第二幕 後半

第24話『ワガママ王子とオルフェオの月』

「ほら、いるでしょ? 天才ばっかり生まれる血筋にポンと生まれる

「臣下と言う名の命令係がいなければ右にも曲がれないような男、と言われている」

「流行ってると聞いたら真似はするけど、結局本当の意味では真似出来てないのよね。馬鹿だから」

「大丈夫、ルックスはいいわよ!」

 サシャ・バレットは己に求婚したやんごとなき青年の話を精霊たちから聞き、知れば知るほどがっかりした。


 王立魔導学院高等部がある学園の西の森、精霊寮にて。サシャは問題の手紙を手に精霊や精霊の騎士たちのためにお茶会を開いていた。なぜ精霊相手のお茶会なのかと言うと、事の発端ほったんはマシューだった。

「やんごとない方の悪口は誰も言えない。でも精霊のウワサ話なら誰もとがめない。サシャさん、精霊とは仲がいいしウワサ話を聞くには丁度いいでしょう?」


 少女はハァと溜め息をつく。手紙の主はウジェン・ナンタン・エクシミリアンと言い、王族の一員ではあるものの血筋としては末端も末端だそうだ。そして青年の近親は高名な研究者や国の功労者が多く、余計に悪目立ちをするらしい。

「つまり、精霊の騎士を二体も従えてる少女が珍しいから粉をかけてみた。それ以上でも以下でもないって感じなのね」

「多分ね」

サシャは話をしてくれた精霊へお礼のクッキーを配る。

「こんなことならさっさとマシューと婚約しとくんだった……」

 サシャと共に話を聞いていたカラスの騎士、太陽神の杖であるアミーカとフラターは呆れっぱなしで口を開くことも億劫おっくうだった。

「……そのバカに付き合ってる使い魔がよりによって高位精霊であるエルフなのは何なんだ? そいつも余程のバカなんか?」

「逆よ逆。そのやんごとないお馬鹿さんがお馬鹿すぎて頭のいい使い魔じゃないとコントロール効かないの」

「すげえ苦労しそうな職場……」

 サシャは精霊に囲まれながら、手紙についた王家の封蝋ふうろうを見つめる。

「王族イコール王子って訳でもないのね」

「ガリアでは王位継承権二十位未満は王子王女って呼ばれなかったはず」

世襲せしゅう君主制くんしゅせい、かつ長子ちょうし相続制そうぞくせい。長子なら男女関係なしに相続、次子じし以下は男児優先だっけか?」

「そうそう」

「なんか急に難しい単語出てきた……。二人ともどこでそんなこと覚えてくるの?」

「オレは相棒から聞いた」

「戦争中は継承問題ぐちゃぐちゃだったからな。精霊兵も無関係じゃなかった」

「アミーカってもしかして要人の警護とかしてた?」

「うん、まあ」

「そう……すごいのね……」


 精霊たちとのお茶会を終えたサシャはカラスたちを影へしまって薬草学の授業へ向かい、その帰りに慌ただしく走り回る一部の教員と生徒の姿を目にした。

「なんだろ?」

 夕方に太陽寮と月寮の共同談話室へ着いたサシャは、生徒に囲まれるオルフェオを見つける。

「おーい、なんかあったのー?」

「ああ、サシャ!」

 オルフェオの顔は赤く、うっすら涙がにじんでいて太陽の娘は驚いた。

「本当にどうしたの!?」

「わ、私の月が退院なさったんだ。それで……」

「オルフェオの月? えっと……」

サシャの影からフラターが声を出す。

「月の五大貴族の一つフローラ家の、ジョゼット様だっけ?」

「ああ、そう! ジョゼット様が? 退院?」

 その場にいたマシューとアガサ、アリスも嬉しそうに涙をにじませていた。

「ジョゼット様は今まで学校に通えないほど体が弱くて……」

「今回は本当の意味で退院なのです!」

「それも、わたくしたちと同室に!」

興奮してまとまっていない話を聞き、サシャは自分の頭で整理をする。

「んっと、オルフェオの婚約者であるジョゼット様が退院して、この学校に通うってことでいいのかな……?」

「しかもお前のルームメイトだとよ」

アミーカの冷静な合いの手により、サシャはハッとした。

「えらいこっちゃ」




 ジョゼット・ソフィア・フローラには幼少の頃から自分のものではない経験と記憶があった。太陽に照らされる大いなる古代都市、魂の寝所である月の遺跡。マシューにそっくりな男神が父で、凛々しい金の花が母だった。

