第20話『天空の大樹(後編)』
日曜日の早朝。日の出と共に目を開けた太陽の娘はさっと起き上がってクローゼットの中から半袖の白いワンピースを取り出す。
「あら? ドレスじゃないわ」
太陽神ソルはクローゼットの中に大した数の服が入っておらず己に幻滅する。
「まあ、正装の一つも持っていないなんて」
月寮の清掃員は月の姫たちを起こさないよう、物音を立てないように共同洗面所の鏡を磨いていた。そこへ白いワンピースの上に薄いカーディガンを羽織ったサシャ・バレットがやってきて太陽の騎士はハッと振り返った。
少女の瞳は普段のオレンジ色よりも金色に近かった。
「わたくしの
太陽神ソルは火を
星魔法使いユベール・シモン・ソレル。魔法歴史学のオルミル・サンデル。太陽属性専任教師アルリーゴ・デルカ。月属性専任のオーレリア・ミューア。月寮の清掃員。
最低限の人数が集まると太陽神ソルは
「集まりましたね。前提から話します。まず、今の状態は
「はっ」
「では次に、指示を出します。一つ目、わたくしの覚醒を邪魔している要因が不明です。情報を集めて、わたくしへ報告なさい。可能であれば太陽騎士団の誰でもよいので原因を排除しなさい」
「は」
「二つ目。わたくしの目覚めが
「は」
太陽神ソルが次の指示を出そうとした時、カタンと物音がして女神の生まれ変わりと騎士たちはそちらへ注目する。
「誰? 出ていらっしゃい。隠れても騎士が追いかけるわよ」
物陰からそろりと出て来たのは制服姿のベルフェス家の跡取りオルフェオだった。太陽神ソルはふむ、とオルフェオを見る。
「その、早朝に声がしたものだから……。盗み聞きをする気はなく」
「ここへいらっしゃい。ここへ」
太陽神ソルは己の目の前を示した。太陽騎士団はさっと左右へ分かれ、オルフェオのために道を作る。
オルフェオは
「
「その、貴女へ敬意を」
「片膝をつくのは騎士、両膝をつくなら従者か罪人よ」
オルフェオは悩んで、立ち上がった。
「そうね、貴方は友人よ」
「ええと、初めましてでいいのだろうか……?」
「貴方が知るサシャ・バレットと大差ないわ。大人になったらこんな感じ」
「そ、そうか」
ソルは頬に手を添えてじっとオルフェオの顔を見つめる。
「……ふむ、そうねわたくしが目覚めれば貴方たちも
オルフェオが何の話だろう、と思った瞬間、ソルは少年の額を指先でなぞった。
「“光の目覚め。
呪文が終わるや
サシャにそっくりな金髪金眼の女性の顔。
マシューにそっくりな白銀の男性の笑顔。
アリスとアガサ、己の月であるジョゼット・フローラにそっくりな白い女神たちの笑顔。
マシューとサシャによく似た雰囲気の、己と、その横で微笑む赤毛の男性。
太陽に照らされ黄金に輝く古代の先進都市。
月と星明かりに照らされた全ての魂の寝所。
あまりの情報量に少年は立ちくらみをしたが、ソルが両手を握りしめて彼を引き留める。
「は、は……い、今のは……?」
「いくつか思い出した?」
「わ、私は太陽神ソルの息子……?」
オルフェオは目の前の少女の顔を見つめた。
「そうですよ。光明の神バルドル、あるいは豊穣の神フレイ。あるいは光明神アポローン。貴方はベルフェス一族の祖」
オルフェオはびっくりして言葉を出すことも忘れてしまった。
「わたくしが主神とみなされている文明では、
「……私も神の生まれ変わり……」
「わたくしの最も賢い息子なら、このあとどうするべきか分かるでしょう」
オルフェオはハッとしてソルから手を離し、ぴっと姿勢を正す。それから息を吐いて肩の緊張を解く。
「蘇った記憶に関しては黙り、貴女の……君の目覚めのサポートをする」
「そう。頼みましたよ、賢きバルドル。最も美しきフレイ」
「は、はい。母上……」
太陽神ソルはにこっと微笑んだ。
「
「は、はい」
「三つ目の指示は……そうね、バルドルが目覚めましたから、太陽騎士団の者たちはこの子にも情報共有をしてあげて。それから四つ目、わたくしを
サシャはナルシスのことをほのめかして唇の前に指を立てる。
「今後、彼女に関しては自身で対処するので抑圧するようなことはしなくてよい。大人総出でそんなことをしたら
「は……」
「えっ」
オルフェオが声を出すとソルは何か? と首をかしげた。
「だ、だが君は結構派手に敵意を向けられていたのに……」
「許すわ。わたくし、
太陽神ソルは話を終え、目をつむる。
「目を覚ますので太陽騎士は怪しまれないように散って。バルドルは残って、わたくしへ状況説明を。適当に誤魔化して」
「かしこまりました」
「わ、わかった」
ソルが自己催眠を解くと、サシャはくしゅんとくしゃみをした。
「寒っ! ……ん? あれ?」
なぜか談話室に立っていたサシャはジョギングの格好ではなく半袖ワンピースに上着を羽織っただけの姿であることに疑問を抱く。
「私走りに行ったんじゃ……?」
「ああ、ええと……」
オルフェオはエヘンと
「マシューとのダンスを完璧にしたいからと、私とこっそり練習を」
「あれ、そうだっけ?」
「そうとも。さ、長袖に着替えて来て。風邪を引いてしまうよ」
「あ、うん。そうだね……?」
翌日月曜日。サシャは朝っぱらから談話室の机に突っ伏していた。
「なぁんで雷魔法の授業増やされたの〜!?」
「必要があったからじゃないかなぁ」
周りにはいつもの友人たち。マシューがのーんびり微笑むとサシャはうらめしそうな顔をする。
「雷って風属性の授業だし! 出来っこないし!」
「それはわかんないよ。サシャさん期待の星だし」
事情を知っているオルフェオはチラリとマシューの顔を見る。マシューは視線に気付いてニコリと微笑みを返した。
「雷はアミーカが苦手だから絶対避けてたのに! 口にも出さなかったのに!」
「大丈夫だよ。フラターから聞いたけど、精霊医に痛みの原因は取ってもらったんでしょう?」
「ううう〜! アミーカが嫌がるようなことしたくない……!」
アミーカとフラターはそこまで聞いて、主人の影から出てくる。
「案外大丈夫だと思うぞ」
「オレも平気だと思うぞ!」
わざと
「な、なんかあった……? 仲良いね?」
アミーカとフラターはお互いを指差す。
「こいつと思考速度そっくりなの頭に来てたんだがよ」
「まあなんかもう諦めたっつーか、諦める原因ができたっつーか判明したっつーか」
「もういいわ」
「張り合うのもめんどくせえ洒落くせえ」
「ふ、ふーん……?」
サシャは一部の授業スケジュールが変動し、補習の形で雷魔法の授業に追加された。雷魔法は例年、使い手が少ないため高等部の三学年関係なく希望制で取る選択授業となっている。ほとんどが風属性。たまに光属性がおり、太陽属性での生徒はサシャのみだった。
(男女が均等にいるのは嬉しいけど……!)
