第16話 彼らは彼女の先輩 1
軍艦には階級に合わせて使える食堂が決まっている。
さらに士官用は、指定されたドレスコードで利用できる食堂が異なる。
整った服装で利用する”
「ティーズ大尉とか、居ないよね?」
ラディウは料理が並ぶカウンターの前で、トレイを手に背伸びをし、ぐるりと周囲を見渡す。
「あの人はちゃんとしてるから、シャワー浴びて着替えてから、飯に行くだろう。きれいな方に行ってるよ」
トルキーはそう言いながら、大きなステーキ肉が乗った皿に、マッシュポテトを盛り付ける。
「まるで私たちがちゃんとしてないみたい」
今日の訓練が終わり、アンダースーツに、フライトジャケットを羽織っただけの軽装で、この「
食堂では同じような格好のパイロットや、トレーニングウェアのままの者、作業着のままの技術士官らが食事をしている。
空席を見つけ、二人は向かい合って座る。一口二口食べ進めたところで、ラディウは手にしていたカトラリーを置いてトルキーに尋ねた。
「実は"ティオ"に聞きたいことがあって……こんな事ラボに戻ったら聞けそうにないから」
「ん……どうした?」
トルキーは手を止めて顔を上げた。
「どうやったら、ラボから出られるかな?」
「なんだ? 突然……?」
トルキーは怪訝そうに目の前の少女を見る。
「大人になったら、ラボや基地の外で暮らせるかな? 私のグループ、大人で外に出てる人が居なくて……」
現在彼女が所属するBグループ内で、成人とされる18歳を越えているのは、レーンを含めて3人いるが、彼らはラボ内で仕事をし、生活している。すくなくとも今のラディウが知っている範囲で、ラボの外で仕事をしている成人の被験者はトルキーだけだ。
「俺かぁ。参考にならないぞ? Cグループだし。そもそもリープカインドじゃないし」
「そうなの?」
「今度、制服についてるラボのピンをよく見ろ、中央の色で見分ける」
ラディウは自分の制服を思い浮かべる。確かにネームプレートの左下に中央が深い青で装飾された、親指の爪ほどの小さなラボのピンがついている。言われてみればトルキーのは深紅だった。
「もう気づいていると思うが、俺は
ラディウは少しガッカリしたように肩を落とした。
「第一中隊のスコット ・“ガルム”・ハートネット中尉を知っているか? あいつは元Bグループのリープカインドだけど、面識ない?」
「え? 知らない。会った事ない」
「奴とは同期入所なんだ。さっき居たな……おい!スコット!」
そう言って室内を見回すと、ドリンクコーナーにいる長身の男に声をかける。
亜麻色の短髪の青年がゆっくりと振り返った。
トルキーは「こっちだ!」と手を振る。スコットは「わかった」と片手を挙げると、座っていた席から食べかけのトレイを片手に、ラディウ達のテーブルへ移ってきた。
「よう”ティオ”。調子はどうだい?」
「上々さ。彼女は俺の
トルキーに紹介され、ラディウはちょこんと頭を下げた。
「リプレーです。よろしく」
「スコット ・“ガルム”・ハートネット中尉だ。見たぜ”ラスカル”との対戦。アレで雑音減ったろ?」
「えぇ。ずいぶん静かになりました」
ラディウはチラリとスコットの制服に目をやると、確かに同じラボの
トルキーの言うように、中央の色は自分と同じ深い青。彼がリープカインドとして登録されていることがわかる。
「<きれいな服>を着てるのに、こっち来たのか?」
「あっちは今、人が多いんだ。今日は特に上役が」
トルキーは「なるほどね」と相槌を打つと、ラディウの問いをスコットに説明した。すると彼は一旦周囲を確認してから、静かに話し始めた。
「誰しもが通る道だな。結論から言えば無理」
「どうしてです?」
「まず一つは俺たちの生い立ち。それと、お前さんの機体、コッペリアシステムの実験機だろう?」
ラディウは黙って頷いた。
「散々、ドクター達から聞かされてると思うけど、俺たちの特性上、実戦環境でFAの操縦ができるリープカインドは極端に数が少ない」
それはとても良く知っているが、ラディウは訝しげに首を傾げた。
「でも、ハートネット中尉もパイロットがやれるリープカインドですよね?」
「俺は当時のコッペリアシステムが扱えなくて、グループを外されたんだ。あのクソッタレな適合実験を覚えているだろう?」
スコットが嫌そうに顔を顰める。ラディウも二年ほど前に受けているので覚えがある。思い出して同じように眉間にしわを寄せる。
実験室に隔離され、シートに固定されて行われた数日間の実験は、かなり苦しいものだった。あの段階に至るまでに脱落し、そのまま消える者も多い中で、それを乗り越えたから今の彼女がある。
「コッペリアとリンクした後の、あの濁流を受け入れきれなかったんだ。既にリープカインド認定を受けて、双方向処理も済んでる。一応はあの実験で壊れずに無事だったから、利用価値があるとされ残された。それだけさ」
そう言ってスコットは自嘲気味に苦笑する。
「今回テストで支給された新しい支援システムのお陰で、いくらかそれらしい仕事ができているがね」
そういえば、この試験航行に参加する前に、ラボで試験した新型のシステムがあったことを彼女は思い出し、それは、彼のためのものだったのかと思い至った。
スコットはスプーンで豆を弄りながら話しを続ける。
「俺の知る限り、レーンもアニーも繊細だし力も強すぎて、外のプレッシャーには耐えられない。その点お前さんは俺がこの艦で見ている限り、人の悪意に飲まれずに立っている」
確かに、とラディウは頷く。レーンは繊細すぎて、酷い騒音のような妬みや中傷に耐えられない。今回はラディウ自身もあまり経験していない事だったので、それなりに苦しくて少し辛かった。
「なんだかんだと俺たちは噂の種になるし、好奇に晒されることもあるからな。特にお前さんは若すぎるから悪目立ちする」
スコットは豆を掬って一口食べる。
「実戦レベルでフルスペックのコッペリアを扱えるリープカインドを、ラボはよく外に出したなと思うけど、運用データは必要だからな」
味が物足りない無かったのか、スコットがテーブルの上のペッパーミルに手を伸ばすが、微妙に遠くて届かないのを、トルキーが取って手渡した。
「……ハートネット中尉も艦を降りたらラボに戻るんですか?」
外に出られないのなら、どこかにラボの研究に直接関わらない人たちが集まるところがあるのかと思い、ラディウはチキンステーキを突きながら尋ねた。
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