第6話 第八地上探索部隊と特務隊の2人
超巨大箱舟、《アルテア》は今日も空を翔ける。
地上は瘴気に汚染され、人々は地に降り立つ事ができない。だが瘴気には重さがあり、空までは汚されていなかった。
箱舟には様々な施設や設備が整っており、ある程度の自給自足が可能になっている。だが当然、その資源は有限だ。
そのためアルテア帝国政府は地上探索部隊を編制し、地上から水や資源を採掘していた。
第八地上探索部隊 《アイオン》、その旗艦 《ユーノス》。ブリッジでは《アイオン》率いるアーマイク・ブライベルが、次々とあがってくる報告に目を通していた。
「艦長。水ですが、予定の92%が収納完了いたしました。現在、基準進捗時間を予定通りに進んでおります」
「ホーヴァル研から依頼されていた、ポイントガルスでの土の採取を完了したとの事です。第二部隊、帰投まで28分」
「……順調だな」
アーマイクが今の地位……第八地上探索部隊総括指揮官に就いてもう12年になる。歳も54を迎え、そろそろ現場からの引退も考え始めていた。
ベテラン指揮官ではあるが、そのアーマイクを以てしても今回は多少の緊張を感じていた。
それというのも、アルテア帝国が主に活動しているルベルクス大陸において、今回探索に赴いた地点はデータが少ないエリアだったからだ。
(ホーヴァル研の依頼さえなければ、この様なところで採掘作業をする必要はなかったのだがな……)
地上探索は短期任務と長期任務に分かれる。箱舟も常に移動しているため、その時に合わせて適切な地に向かい、資源の採取を行う事になる。
中には複数の部隊で編隊を組み、箱舟から長期間離れて地上探索任務に従事する事もあった。
しかし今回の《アイオン》は短期任務だ。箱舟から飛び立ち、地上での要件が済めばすぐにまた箱舟へと戻る。
「周囲のブルート反応を怠るな。最新の地形データの記録も続けるように」
「はい」
地上探索部隊は形式上、アルテア帝国軍所属の組織となる。
ただし軍といっても、この世界では5隻の箱舟がそれぞれ別の大陸を中心に活動しており、箱舟規模での争いも存在していない。
いわゆる軍事行動を行うための組織ではなかったが、帝国政府の保有する戦力として、軍隊としての扱いになっていた。
それでも軍の一組織として名を連ねているため、相応の階級制度が取り入れられている。6位等級の階級章を付けた女性が、アーマイクにコーヒーを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう、アイヴェットくん」
アイヴェット・オリバータ。28歳。帝国軍大学を出た才媛である。
《アイオン》においては旗艦 《ユーノス》の管理を担当し、アーマイクの補佐を務めている。
「現在までブルートと遭遇した部隊は4つ。そのいずれもがクラス1であり、任務に支障は生じておりません」
「ふむ……」
アーマイクは出されたコーヒーに口を付けながら考えをまとめた。
(各タスク、順調だな。この辺りは地形、生息ブルート含めて情報が少ない。だがクラス1のブルートばかりとなると、そこまで警戒せずとも良いかもしれんな)
指揮官たる自分が重い雰囲気を出していると、周囲にも緊張が伝わる。
締めるところは締めるが、抜く時はしっかり抜く。アーマイクはこれまでの経験で、これが組織の円滑な運用に必要な要素であると考えていた。
ブルートとは瘴気に強く侵された在来種を指す。その血肉には強く瘴気が浸透しており、うかつに触れるとレヴナント化の原因にもなる。またその危険度は、瘴気の汚染度合いに応じてクラス分けされていた。
(クラス1が多いエリアでは、クラス3以上のブルート遭遇率が低い。比較的安全なエリアだと言えるだろう)
かなり昔ではあるが、今いるエリアで採取任務を行った記録が残っていた。その時のデータを頼りに水や鉱物資源を採取しているのだが、ブルートの情報は少なかった。
しかし一番の懸念であった点が解消されつつあり、アーマイクの表情がいくらか緩む。
「予定通り、5時間後にはアルテアに戻れそうですね」
「そうだな。あまり手が入っていないエリアだった事もあり、採取できた資源も多い。成果としてはかなり良いもので終えられそうだな」
「これも艦長の指揮のおかげですね」
アイヴェットの発言にアーマイクはゆっくりと首を横に振る。
「部下たちが優秀だからこそだ。私がやっていることといえば、皆の邪魔にならない様に、働きやすい環境を整えるくらいさ」
現在存在する地上探索部隊の中で、アーマイクは指揮官として年長者であり、現場での経験も長い。また手柄に逸ることもなく、与えられた任務の範囲内で堅実に結果を残す。
常に落ち着いた物腰もあり、《アイオン》所属の者たちはアーマイクに強い信頼を寄せていた。
もっとも当の本人は、そうした部下の心情に気付いておらず、自分の事を凡百な軍人であると評価しているのだが。
アイヴェットが情報端末に目を通し、眉を少し歪めた。アーマイクはその様子を見逃さない。
「どうかしたのかね」
「あ……その……」
言いづらそうにしながらも、アイヴェットは観念した様に一度頷く。
「例の……特務隊のNo.4から苦情が上がっておりまして……」
「苦情?」
「はい。とにかく退屈だと……」
「昨日も同じ苦情が出ておったな」
「はい……」
アーマイクは今回の任務に、特別に同行している者たちの事を思い出す。
探索エリアのデータが少ないという事もあり、連れて行く様にと命じられた者たちの事だ。《アイオン》からすれば部外者という事もあり、普段とは違う意味で気を使う面々だった。
