッハ連合国へ、一目散だ。」


もう一つ。

メリクリウスは思い出した。


この男が自信たっぷりに行動するときは、たいていロクなことにならない。



果たして。


いつもはこの時間、だれもいないはずの裏庭は、怒号と剣戟、魔法の飛び交う修羅場と化していた。

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