第26話『精霊の森(中編)』

 ろくに客が来ないモール内。エリーヌはカスタードクレープを頬張るサシャの前へ腰を下ろした。

「二つ隣のリュカントロポス駅にテーマパーク型の大型施設が出来たのよ」

「えっ、この二ヶ月経たないうちに?」

「そう。急ーに決まって即刻建って。みんなそっち行っちゃってさ。かなり人気みたいで」

「あー、リュカントロポスのほうが首都寄りだもんね」

「そ。おかげで暇こいてるってワケ」

 サシャはクレープを千切ってアミーカとフラターへ与える。

「美味しい?」

「まあまあ」

「ほどほど」

「まあ、二人とも素直じゃないんだから」

サシャは美味しいよ、とエリーヌへ笑顔を見せる。

「ほんと、嫌んなるくらい相変わらずね」

「ん?」

「今あんたの顔見たら、フラれて傷心しょうしんのマルゴは店先で崩れ落ちるわよ」

「あ、それも聞きたかった。マルゴは何があったの?」

「あたしも詳しくは知らない。でも手酷い振られ方したってのは目に見えてるし、みんななぐさめたくても出来ない感じ」

「ううん、そっか……」

サシャはクレープをカラスたちへ与え続け、自分でも食べ進める。

 エリーヌは都会に慣れたせいか髪や肌の美しさが増したサシャを見つめて溜め息をついた。

「……なんかさ」

「ん?」

「……や、何でもない。あたしもどーすっかな〜。中卒じゃ就職がさすがに」

「あ、それね。一個思い出した!」

 サシャは目をつむって学校の中を思い浮かべる。

「確か通信制の案内が魔導学院にあった……」

「あー、通信制ね。まあ多少は考えたけど……」

「奨学制度もあったはず……」

 サシャが目をつむったまま空中で指先を動かすと、フラターが反応して霧となり学園へ一瞬で飛ぶ。

「あ、フラター取ってきてくれるの? ありがとう。えっとね事務室の前にあったかな……」

 フラターは目的のパンフレットを見つけると眼前に掲げてサシャと視覚を共有する。

「そう、それ!」

 フラターはまた霧となって一瞬で主人の元へ戻った。

 エリーヌは現れたカラスが教科書でしか見たことがない精霊の騎士だったので目をいた。

「えっ、すっごいイケメン」

「これこれ」

 サシャはフラターが持ってきたパンフレットをテーブルの上で広げる。

「あっ、思ったより高くない」

「でしょ? しかもほら、奨学金積み立てられるし」

「あー……」

 エリーヌは何故か渋る。サシャはエリーヌの顔をのぞき込んだ。

「ねえ、ここでくじけたらもったいないよ。エリーヌすっごく頭いいじゃん」

「知ってるわよ。でもコネがないの」

「コネ? そんなものなくても……」

「実力重視なんてウソなのよ。結局家柄を見てるの、どこも」

エリーヌが受験した入寮制の学校は固い校風で有名だった。王立魔導学院ほどではなくても身元調査をされたのかもしれない。

サシャはベルフェス家の傍系ぼうけいだから良くて、エリーヌにはしょっちゅう酒乱で捕まる父親がいるからダメだった?

