💥 国難来たる 💥

医師脳

国難来たる

 西暦300年頃の崇神天皇五年に、日本列島で疫病が流行して国民の大半が死ぬという事態がおきたそうだ。


 その社会不安のなかで、現在の天皇につながる王権と祭祀が誕生した。


 京都祇園祭は疫病封じなのだとか……。


「蘇民将来之子孫也」と書かれた護符(ちまき)が配られる。


 これを戸口に張っておけば、疫病が家内に侵入しないと信じられてきた。

 たわいもない〈まじない〉が、ワクチン替わりだったのである。


 江戸時代には、疫病封じの〈まじない〉ではなく、感染防止の〈隔離〉を説く医者が現れる。


 1810年、西洋医学も学んだ橋本伯寿は『断毒論』で、天然痘の隔離予防を広めた。

 しかし幕府によって『断毒論』は版木まで押収される。


 大正期のスペイン風邪でも、日本政府の対応は適切さを欠く。


 米国ロサンゼルス市の新取締規則「芝居・見世物・教会・学校、其他一切の公会を禁ず」の翻訳を、大山卯次郎領事は(大正七年十月十二日)外務省に送る。

 ところが、一年遅れ(同九年一月十四日)の小橋一太内務次官の指示は…

「マスクとうがいをせよ」だけだった。


 新型コロナ対策では、日本政府の対応に進歩がみられたのだろうか。


 令和の参考として、『小説・後藤新平』郷仙太郎(著)を読んで、明治の状況を妄想してみよう。

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