第17話 彼らは彼女の先輩 2
ゴリゴリとペッパーミルを回しながら、スコットはラディウの質問に答える。
「普段は軍の独身寮だ。俺も基地の外に出たかったが許可が下りなかった。戻るのは例の定期検査のために年に1から2回。あとは何かで呼び出されたときだな。これはもう義務みたいなもんだ。仕方がない」
そう言いながら、彼はミルを机上に戻す。
「ともかく、俺たちは軍とラボで作られて、システムとセットで運用される生体ユニットだ。簡単に兵器を基地の外には出させちゃくれないよ」
それはラディウも十分すぎるほど理解している。両親が実の親でないことも、自分たちがそうデザインされて生まれてきたことも、ラボに入った早い段階で告知されている。最初はショックを受けたが、いつの間にかその事実を受け入れて、今は特になんの感情もない。
「こんな立場だから、完全にラボから足抜けはできないが、ラボの施設から出て暮らせるか否かのポイントは、現在進行形のプロジェクトにどれだけ深く関わっているかどうかかな。そう思うだろ? ”ティオ”?」
スコットの問いかけに、トルキーはうなずく。
「そうだな。俺も運用中の
そう言ってポテトフライをフォークでつつく。
「ハートネット中尉は、グループから抜けた後どうされたんです?」
彼女の所属するBグループでは飛行資格を取得すると、コッペリアシステムに適合させるためのナノマシン投与を含めた処置と訓練が行われる。それが概ね14から15歳前後だ。
その頃に処置を受けてグループから離れるとなると、下部育成機関の「フォスターセンター」か、それとも別の研究グループに送られるのだろうかと思い、ラディウは興味深そうにスコットを見つめた。
「実はすぐには抜けてないんだ。下の世代が育ってくるまでは、リンクシステムの開発を担当して、18の時に抜けて士官学校に進学した」
ラボで生まれた子供たちは、12歳までは養い親の元で育てられて社会性を学ぶ。その間に繰り返し行われる定期検査の結果、12歳で選抜されなかった者は、14歳になると一度「フォスターセンター」と呼ばれる施設に全員が集められた。そこでさらに教育と選抜を受ける。
その後は途中からラボに移って研究グループの被験者になる者と、士官学校に進学して経過観察対象者になる者がいるが、全員がその道を歩めるのではなく、少なくない人数が求められる基準を満たせず、
「研究中のコッペリアを使えないから
ラディウはしょんぼりと肩を落とす。
「私、士官学校への進学を希望しましたが却下されました。そうか……グループにいるうちは無理か……」
ラディウはポタージュスープのカップを見つめながら言う。
普段の課業の合間に必死に勉強をして、学力評価試験の必要点数を取り、軍属枠での願書を手に、ウィオラやオルブレイの推薦と
「結局、6月に訓練生から少尉になって、新しい制服に袖を通した1週間後には、いつも通りラボの実験で宇宙に出て……」
ラディウはハァっと大きくため息をついた。
「そんなつもりで願書を持って行ったんじゃないのに……」
思わず愚痴がこぼれる。
「17歳の6月から7月に少尉になるのは、ラボ残留組の既定路線だ。外に出されるなら同じ頃に内示を受けて、組織推薦枠で士官学校に進学だよ。まぁスコットみたいなのはかなりのレアケースだがな」
トルキーがそう言って、カットした肉にソースが染み込んだマッシュポテトをトッピングして口に運ぶ。
「それより、もう任官されているから進学は無理だ。こういっちゃなんだが、今でもラボで受けている教育の方が質が高いぞ」
スコットはそう言って笑い、トルキーは肉を咀嚼しながら頷く。
「じゃあ、私たちの進学チャンスって、希望に関係なく1回だけっていうこと?」
「まぁ、そうなるな」
スコットがそう肯定すると、ラディウはがっくりと肩を落とした。
「仕方がないだろう? 一般や幼年校組と比べても、俺たちはそもそものスタートラインが違うんだ」
トルキーは黙々と肉をカットしながら言う。
「士官学校にいけば自由になれると思ったんだろうけど、それは夢を見すぎだ。ただ人の繋がりは作れるかな。同期の繋がりは強いよ」
そういいながら、あきらかに意気消沈しているラディウを見て、スコットは苦笑する。
「そういうのも、正直憧れます。ラボは入所時期が同じでも、グループ外の繋がりって基本的に
のろのろとスープのカップを手繰り寄せて口をつける。ようやく飲める熱さまで冷めたようだ。
「そうだなぁ。まぁこれだけじゃ夢がないよな。あと……少尉の参考になりそうなのは、艦隊勤務になれば、宇宙に出ている間は自由だな」
あぁ確かに……とラディウは思った。
艦内の催し物に、誰の許可も同行を必要とせずに自由に参加できる。何よりも、自分を同じ
「今は情報部付きだっけ? 将来的にはこれを狙ってみるのどうだ?」
ラディウもその案は良いかもしれないと思った。実験や研究に関係なく、純粋に一人の飛行士として飛べる日常は、楽しくて居心地がいい。
「良いですね。目標にできそうです」
そう言ってにっこり笑う。
今回の試験航行でロージレイザァへの正規配属の選抜も兼ねていると言うのは、オリエンテーションでデシーカが言っていたし、若いパイロット仲間の間でも話題だった。一時期はその点取り合戦で、ステファンとギスギスと遣り合いもしたが、それはもう過去の事だ。
「今はここでの仕事はとても楽しくて。この調子ならエインセルと私たちの運用評価も、良い結果が残せそうだなって思ってます」
「それは良い事だ。仕事は楽しい方がいい。ところで…」
スコットが話題を変えた。
「レーンとアニーは元気か?」
スコットはニコニコと笑顔で答えを待っている。ラディウはスコットの濃いブラウンの瞳と視線を交わした後、ふっと目を逸らした。
「レーンは元気にやってますが、アニーは……2年前に」
言い淀むラディウにスコットは察した。
「……そうか……残念だったな。すまない」
「実験中の事故としか聞いていません。それ以上は……」
「いや、いいよ十分だ。ありがとう」
テーブル越しにトルキーが慰めるように肩を優しく叩く。ラディウは「ありがとう」と礼を言う。
「
「うん。ありがとう”ティオ”」
そう言ってラディウは少し寂しげな笑顔を見せる。
「この艦、私と”ティオ”以外にも、中尉のようなリープカインドの先輩が乗っているのを知ることができて、とても心強いです」
「俺のことはスコットでいい。俺も君のことをラディウと呼ぶ。遠慮せずに声かけてくれ」
「はい。ありがとうございます」
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