「ううん、通信制ならいけるよ」

 サシャは記憶の隅にあった国の制度をパンフレットの空いたスペースに書き出す。

「家庭の事情で学習が難しい子供の支援制度とかたくさんあるよ」

「でもさ……」

「最悪、面接の時とか審査の時に私と親友だとか言って話盛りなよ。そのくらい楽勝でしょ?」

「それじゃあんたの負担に……」

「エリーヌがこんなところでくすぶってるよりマシ」

 サシャは情報をいくつも書き出して、エリーヌへ手渡した。

「通信制の募集は秋と春だから、半年後がまず狙い目だよ」

エリーヌはサシャの真剣な表情を見つめ、息をついた。

「ま、やらないよりマシか」

エリーヌがパンフレットを受け取りサシャは満面の笑みになった。




 マルゴに鉢合わせないよう、服屋での散策を諦めたサシャはお気に入りのハンバーガーを買い家へ戻った。

「リュカントロポス? 駄目だ」

 父ディオンは娘の話を聞いてまず首を横に振った。

「二つ隣だし近いよ?」

「そう言う問題じゃない。リュカントロポスは治安が悪すぎる。テーマパークを作って誤魔化してるだけだ。とにかく駄目」

ディオンは二段重ねのパティをがっつり噛み締める。

狼人間リュカントロポスなんて名前からして物騒だろ」

「言えてる」

 人型のアミーカとフラターはサシャの両隣に腰かけ、その手からフライドポテトをもらっている。少女はそうかなぁ、とつぶやきながらハンバーガーをかじった。


 食後、サシャは使い魔たちから部屋にいてくれと言われ大人しく薬草学の本を開いていた。

(確かうちもハーブ植えてたなぁ)

母シャルルが健康であれば薬代が浮く、とキッチンに鉢を並べていた程度だが、ないよりはマシだ。地元では医者にかかるために隣町へ行く必要がある。その手間をなるべく減らしたいのは誰でも一緒だろう。

 キッチンへおもむいたサシャは教科書と見比べながら鉢の中身を調べていく。

「ミント、バジル。パセリ、ローズマリー……。なんかご飯に使うものばっかり。あと庭にラベンダーあったよね?」

 雲ひとつない晴天だと言うのに、突然ガラガラガラッ! バリバリッ! と音がしてサシャは首をすくめる。

「うわっ、なに?」

 外では思考フギン記憶ムニンが太陽神の威光いこうを知らしめるべく、上空で大きな嵐を起こし雷を落としていた。九発の雷を落としたカラスたちはいつものコート姿の男性になると、主人の元へ戻ってくる。

