近くて遠い君へ

立花 ツカサ

近くて遠い君へ

「あぢーな。俺こんな中部活したくねーよ。」

「マジで。死にますよ、朝からこんなに暑かったら。」

 そう言いながらも道着袴に着替えていく男子軍

「がんばろ。」

 小声でそう言ってから着替え始めるのがルーティーンである。

 道着袴に着替えると嫌でもシャキッとした姿勢になってやる気が出てくる。

 自分の袴につまづきそうになりながら階段を登り窓を開けていく。

 一人で、この朝の風を感じるのが幸せな時間だ。

 窓から差し込む光は眩しくてやっぱり自分には外のスポーツはできないなと思う。


 この学校の剣道部には女子が私一人しかいない。なので、心細さもあるが、男子軍は優しくさっぱりしているので楽しい。ただ、男子特有の話には呆れる。


「よし、じゃあ面つけっ」

「はいっ」

 部長であるしゅんの号令で、部員約10名が返事をする。

 私は最後に面紐をパンっパンっと音を鳴らしてきつくする音が好きだ。

「技の稽古」

「はいっ」

 次の相手は迅で県でも一番になるほどのすごいやつだ。

「面打ちで」

「はい。」

 早くて強くて最後までかっこいい面が私は大好きだ。

 今日も超キレキレな面を3本とも決めてきた。

「出小手で。」

「はい。」

 こいつの早い面に勝ってやろうという気持ちで狙い過ぎてしまった。

 一本目を打ち終えると軽く私の面を叩きながら

「小手狙いすぎ〜」

 とニヤニヤしながら言ってきたので「はーい」と適当に返す。だが、少しだけ、ほんの少しだけドキッとした。

 その後も、とてつもなく蒸されながら稽古が続き、休憩を終えてから最後の地稽古に入る。

 またあいつとあたり、絶望感と期待が交互に襲ってくる。

「お願いします」

 全く自分の面が当たらず、防御しても力と技術で崩され、自分が気を抜いているとも分からないところで打たれ、きつい。

「メーンッ」

 その時だっった、ちょうど私が引面を打ったところで、後ろに気配を感じた。

 あっこれはぶつかって倒れるパターンだ。

 すると、がしっと腕を掴まれ引き戻された。

 結果、少しぶつかったし、逆に前に倒れそうになって、なんか迅に抱きしめられる寸前みたいな感じになってしまって、申し訳ないというかドキっとしたというかという感じだった。

 すぐに振り返って後ろにいる先輩に

「すみません。足とか踏みませんでした?」

 というと先輩二人は

「あ〜大丈夫大丈夫。そっちこそ、けがせんかった? 」

「ごめんな。周り見えとらんくて。」

「いや、私です。すみません」

 まあこんな感じでこの騒動は終わったのだが・・・練習の後、


「ごめん。迅くんのおかげで大きなことにならんで済んだ。本当ありがと。」

 と自分の片付けをしていた迅に言うと

「いや、もうちょっと早く止めるべきだった。ごめん。でも、あの引き面、メッチャいいところだったけんさ。悔しいわ〜」

 と胴突きをされながら言われ、またドキッとした。

 

 窓を閉めに、男子更衣室の前を通ると声が聞こえてきた。

「おい、迅。俺見たけんなー。お前が、詩音抱きしめたとこ。」

「俺も見たー」

「付き合っとるんかー?」

「ちげーし。抱きしめてないから。」

「好きになったんやないか?」

「んなわけねーだろ。」


 その後

 全国への切符を手にした迅

 全国ではベスト8

「おめでとう。」

 大会後の最後の部活の終わり

「おう、応援聞こえとったよ。詩音は声でかいな。」

 後輩からも、「本当本当」と言う声が聞こえてくるので、「うるさい!」と言ってから

「はぁ?応援してもらっといて」

 と反論する。

「ごめんて。でも、ありがとう。」

「いえいえ。」

 謙遜はしておく。ただ、自分でもどこの学校の応援よりもすごかった自信はあった。

 最後の窓締めをしていると、迅がやってきて

「あのさ、詩音。ちょっと話したいことあるけん一緒に帰らん?」

 緊張した面持ちで、そう言うから少し身構える。

「あぁ、いいけど・・・何?」

 聞いてみても答えてくれないことは分かっていた。

「まぁ後で」

 そう言うとすぐに部室へ戻っていった。


 やばい、汗かきすぎて絶対汗くさいわ。

 一応応急措置として、部活に来ていたバレー部の友達に少し香りのついた汗拭きシートをもらった。持つべきものは女子力が高い友だと実感する。


 先に着替えて、昇降口で待っていると迅が現れた。

「帰るか。」

「おう」

 後ろから視線を感じながらも二人で歩いて行った。



「あのさ、本当は全国でベスト4になったら言おうと思ってたんだけど、俺、詩音のこと好きになってしまった・・・」



 少しだけ目線を迅の方に向けると、耳が赤くなっていた。


 本気だったら、嬉しいと思っている自分がいた。

 

 でも・・・


「嘘つけよ。おもしろくねーぞ。」

 

