第2話 レヴナントとの遭遇

 クラース・サイゼストは64区生まれの帝国民だ。いわゆる貧民区の生まれであり、除染施設の作業員として働いていた。


 この職は貧民区生まれの者以外であれば、まず就くことはない。だが裏を返せば、貧民区の特権にもなっている。


 リスクのある職業であり、風評被害も受けやすい反面、職に就けないということはない。給金は決して高くはないが。


「これが……そうなのか?」


「ああ。お前、初めてだろ? 初回に限りサービス価格で売ってやるよ」


 貧民区から出られる者はほとんどいない。所得も少ないエリアのため、娯楽といったものもほとんど発展していなかった。


 そんな貧民区において最近流行っているものがある。それは特殊なアルコール飲料、ラムジンと呼ばれている酒だった。


 安く、少量ですぐに酔えるというこの酒は、瞬く間に貧民区で流行っていった。


 すでに様々なバリエーションが発売されているが、クラースは知り合いからの紹介で、特殊なラムジンが売られている場所に来ていた。


 クラースは奥に見える、白いガラス瓶に入った酒を指さす。


「そっちはなんだ? 見た事のない銘柄だが……」


 男はしばらく何かを考える素振りを見せたが、クラースにニヤリと笑いかける。


「目ざといな。こいつはこれから新発売される予定のラムジンだ」


「これから? まだ発売していないのか?」


「ああ。試供品としてメーカーからもらったんだよ。……そうだな。これもあんたにやろう」


「いいのか?」


「ああ。結構キく、て話だからな。せいぜい良い夢見ろよ」


 クラースはそこで数本のラムジンを購入し、家に帰って早速飲んでいく。その中には試供品のラムジンもあった。


 狭い部屋でテレビをつけながら、どんどん酒を飲んでいく。


「はん。貧民区にまで新型車の宣伝なんか流しやがって……」


 しばらくしてテレビは映画を流し始める。それは大昔に作られ、これまで何度もリメイクされてきたものだった。


 主人公は悪の組織と戦うヒーローであり、最終的には美人のヒロインと結ばれるという王道ストーリーだ。


「くそ……。俺にもこんな力があれば……。そもそも上の奴ら、誰のおかげで生きていけていると思ってやがるんだ……! そうだ、俺達の……俺のおかげだろ!? あいつらにはそれをよくわからせてやる必要があるんじゃねぇのか!?」


 酒の影響だろうか。クラースは普段と打って変わり、とても気が大きくなっていた。


 映画の盛り上がりと合わせて、どんどん強気になっていく。いつしか主人公の活躍と自分を重ね、自分も何でもできる超人だという万能感を感じていた。


 白いガラス瓶に直接口を付け、勢いよく中身を飲みほしていく。


「……プハァ! そうだ……俺ならやれる……」


 いつしかクラースの脳には、快楽が刻みこまれていた。


 目の焦点は合っておらず、どこを見つめているのか定かではない。だが狂った様にラムジンは飲み続ける。





 何がきっかけだったのか。クラースの性格は大きく変貌していた。


 元々大それた事を考える者ではないし、並外れた行動力を持っている訳でもない。だというのに、クラースは除染施設から高濃度の汚染水を持ちだし、41区まで侵入する事に成功していた。