「びっくりしたー。今のアミーカたち?」

「精霊相手にマウント取ってきた」

「なにそれ」

「初対面の印象は大事なんだよ」

威張いばってどうするの? 仲良くしたほうがいいのに」

「それは天の花嫁であるお前の役割。俺たちは警護」

「こいつこえーって思わせるほうが大事」

「そういうもん……?」


 サシャは薬草学の自習を少し進めて家の中のハーブを観察し、飽きたため母シャルルがいる駅併設の土産屋兼食料品店へ顔を出した。

 シャルルは娘とカラスの騎士たちの顔を見ると待ってましたと言わんばかりに両手一杯の手提げ袋を取り出す。

「うげ」

「嫌なら店番」

「店番じゃ来た意味ないもん!」

 サシャは渋々しぶしぶ袋を受け取り、配達先が記されたラベルを見る。

「浮いた配送料ぶん、店長からお小遣いもらえるから」

「5アウレム(五千円)くらいにはなる?」

「全部届けて4アウレムと半分(四千五百円)って感じね」

「んー、まあいいか……」

 サシャが丸腰で出て行こうとするので、シャルルは目を丸くした。

「あんたホウキは?」

「忘れた」

「じゃあ店番してなさい。お母さん行ってくるから」

「アミーカたちいるから大丈夫。行こ」

 両隣のカラスが主人の手を取り黒い霧となって姿を消すと、シャルルはさらに目をいた。

「……あの子いつの間に瞬間移動テレポートなんて使えるようになったの?」


 サシャは馴染みの家へ荷物を届け、配達票にサインをもらっていく。届け先は大きな荷物を簡単に受け取れない老人や、体に障害が残る退役軍人たちだった。

「サシャちゃん、また背が伸びたかぁ?」

「伸びたよー。荷物ここでいい?」

「ああ、いいよ」

 ご老人を優先して荷物を配ったサシャは、最後の一人の名が記されたラベルを見て息をついた。

「あとおじさんのところか」


 リュカ・ペルグラン。退役軍人の一人。まだ若く胸板の傷と左肘から先の欠損が目立つ芝色の髪の男は、馴染みの少女が家の前に一瞬で現れたのを見てほうと感心した。

「学校に通うだけの意味はあったか」

「お届けものでーす」

「へいへい、どうも」

 サシャは玄関先で薪を割っていたリュカから受け取りのサインをもらったあと、慣れた手つきで酢漬けの野菜が入った瓶を戸棚にしまっていく。

 リュカはサシャが連れてきた精霊の騎士二体の顔をじっと見て、カラスたちもリュカに視線を返した。

「またでっかい精霊だな」

「ワタリガラスだよー」

「知ってら。けどこんな立派なのは初めて見る」

 アミーカとフラターはリュカの傷と肉付きから軍人であることを見抜いてフンと鼻を鳴らした。

「若いから国境か近場の紛争地域だろう」

「どことの戦争だろう? 北の海峡かいきょう?」

「あー、俺は東の」

「お前に聞いている訳ではない」

二羽のカラスは左右対称の輝く瞳で男を冷たく見下ろした。

「敬意のない奴だ」

「馴れ馴れしい」

「我らが主人と口を利くな」

「その容量の少ない脳に尊敬と言う単語を百億回書いておけ」

 カラスの態度に驚いたリュカは、サシャが神の花嫁だったことを思い出し溜め息をついた。

 瓶をしまい終えたサシャが外へ戻ると、カラスたちはリュカをにらみつけ、リュカはカラスから視線をそらしていた。

「……お前、厄介な精霊連れてきたな」

「え?」

「プライドが高い奴だろ? このカラスども」

「うん。あー……うちの子たち何か言った? ごめんなさい」

「いや、いい。騎士なら当然の態度だ」

 リュカはサシャがカラスと共に瞬間移動したのを見送ってから頭の後ろをポリポリといた。

「こりゃ、いずれ俺の身元もバレるな」




 土産屋へ配達票の控えを届けに戻ったサシャは母シャルルの横で店番を手伝い、臨時収入で温まった財布を懐に二人で一緒に帰路に着いた。

 ディオンは夕食を用意して待っており、妻と娘を出迎える。

「おかえり」

 カラスたちはリュカの家での様子と打って変わって主人サシャからの餌付けを堪能たんのうし、シャルルとディオンにも素直に甘える。

 やがてカラスたちが本当にくつろぎ、Tシャツの男性姿でソファに転がり出すとシャルルはふっと笑った。

「サシャに男兄弟が増えたみたい」

アミーカとフラターはキョトンとしてお互いの顔を見てから、カァと鳴いた。

「さ、ココア飲む人?」

「はーい。アミーカたちも飲みまーす」

「じゃ、全員分ね!」




 翌朝。地平から日が出ると共に目を覚ましたサシャは上着を羽織ってのろのろと起き出す。

「おはよう……」

「おはよう主人あるじ

「おはよう主人マスター!」

頭の中で声はしたもののカラスたちの姿はない。

 サシャは階段を降りながら使い魔の姿を探す。

「二人ともどこ?」

「親父さんの工房」

「何でそんなとこ?」

「ここすげー。色んなもんある」

「うん、まあ道具は色々あると思うけど……」

 キッチンにたどり着いたサシャは全員のお茶を淹れるべく薬缶やかんを火にかける。

「ふわわ……」

 しばらくすると母シャルルがドレス用のインナー姿で、洗濯物入りのカゴを手にリビングへ現れる。

「あんたも早く着替える!」

「今お茶淹れてる……」

「そんなのあと! 婚約者くるんでしょ!?」


 流行とは程遠い古い型のドレス。しかしその藍色と真珠色は行事や昼のパーティに着ていくための上質なものであり、十年二十年経っても色褪いろあせぬのであろう。

 母の着替えを手伝ったサシャは、自分も水色のドレスに袖を通す。これも型は古かったが上質で、母が学生時代に着ていたことは察せた。


 父ディオンやアミーカたちは朝食の用意などを先回りしており、着替えを済ませた女性たちを見て感嘆かんたんする。

「古いドレスでもいいものはいいんだな」

「ツヤツヤしてる。オレこの生地好き」


 ディオンのでは十時過ぎに馬車が着くはずだと。

 彼の予想はまたしても当たり、レイン家の紋章が入った大きく質素な馬車は予定通り田舎の土を踏み締めた。

 白月と灰銀の月が馬車から降りて顔を出すと、シャルルとサシャは膝折礼カーテシーをして、ディオンは紳士の礼をする。

「ようこそいらっしゃいました」

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