あと5時間もすれば箱舟に帰れるのだ、我慢しろ。そう伝えようとした時だった。ブリッジに緊急アラートが鳴る。
「何事です!」
「第三部隊からです! クラス2ブルートの大群に遭遇したと!」
緊張が走るブリッジの中において、アーマイクは第三部隊の現状について素早く目を通す。丁度帰投途中であり、《ユーノス》が停泊しているポイントから近い位置にいた。
「艦長!」
「落ち着け。第三部隊には公殺官も五人ついている。具体的なブルートの数は?」
「確認できるだけで30は超えているとのことです!」
「なに……」
クラス2が最低でも30。現場にいる公殺官の等級は《金》もしくは《銀》。いくら公殺官がいるとはいえ、難しい状況だった。
幸い距離は近い。ブルートに近づくリスクはあるが、《ユーノス》の武装を使うかと考えている時だった。ブリッジのドアが開く。
「はっは! 面白ぇことになってんじゃねぇか!」
アーマイクたちは後ろを振り向く。そこには仮面を付けた男女が立っていた。アイヴェットが嗜める口調で話す。
「No.4……! ブリッジに入る許可は出していません!」
「うるせぇババア! 大変そうだから手伝ってやろう、てんだよ! ありがたく思いな!」
男は緊急対応の迫られたブリッジ内において、大きな声で叫ぶ。
一方で女の方は、情報端末に目を通しながら興味なさそうな口調で声を発した。
「私はどうでもいいけど。No.4がさっきからうるさい。このくらいのブルートならこいつ一人で十分だし、さっさと出撃許可を出してやってくれない?」
「おいおいNo.2! お前も退屈してんだろぉ!? なに良い子ぶってんだよぉ!」
「……うるさい。私はここでユーノスを守っとく。あんたはさっさと出て行きな」
二人のやり取りを見ながら、アーマイクは彼らに関する噂を思い出していた。
(特務作戦実行部隊、《ニーヴァ》。出自不明ながら全員が並外れた実力を持ち、特任公殺官の資格を持つという。……噂の真偽を試すには丁度いいか)
アーマイクも《アイオン》から犠牲者は出したくない。同じ危険な目に合わせるのなら、部外者の方が心理的にも楽であった。
そこまで考えて、アーマイクは軍帽を被りなおす。
「敵はクラス2のブルートが少なくとも30。味方は公殺官が五人だ。……やれるのかね?」
「ったりめぇだろうが! N0.2の言う通り、俺様一人で十分だ! おら、さっさと出撃許可を出せ!」
「あなた……! 艦長に何と言う口のきき方を……!」
口論する時間はもったいないと、アーマイクはアイヴェットを手で制する。
「分かった。No.4に出撃許可を出す。第三部隊を救出してくれ」
「はっ! 一瞬で終わらせてやるよ!」
そう言うとNo.4と呼ばれている男はブリッジから立ち去っていった。
しばらくして艦橋から一体の機鋼鎧が飛び立っていく様が確認される。その機鋼鎧はアーマイクがこれまで見た事のない形状をしていた。
(単独で飛行可能なブースターまで装着しているのか……!? そこまで高性能な機鋼鎧など聞いた事がない。さすがに長距離の飛行はできないであろうが……)
機鋼鎧にはブースターが装着されているが、その目的は高速移動や姿勢制御、重量のある武具を扱う際のサポートになる。
しかしNo.4の機鋼鎧は明らかに飛行していた。ヴァルハルト社の新兵装だろうかと考えていると、再び艦橋にアラートが鳴り響く。
「第五部隊から緊急です! クラス5のブルートが出現したとのこと!」
「なんだと!?」
第五部隊は主に水の採取を行っていた部隊だ。こちらもほとんど任務を終わらせ、帰投しようとしていたところだった。
「数は!?」
「一体です! ですが魔力反応があるとのこと!」
「…………!」
考えうる限り最悪の事態だった。クラス5のブルートともなると、瘴気の汚染濃度は相当なものになる。
そしてブルートは基本的に、クラスが高い個体ほど凶暴で戦闘能力が高い。そして現れたブルートはクラス5でなおかつ魔力持ち。本来であれば確認できたと同時に撤退を考慮するレベルだ。
《アイオン》の現存戦力ではとてもではないが対処が難しい。今回は短期任務だという事もあり、人員も装備もフルスペックで整えてきていないのだ。
魔力持ちのブルートは対応を誤ると、レヴナント化の被害を広げることにもなる。慎重な対処が求められる反面、素早い対応も必要だ。
急ぎ部隊を回収しに《ユーノス》を動かそうとした時、No.2が仮面越しに声を出した。
「いいよ。私がやってあげる」
「なに……」
「クラス5でしょ? こんなところにも出るんだね」
「君なら……やれると?」
「さぁ? でもこっちもこういう時は、積極的に表に出て戦闘記録をとってこいって言われているの。つまりあくまで任務の範囲内よ。No.4もね」
どうするの、と言外に問いかけてくる。No.2もNo.4も仮面を付けているため顔は分からないが、二人ともまだ若い様に感じた。
本来ならば若者を死地に送る様なことはしたくない。No.4の向かった先とは訳が違う。こちらは明らかに生存率が0に近い。
それでも。アーマイクはNo.2から、死地に向かう様な緊迫感が感じとれなかった。
「……分かった。どうか第五部隊のみんなを救ってくれ」
「約束はできないよ。ただブルートを狩る。それだけ」
No.2は短くそう答えると、ブリッジを去って行った。
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