 ジョゼットは初めて自分の足でたくさん歩き、王立魔導学院の門をくぐった。

 太陽と月の貴公子や姫たちから暖かく迎えられ、月の少女は幼馴染と夢で何度も顔を合わせた天の花嫁と対面した。

お母様。

そう呼びたいのをぐっと我慢して、ジョゼットはオレンジゴールドの髪の少女へ膝折礼カーテシーをする。

「初めまして、ジョゼット・ソフィア・フローラと申します」

「さ、サシャ・バレットです!」

ジョゼットは嬉しくて嬉しくて、すぐにサシャに抱きついた。




 ジョゼットが転入した翌朝。サシャはいつも通り物音を立てないようにそっと寝室を抜け出す。

「お母様?」

 ジョゼットは眠れなかったのかパジャマのまま隣室から出てくるサシャをのぞきこんだ。

「あっ、ジョゼットさんおはよう……」

(あれ、今お母様って呼ばれた?)

 サシャが目を丸くしたまま見つめると、ジョゼットはくしゅんとくしゃみをする。

「ああ、もう。もっとあったかい格好して」

「ごめんなさい」


 サシャは日課のジョギングへ向かう前にミルクティーを淹れ、ソファで待つジョゼットへカップを差し出した。

「ありがとうございます。どちらへいらっしゃるのかと思いまして……」

「あー、毎朝ジョギングするからさ」

「まあ、そうなのですね」

ジョゼットはふわふわっと微笑む。髪も肌も白い少女は、雰囲気がアガサやアリス、マシューによく似ていた。

(月のお姫さまってみんな美人よね……)

(お前のほうが美人)

 主人をしたう太陽神の杖たちは影から霧となって出てくると、つばのある三角帽をかぶった男性の姿になった。

 ジョゼットはその黄金とダイヤのように輝く瞳に見覚えがある気がして、じっと二羽のカラスを見つめた。

「どこかでお会いしたかしら……?」

主人マスターの娘の一人だよな。月の女神たちは顔が似てたから誰が誰だったか」

「まあ、お母様、ソル様の時代を知っていらっしゃるの?」

「出会う前から古い記憶があるタイプ珍しいな」

「えっ?」

 ジョゼットは躊躇ためらうことなくサシャたちへ女神の頃を覚えていると話した。

「さっきお母様って呼ばれたの気のせいじゃなかったのね……」

「ふふ、ごめんなさいつい。現世では同学年でした」

サシャは気にしないよ、と肩をすくめる。

「二人は太陽神の杖だったのですね。現世でもカラスなのね、可愛らしい」

「も、ってことはやっぱり昔もカラスだったんだ?」

「ええ。フギンとムニン。思い出しました」

 ジョゼットはフラターの頭を両手で撫でる。

「あー、オレもなんか思い出した。めっちゃ撫でてくれる月の女神いたわ。いたいた」

「あら、気に入られてたのね」

 サシャはジョギングへ行こうとソファから立ち上がる。

「あの、お母様。私もご一緒してよろしいでしょうか?」

「えっ? でも走るよ?」

「お邪魔にならないよう歩いてついて参ります」

「え、うーん。いいけどなんか心配だな……」

サシャはふっとフラターの顔を見やる。

「いざとなったらかつげる?」

「任せな」

「よろしく。ジョゼットさん、フラターが付き添ってくれるからジャージ着てウォーキングしてみよう」

「まあ! よろしいのですか!? すぐ着替えますね!」


 サシャはアガサとアリスが心配しないように部屋に書き置きを残し、ジョゼットを連れ外へ向かった。

 アミーカを連れていつも通り軽く走り、たまに立ち止まってフラターとジョゼットの様子をうかがう。ジョゼットはサシャに教わった通りに両腕を大きく振りながら、自分のペースで大股で歩く。