いきなり杖から雷を出せなんて無理がある。さすがのサシャもこればかりは呪文を唱えても上手く雷が出ず、好きでやっている訳でもないのでなかなか上達しない。
「あーっ! もう! 初等部一年生に戻った気分!」
自分の
「お前の叫び声が一番の雷鳴だわ」
「ピリピリカリカリご主人様」
サシャはフグのようにぷーっと
少女はほぼ毎日雷魔法の補習を入れられ、覚えたら覚えたでアミーカへの影響が出ると心配し、覚えなかったら補習が無駄になる焦りの間で揺れた。
「ううう〜なんで私が雷なんか……」
他の授業中も気が散っているサシャ。彼女をライバル視しているナルシスもほかの太陽男子たちと一緒に、ここ数日のサシャの様子をうかがっていた。
「あ、あんな感じのあの人初めて見ますわ……?」
「サシャって怒るんだな……。なんかいつもご機嫌なイメージあったから……」
木曜日になっても練習の成果が出ず、サシャは膝を抱えて落ち込んだ。
「ムリ……」
「無理じゃなくやれ」
「無理でもやれ」
「くぅう〜! そもそも雷の成り立ちを知れば知るほど杖から真横に出すとか無理なのよ! 雷は天から落ちるもの! もしくは」
サシャはハッとして流れる金の
「……もしくは大地から上に伸びるもの……」
少女はダイヤモンドの塊を取りに寝室へ走っていった、カラスたちも後を追う。
少女はダイヤモンドの塊を手に
「よし。上に伸びるなら落ちてこない。落ちてこないならアミーカも怖くない! ね!」
少女が振り向いてカラスたちに確認を取ると二人は肩をすくめる。
「まあそう言うことにしといてやる」
「いいから早くやんな。オレたちは準備出来てるから」
「うん! 二人が言ってる意味分かんないけど!」
サシャはオリハルコンを杖にするべく集中する。自己催眠が可能となった少女の瞳が金色に輝く。
「この右腕は黄金なりし、この左腕は黄金なりし」
オリハルコンが呪文に反応し、少女の両腕にまとわりつく。質量を無視して金は増え、残りは杖の形状を取り始める。
「古き者よ聞きたまえ、美しき者よ聞きたまえ」
少女の頭上に暗雲が立ち込める。カラスたちは空を見上げた。
「あー、槍ってそう言う……?」
「相棒が無駄に雷に反応してたのこう言うことか」
精霊の体は通常、ただの魔力に変わってしまえば意識は霧散して世界へ
「双子ね、なるほど」
卵ではなく同じ石から生まれる二つの意思。
「我はかつてありし者、我はやがて来たる者!」
少女の前でこの星で最も硬い石が浮かび上がり、カラスたちは黒い霧となってその中に吸い込まれる。ダイヤモンドは一度黒く染まり、再び無色透明の輝きを取り戻す。
「この両腕は
ダイヤモンドを核としてオリハルコンは杖の先端で黄金の花を咲かせる。暗雲はさらに大きくなり、風が吹き荒れる。
生徒たちは初等部も高等部も関係なく急変した天を見上げた。王宮の離れからもそれは見えた。
「嵐よ、天の枝葉よ! 我が力となり、我が槍となれ!」
オリハルコンは黄金の大樹となり、空へ向かって閃光のように伸びた。バリバリバリ、と雷の音がして、暗雲から上下を逆さまにした全く同じ形の雷が咲く。
ラウレンツ・ブラックウッドは油断していた。太陽神は能動的。月神は受動的。ならば
右の瞳を金色に、左の瞳をダイヤモンドにしたアミーカ。
右の瞳をダイヤに、左の瞳を黄金にしたフラターが少女の前に揃う。
「
二人は同時にお辞儀をして、そっくりの笑顔を向けた。
「言いつけは守った」
「あとでご
太陽の娘は黄金の瞳で微笑み、瞬きをするとオレンジ色の瞳に変わっていた。
「……ん? 雷成功した?」
サシャは辺りをキョロキョロと見回す。
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