 今は銃を手に店内にいる者たちを人質に、自分がいかに頑張ってきたかを叫んでいる。


「分かるか!? つまりお前らがこうして良い生活を送れるのも! こうして俺が日々、瘴気にまみれたモノを綺麗にしてやっているからだ! おい、お前!」


 クラースに視線を向けられた若い女性販売員は、肩をビクッと震わせる。


「なんだぁその目は!? こっちにこい!」


 女性は足を震わせながらも、ゆっくりとクラースに近づく。


 明らかに正気ではない人物が銃まで持っているのだ。従わなければ何をされるか分からない。


「お前がこうして綺麗な職場で働けるのは誰のおかげだぁ!?」


「あ、あなたのおかげです……」


「そうだ、その通りだ! なら礼の一つでもしなきゃいけないよなぁ!?」


 そう言うとクラースはおもむろに女性の胸を掴んだ。瞬間、女性はヒッと声をあげ、クラースから距離をとる。


 クラースはそんな女性の態度に目を細めた。


「てめぇ……! 誰のおかげで充実した人生を送れていると思ってやがる……!」


 クラースは女性に近づくと、そのまま力の限り顔を殴った。


 倒れ込む女性に対し、不気味に口角を上げる。そうして懐から取り出したのは汚染水の入った容器だった。


「ひ……」


「てめぇみたいな恩知らずはなぁ……! こうなるんだよおぉぉぉぉ!!」





「しかし空いてるな……」


 この辺りで車を持っている者は多くなかった。


 中間層の多い区とはいえ、この辺りだと車は少し贅沢品の部類だ。多くの者は鉄道を使用する。それでもまったく車が走っていない訳ではないが。


 もうすぐ40区に入るな。そう考えていた時だった。


『レヴナント警報発令。41区東部にレヴナント警報が発令されました。該当地区には近づかない様にしてください。また外災課の活動にご協力ください』


「……レヴナント警報だと?」


 腕時計に警報アラームが鳴る。レヴナントは瘴気に汚染された人の成れの果てだ。その特性上、貧民区での出現が多い。


 だがその他の区にも全く現れない訳ではない。こうして41区に現れることも、ありえない話ではなかった。


「どうするか……。もうすぐ目的地だしな……」


 41区東部といっても広い。まさかピンポイントでこの先にレヴナントがいるとも考えづらい。


 周りの車が来た道を慌てて引き返していくのに対して、俺はそのまま真っすぐ進む事を選んだ。むしろ少しアクセルを強めに踏み込む。


 周辺住民も慌てた様子で外に出ているな。しばらくして情報端末に、より詳細なレヴナント警報情報が送信されてきた。


「げ……結構近いな」


 絶対侵入禁止エリアに指定された区域はこの近くだった。進行方向に対して丁度右手に当たる。


 俺は何気なく右に視線を移す。そこには慌てた様子で、こちらに向かって走ってきている男女がいた。両方とも見覚えのある制服だ。


「治安課に……外災課!?」


 外災課の人間が何故ここにいる? 警報が鳴ってから来たにしては早すぎる。


 そう考えていると、治安課の男がこっちに向かって手を振っていた。


 とういうか、よく見ると男女の後ろにはレヴナントの姿も見える。それも3体。


「おいおい……。 結構被害が増えてんじゃねぇか……」


 俺は車を男女の方へと向けて走らせる。ドアロックを解除し、二人の側につけるとそのまま二人は車内に入ってきた。


「た、助かった……!」


「す、すみません! この車、あそこへ向かってくれませんか!?」


「……はぁ!?」


 女が指さしたのは、自分たちが逃げてきた方向……レヴナント発生地点と思わしき方角だった。


 治安課の男は女の発言に対し、正気かと声をあげる。


「お前、何を言っている!?」


「でも……! もしかしたら、まだ生き残っている人がいるかもしれないでしょう!?」


「無理だ! 現実を見ろ! レヴナントが店から出てきたんだぞ!? もう全員死んでいる!」


「行ってみないと分からないでしょ! ……あなた! 私は外災課のオリエ・カーライルです! この車両を……」


 女の発言が終わる前に、俺はアクセルを強く踏み込む。青い閃光が側を走ったのは、ほぼ同時だった。


「え……!?」


「魔力持ちだ! くそ、逃げるぞ!」


 最悪だ。 レヴナントの中に魔力持ちがいやがる……! 