 お互いのためだと思うから、突き放す。

 これが正しいんだと自分に言い聞かせる。そうすればするほど、目になぜか涙が集まってくる。


「嘘じゃない。本気なんだ。詩音見てると、俺もがんばんなきゃって気持ちになって、きつくても練習頑張れたんだ。」


 顔を真っ赤にしながらも、真剣にこっちを向いて言う姿に、少しだけ心を動かされそうになった。


「そんくらいのことなら、友達でいいじゃん。私は弱いし、いろんなところで迅くんとは釣り合ってない。絶対、これから勉強頑張って大学行って、そこでいい出会いをしたほうが、お互いに+になると思う。だから諦めて。」


 本当は、一緒にいたいし私だって好きだったけれど、これからのことを考えればこれが一番正しい。

「本気で、諦めて欲しいならそうするよ。ただな、お前は間違えてる。」

 真っ正面から見つめられ、目を瞬間的に逸らした。

 迅はそんな私の顔を正面に強引に戻し、

「詩音は、いろんなこと押し付けられても絶対にやりとげるし、忙しいのに練習も勉強も手を抜かない。それに何よりも、優しい。誰の話もちゃんと聞いてくれる。俺にもみんなにも無いすごいところたくさん持ってるんだよ。自分のこと、ちゃんと認めてやれよ。」

 そう言って、優しく私の頭を撫でた。

 

 いきなり、そんなことをされてタダさえ熱かった体がもっと熱くなった。


「そんなふうに言ってくれて、ありがとう。結構嬉しい。」


「あっそ。俺は、振られて悲しい。」

 そっぽを向いて歩き出す姿を見て、寂しくなった。


「・・・。」


 少し前を歩く、迅くんの手首をそっと掴む。

「・・・あのさっ」


「んっ?」



 卒業式が終わった次の日、剣道部の3年生を送る会が行われた。

 一人ずつ、感謝の言葉を述べていく。最後は、部長の迅だった。

「・・・本当にありがとうございました。これからも、頑張ってください。それで、少しこの場をお借りして、もう一人感謝を伝えたいと思います。

 神崎詩音さん、少し前に出てください。」

「えっ私?」

 すると、部員のみんなが私の前に来て並んだ。

「三年間ずっと女子一人で、厳しい練習にも、怪我にも立ち向かっていた詩音をとてもすごいと思っています。」

「俺らの部活での雰囲気が悪かった時に、ちゃんと叱ってくれて集中することができました。」

「先輩が、怪我で部活ができなかった期間も、部活では明るく振る舞ってくださったり、マネージャー業務をやってくださったり、とてもいい環境で練習ができました。」

「誰よりも、応援して、一緒に悔しがってくださった先輩がいたから、いまも練習を頑張れています。」

「詩音先輩は頭が良すぎるので、これからも剣道をされるか分かりませんが、僕らで考えて鍔をプレゼントします。これからも、頑張ってください。」

 現部長の剣士郎に渡された紙袋の中には鍔が入っていて、そこには「質実剛健 神崎詩音」というかっこいい文字が刻まれていた。

 もう、涙が止まらなくてどうしようもなかった。

 すると、同級生の3人が来て、背中を背中をさすってくれた。

「詩音、泣きすぎだよ。」

「お前が泣いてるとこ、俺らが全国決まった時意外で初めてだわ。」

「おい、ほらなんか言えよ。」

 涙を拭きながら「うるさいなぁ。」と言ってまた部員の前に立った。

「・・・ほんっとうにありがとうございます。このチームはどこのチームよりも絆が強くて、誰とか関係なく言い合えるチームだと思っています。この鍔は、一生大切にします。みんな!大好きだよーー!!」

 最後に、叫ぶと一番のお調子者の2年生の太陽が

「詩音先輩から大好きもらっちゃいましたーー!!」

 と言ってみんなで笑った。



 その日の帰り、また帰り道を迅と一緒に歩いて帰った。

 お互いに、なかなか口を開くことができなかった。

 長い沈黙を、少しうわずった迅の声が破った。


「俺はまだ詩音のことが好きだ。」


 肩をガシッと掴まれて、目を少し上から見つめられる。


「・・・うん。私は、迅のことが好き。」


 やっと、自分の本当の想いが伝えられて良かったと思った。


「俺と、やっぱり付き合ってください。」

 

 この、真剣な顔にはどうしても負けてしまうと思った。


「はい。お願いします。」

 迅はゆっくりと近寄って抱きしめてくれた。

 その動きは、ぎこちなくて、硬かったけれど、十分優しくて嬉しかった。

 大好きな香り 安心できる。

 個人戦の時、出番の終わった男子がみんな応援に来てくれた。みんなが声をかけてくれて、とっても安心した。その時迅が言った「俺と練習してんだから、勝てよ。」という超上から目線な言葉でもっと心が燃えた。そのおかげで、県ベスト4を決められた。

 その時から、多分迅のことが好きになっていったんだと思う。


「一個さ、不安なんだけど、留年とか無いよね?」

 一番の心配事だった。剣道部男子は本当に勉強がダメだからだ。

 迅は笑いながら私を小突いて

「変なこと言うなよ。実はさ、詩音の邪魔になっちゃいけないと思って言わなかったけど、剣道で推薦もらってI大学行けることになった。」


 少し申し訳なさそうに言うが、多分心の中では、ちょっと私を見下している。という、顔をしている。

「えっ・・・そこって私の第一志望」

 驚いた顔を、迅くんに向けると、ニヤッと笑って

「お前が落ちんじゃねーぞ。」

 と私の頭に手を置いて言った。


「落ちるかよ。ばーか・・・」

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