「ふっ、ふっ」

 ジョゼットが視界に入るとサシャはストレッチをやめまた走り出す。ジョゼットはにじむ汗を感じながら微笑んだ。


 月の姫はフラターに見守られながら無事、購買のある喫茶スペースまでたどり着いた。

「ふーっ、ふうっ!」

 ジョゼットは初めて長い距離を自分で歩き切り、達成感に震えた。

「途中で倒れたりしませんでした!」

「前は倒れちゃってたの? はい」

 サシャは水入りのボトルの片方を差し出した。ジョゼットはコップを欲しがったので追加で購入する。

 月の少女はこくこくといい音を立てながら水を飲み干した。

「はぁ、美味しい」

「よく頑張ったね。すごいすごい」

 ジョゼットはサシャから褒められさらに機嫌をよくする。

「そう言えば、ジョゼットさんは使い魔いない感じ?」

「はい、体力的な問題で……。でもこれからはもしかしたら可能かもしれなくて!」

「おお、それは楽しみだね」


 サシャがジョゼットと仲良く寮へ戻ると、共同談話室では珍しく早く顔を見せたオルフェオとマシューの姿があった。オルフェオはむすっとした顔をサシャへ向ける。

「おや、珍しい。二人がこんなに早く起きてるなんて」

 ジョゼットはオルフェオの顔を見るとスススッと寄り、真隣の椅子へ腰を下ろした。

「おはようございますオルフェオ様」

「……おはよう我が月。サシャと散歩を?」

「はい。お邪魔にならないようウォーキングを」

 甘い空気になったからか、オルフェオは機嫌を取り直す。サシャは目配せをしたマシューに招かれ、隣のテーブルへ二人一緒に腰をおろした。

「ジョゼット様の学園生活初の運動サポートをサシャさんに取られちゃった、ってちょっとご機嫌斜め」

「ありゃ、悪いことしたな……」

「あ、それと俺は君に用事があって」

「うん?」

 サシャはさりげなくファイルから取り出された書類の頭に書かれた文字に釘付けになった。

「こんぜんけいやくしょ」

「そう、婚前契約書。要は、婚約の正式な書類」

 マシューは笑顔でズイッと書類を少女の前へ突き出す。

「よく考えたら、やんごとない方はまだサシャさんへ手紙を一通出しただけだよね? お返事は書いたほうがいいけど、法的な拘束力ないよね?」

「う、うん」

「だから俺、さっさとサシャさんとの婚約成立させちゃおうと思って。ここにサイン、してね?」

マシューははい、と机の上に置いた書類を差し出す。

 サシャは「マシューってこんな強引だったっけ……」と気が遠くなりつつも、目の前の書類を一項目ずつ埋めていった。


 マシューはその日のうちに契約書が成立するよう、ジェミニに書類を託して己の母イザベルとサシャの両親の元へ飛ばした。イザベルは予想していたことなのですぐにサインをし、サシャの両親は突然のことで驚きつつも、サシャから添えられたメモに「今度詳しく説明するから、お願い!」と書かれていたためジェミニに色々と事情を聞きつつサインをした。

 両家の承諾を得たマシューは昼休みに、サシャと共に学院本部にある執務室へ婚前契約書を提出した。




 マシュー・レインの元へサシャ・バレットが嫁入り確実となったニュースはすぐに様々な場所へ飛び交った。噂はもちろんウジェン・ナンタン・エクシミリアンの使い魔、高位精霊エルフ、ブランシュの耳にも入った。ブランシュはいかにもエルフといったとがった長い耳に、名が示す通り真っ白な美しい髪をしていた。

 風のフェアリーは窓辺でブランシュに分けてもらったクッキーを頬張りながらサシャに関する噂をぺらぺらと喋る。

「もうね、結婚決まってたようなもんなのよ。なのにあんたんとこの坊ちゃんがちょっかいかけたから、月の男姫おひめも焦った感じ?」

「なるほど。我が主人あるじが声をかけようがかけまいが、お二人の婚約は成立していただろう、と」

「そう言うことよ。ま、タイミング悪かったわね」


 フェアリーから話を聞いたブランシュは主人の部屋へ戻り、にこやかな笑顔を作った。

主人あるじ

金髪碧眼の貴公子ウジェンは駒を一つも動かしていないチェス盤をにらんでいたが、使い魔が声をかけると顔を上げた。

「おお、どうしたのだ?」

主人あるじが一目惚れをなさった女性ですが、どうも先約がいたようでして……」

「せんやく?」

「先に、ご結婚なさりたい男性がいらっしゃったようですよ」

「何だと!? ま、また振られたのか私は……!?」

ウジェンは頭を抱えてうなだれる。

「何故、何故なのだ……。このままでは本当に二十歳を迎えるまでに婚約者のこの字もなくなってしまう……。母上に何と言われるか……」

ブランシュは微笑みを絶やさぬようにしながら目を細める。

「ですが、諦めるにはまだ早いかと」

「何だって!?」

 エルフは人差し指を唇の前で立て、主人の元へ近寄ると耳打ちをする。

「相手の女性は一般市民の方です。尊い身分とはご縁がなかった方。であれば、主人あるじが手取り足取り貴族界の様々な知識を授けて差し上げれば、彼女は主人あるじを尊敬するやもしれません」

「そ、そうか! そうだな! よし!」

 やる気を出した主人ウジェンの嬉しそうな顔を見たブランシュは、彼に見えないところでぺろっと舌を出した。

(私も最上とうたわれる神の花嫁には興味があるし、主人をからかえて暇をしなくて済むし、一石二鳥です)

 ブランシュは無邪気な笑顔でウジェンを見つめ、にんまりと目を細めた。

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