 俺は来た道を引き返そうと、Uターンをするべくレバー操作を行う。だがその間にも青い閃光が遠距離から撃ち込まれており、その内の一つが後輪を焼いた。


「きゃあ!」


「まじかよ……!」


 このままでは車の安全装置が起動し、まったく動かなくなる可能性もある。


 俺はそうなる前に車を急いで路地裏へと移動させ、レヴナントの視界から逃れる様にと動いた。しばらく走った後、予想した通りに車は動かなくなる。


「お、おい! この車、動かなくなったのか!?」


「安全装置が起動したんだ。車もエンジン部分には、ノア・ドライブやモーターが組み込まれているからな……」


 俺は後部座席にいる二人に視線を移す。


「おい。 一体どうなっているんだ」


「貧民区の奴が汚染水を持ってここで暴れやがったんだ! あのレヴナントどもは、多分その汚染水が原因だ!」


「物騒だな……魔力持ちまでいやがったぞ。 俺たちもここにいたらレヴナント化の危険性がある。さっさと……」


 逃げよう。そう言おうとした時だった。また近くで青い閃光が迸る。


 どうやらレヴナントは、逃げた俺たちを探している様だな。治安課の男は外災課の女……オリエに視線を移す。


「公殺官はどうなっているんだ!?」


「それが……今すぐ向かえる者はいないと。最低でも30分はかかるみたいです」


「はぁ!? お前ら、高給取りの外災課だろう!? 肝心な時に役に立たなくてどうするんだ!」


「な……! そもそもあなたがあの時、さっさとレヴナント警報を……!」


 二人は言い合いを初めている。今はそんな事をしている場合じゃないだろうに……。


 レヴナント化する条件は一つ。瘴気に汚染される事だ。そしてレヴナントによっては、瘴気をまき散らす事ができる個体もいる。


 この辺りの研究はまだ不十分なところもあるが、とりわけ魔力持ちのレヴナントは通常のレヴナントよりも、瘴気をまき散らしやすいと言われていた。


 つまりあの魔力持ちが、更なるレヴナント化を引き起こす可能性もあるのだ。


 俺は自分の過去を思い出しながら、深く溜息を吐いた。


「……仕方ねぇな」


「おい。どうした?」


 俺は一度外に出ると、ミニバンのリヤゲートを開ける。目の前には調整を終えたばかりの機鋼鎧、《トライベッカ》と、ノア・ドライブが組み込まれた剣の入ったケースがあった。


 気づけば俺の後ろにも二人が立っている。


「これ……まさか対レヴナント用の機鋼鎧!? どうしてここに!?」


「俺はノア・ドライブ整備の資格を持っていてな。丁度調整の終わったこいつを届けに行くところだったんだ」


 そう言いながら俺は《トライベッカ》のロックを解除していく。胸部や脚部が解放されていき、中に人1人が入り込めるスペースが生まれた。


「ちょっと!? なにする気!?」


「なにって……。こいつでレヴナントどもを処理するつもりだが」


「なに言っているの!? 資格のない者が機鋼鎧を装着する事は、帝国法で禁じられているわ! 第一、あなた整備士であって戦いは素人でしょう! ヒーロー願望があるのは勝手だけど、それは自殺と変わらないわ!」


 各部をチェックし、問題ない事を再確認する。そして視線は《トライベッカ》に向けたまま口を開く。


「公殺官は直ぐには来られないんだろ? 既に魔力持ちが確認できている状況なんだ。このままじゃレヴナントはさらに増える」


 それに魔力持ちのレヴナントは成長する事が知られている。時が経てばより強力な魔力を操れる様になるのだ。


 レヴナントは即殺が求められるが、魔力持ちは特に優先して殺さなければならない。


 それに。今はこうする事が、贖罪になると信じている。俺の態度をどう見たのか、治安課の男はふぅ、と息を吐いた。


「兄ちゃん。随分自信あるようだが、やれるのか?」


「さぁ。何せこの《トライベッカ》は俺のものじゃないからな。クセなんかはこれから掴んでいかなきゃいけないだろうさ」


「……俺達はそもそも、対レヴナント用機鋼鎧を装着した事もない。この中でこいつをまともに動かせるのは兄ちゃんだけだろうが……」


「駄目に決まっています! そもそも資格のない者が勝手な真似をしては……!」


 治安課の男はもう一度息を吐くと、今度は強い決意を感じさせる目で俺をみてきた。


「……俺の名はマラークだ。もし兄ちゃんが生き残って、この姉ちゃんの言う様な罪に問われたら。その時は俺に銃で脅された、て言いな」


「あなた……! 何を勝手な……!」


「良いじゃねぇか。どのみちこのままじゃ俺達もレヴナント化するか、その前に死んじまう。兄ちゃんもせっかく機鋼鎧を動かせるのに、このまま何もせず死ぬのは嫌なんだろ? ……俺の部下も奴らに殺されちまった。こんな事言えた義理じゃねぇが。可能なら仇をとってくれ」


 俺がこいつに乗り込んで戦おうと決めたのは、マラークが言う様な理由からではない。だがその心遣いはありがたかった。


 俺は《トライベッカ》の中に入ると、ノア・ドライブを起動させる。そして瞬く間に全身が機鋼鎧に包まれた。


 ノア・ドライブの組み込まれた剣を、背中のバックパックに装着する。銃が無いのは残念だが、この際文句は言っていられない。


「ま、やれるだけの事はやるさ。あんたたちは上手く隠れていてくれ」


 そう言うと俺は通りに出る。《トライベッカ》の調子は問題ない様だった。

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