第14話 彼と彼女の対立 2
ステファン機の銃撃や、赤外線パッシブミサイルのロックオンを躱して逃げながら、ラディウは慎重にシミュレータールームに存在するステファンの気配を探る。
かけられている制限が邪魔をして鬱陶しいが、短時間で終わらせるにはこれしかない。
外野が多すぎて掴みづらいが、攻撃的な意思を向けてくるものを目印にする。
「よし、捕まえた」
頭の中でイメージを確定させる。何度か回避行動を取り、そのイメージが本当にステファンのものかどうかを確認する。
一度確定させた明確な単体かつ単純な敵意は、マシンに繋がっていなくてもわかりやすい。逃げるのはここまで。これから攻勢に移る。
ステファンは上手いが、落ち着いてやれば勝てない相手じゃない。
ラディウは下にむけて急降下、減速。ブレイクする。機体がストンと下に落ちたような動きだ。
「上じゃなくて下だと!?」
ステファンはオーバーシュートしてラディウの前に出る。
「おっとまずい!」
フワッとラディウが後ろにつく。ステファンは旋回してラディウを引き離しにかかるが、気持ちが悪いぐらいぴったりとついてくる。
「おい! 何で引き離せない?! 気持ち悪いな!」
ステファンは何度かブレイクを試みるが、彼の動きを読むようにラディウ機がついてくる。
嫌らしい事に、逃げた先にエネルギー弾やビーム砲を撃ち込んでくる。
それらをすんでのところで躱す技術は確かに上手いとラディウは感心した。
『ストーカーとは悪趣味だぞ!』
無視だ無視。それより大切なことは集中すること――
ラディウは素のリープカインドのスキルを使っている。いつも以上に集中しないとイメージが外れてしまう。頭が痛くなる前に終わらせないといけない。
「<ケリー>、"ラスカル"の声が邪魔」
《了解、4番の音声OFF》
「<ケリー>、赤外線誘導ミサイル準備。」
《ミサイル準備完了。》
レティクルのマーカーが赤くなる。
ラディウはステファンをロックオンして発射。
ステファンはフレアを撒いてすぐに避ける。
速度が若干落ちる。
その避けた先にはいつの間にかラディウ機が待ち構えていた。
「ひっかかった」
ラディウがほくそ笑む。
「うっそだろ!」
ダダダとエンジンにエネルギー弾を撃ち込まれ、振動と共に画面が消えた。
撃墜された。
「あー!くそ!」
ステファンがコクピットの中で悔しい叫びをあげた。
勝負がついた瞬間、うわぁっと大きな歓声が上がったが、長くは続かなかった。
「この騒ぎはなんだ! 誰が許可をした?」
タイミング良く戦隊長のジャン=ルイージ・”グリフォン”・デシーカ中佐が現れて、その
次の瞬間にバッっと気を付けの音が響く。
ツカツカとデシーカは部屋の中へ進む。彼の進む先の人垣が道を空ける様は、さながら旧約聖書に出てくる、出エジプト記のモーセのようだった。
パウエルは掛金のバケツを持ったまま、バツが悪そうな顔をする。
「マンディ少尉、そのバケツはなんだ?」
「これは……その……自発的なレクリエーションです。Sir!!」
胸を反らして声を張り上げる。
「そうではない。賭け事をしていたのか? 少尉」
デシーカの鋭い眼差しがパウエルを捉える。
「いえ、これは……その……」
先ほどの威勢はどこへやら、パウエルはデシーカに気圧されてしどろもどろになる。
「それとも何かね? このレクリエーションは戦傷退役軍人会の寄附金集めか?」
「そ……その通りです! Sir!」
パウエルは苦し紛れに声を張り上げて、バケツを差し出す。
「なるほど、殊勝な心がけだ」
デシーカはニヤリと笑ってバケツを受け取ると、室内を見回しながらよく通る大声で告げた。
「いいか! 全員よく聞け! 私闘は禁止だが、寄付金集めのチャリティーならいくらでも許可してやる。次からは事前に話を通せ。以上!
蜘蛛の子を散らすように人が部屋から飛び出していく。
「マンディ少尉!」
デシーカはそっと離れようとしたパウエルを呼び止めて、手招きする。
顔を強張らせて近づき直立するパウエルに、デシーカはグィっと顔を近づけると「次はないぞ」と凄んだ。
外で何が起きているかは、シミュレーターの中からではわからない。
それよりもステファンを焦らしてなんとか撃墜できた。ちょっと危なかったし、自力でステファンを捕まえ続けるのはとても疲れた。
あぁ頭が痛くなりそうだと、ラディウは外したヘッドセットを膝の上に置くと、こめかみを押さえて揉み解す。
医務室の担当医官に事情を説明して薬をもらうのだけは避けたい。エルヴィラだけではなく、ティーズに知られるのが一番厄介だ。
ゴンっとコクピットコアが固定され、次にスクリーンが消える。
ふぅっと一息ついたところで、シミュレーター管制が呼びかけてきた。
『あ〜……こちら管制』
やけに歯切れが悪いな? と思いながらクイックリリースを捻り、ハーネスを外す。
『ティーズ大尉から呼び出しだ。2人とも上にあがってきてくれ』
はぁ……とラディウはため息をついて、濃いグレーの天井を仰いだ。
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