第一幕
第1話『太陽の少女と月の少年(前編)』
月は女神、太陽は男神。
太陽は男、月は女。
それが当たり前。
それが普通。
「はーあ」
季節は秋。十五歳を過ぎたサシャ・バレットはいよいよ本格的に始まる高校受験に向け勉強をしていた。
「ムリムリ、
口ではそう言いながらサシャは紙に記された問題を解いていく。
ガリア王国の王立魔導学院には古い時代から血脈を繋いできた貴族の子息子女が集まる。特に太陽属性と月属性の子供たちはその希少性から生まれた時からチヤホヤされている。
一方、サシャは何でもない火属性の両親からポロッと生まれてきた極々一般人の太陽属性の女子。太陽属性の女性はただでさえ数が少なく、第三次世界大戦後には更に数が減り、絶滅危惧種と言っても過言ではない。
生まれた子供の魔力属性を調べる時、七歳のサシャは自分を火属性だと信じて疑わなかった。しかし結果は太陽。両親はもちろん慌てた。火属性などと言う一番ありふれた属性から太陽属性が生まれることはままあるが、自分の身に降りかかってくるとなれば話が違う。
母シャルルは一体どこで習ってきたのか、サシャが太陽属性だと分かった日からマナーレッスンを始めた。スカートの
でもそんな日も終わりを迎えていた。太陽属性の女子と言うだけでサシャは王立魔導学院の推薦枠に受かった。いや、推薦枠を押し付けられた。学院側から、ほぼ強制的に。テストの結果が悪くても何でも、サシャは王立魔導学院の高等部に入学することになる。貴重な太陽の血筋を絶やさないために。貴族の中に血を混ぜるために。
「はーあ」
勉強に身が入らないのも仕方なかった。入学すれば悪ガキだらけの田舎からおさらば出来ても、見知らぬ貴族の中に詰め込まれ馴染みの精霊たちとは会えなくなる。サシャは生まれながらに人間よりも精霊と仲が良かった。友と言えば真っ先に精霊を指すくらいに。
「もー、やだ」
「イヤなら私たちお隣さんの国にいらっしゃいよ!」
夕暮れが見える自室の窓枠には手の平サイズのフェアリーたちが所狭しと座っていた。
「そうよ。そもそもサシャは神の花嫁だもの。ガッコウなんて行かなくていいの」
「気持ちは嬉しいんだけどね」
サシャがつまらなさそうにペンをくるくる回すと、火のフェアリーの一人がサシャの肩に飛んできて座る。
「サシャは私たちのお姫様なんだから、人間のことなんて気にしなくていいのよ」
「うーん、まあ学校の森にもお隣さんはいるだろうから、そっちでも仲良くしておく」
「私たちがサシャを守ってあげるわ!」
「気持ちは嬉しい」
お喋りを済ませるとサシャは再び試験問題に集中した。コツコツ解けば、合格ラインには届かなくとも初日の授業が楽になるはずだ。
推薦枠の場合、一般試験よりも日程は早い。サシャは複雑な顔をした両親に見送られ、魔導学院への赤い列車を目指し駅へ向かう辻馬車に乗り込んだ。押し付けられた推薦枠なので試験はあってないようなものだが、やらずに受かって後ろ指を差されるよりはいい。
たまたま
サシャは変わらぬ彼らの嫉妬に呆れつつ、森にいる精霊たちへの思いで後ろ髪を引かれながら列車へ乗り込んだ。
首都に着く頃には推薦枠の受験生たちはかなりの人数になっていた。この中から受かる者と落とされる者に分かれるのだが、サシャは他人事のように目の前の光景を目にしていた。
「わたくし太陽属性ですの!」
「あーら私だってそうです!?」
サシャ以外にもいる太陽属性の女子たちはサシャを見つけるなり近寄ってきて、合格間違いなしの自分と仲良くしておいた方が得だぞ、と彼女を囲んだ。
太陽属性の有名な特徴として、同属性と月属性を見分けられると言うものがある。周りに太陽属性などいなかったサシャは迷信ではと疑っていたが、首都駅に着いた途端その疑いは晴れた。太陽の力と言うのは笑顔に出るのだろうか? とにかく、顔を見た途端お互いがわかったのだ。
「太陽属性で女子ならば受かったも同然ですわ!」
確かにそうなのだが、そう言うことは駅のど真ん中で言うべきではないとサシャはこっそり溜め息をついた。
サシャたちは物々しい警備に囲まれた王立魔導学院高等部キャンパスへと足を進めた。推薦枠の試験は全体での筆記試験に始まり、属性ごとのグループ面接、教師と一対一の個別面接と続く。
筆記試験で頭をフルに使いクタクタになったサシャは、かしましい太陽属性の女子たちとは離れて昼食を
「失礼いたします。サシャ・バレット様」
「はい?」
会場を出てそう間もなく、サシャは星空を模した美しく
「わたくし、星魔法使いユベール・シモン・ソレルと申します。以後お見知りおきを」
貴族なのか、顔も整っていて美しい魔法使いユベールは「こちらへ」とサシャを誘った。
「え、ええと、はい」
教師について来いと言われサシャが向かったのは、試験会場として解放されているエリアではなく普段生徒たちが使っているであろう本校舎近くの喫茶スペースだった。
四人用のティーテーブルにはアフタヌーンティーが用意してあり、ユベールはサシャのために自ら椅子を引く。
「あ、ありがとうございます……」
何だろうこの
(あれかなぁ……お作法の試験も兼ねてるのかな?)
きっと自分は田舎者だから試されているのだろう、とサシャは考えた。
「どうぞ、冷めないうちにお召し上がりください」
「はい」
サシャは茶葉の種類などわからない。わからないが、これが非常にクオリティの高い紅茶だと言うことはわかった。
「美味しい……」
「それは、ようございました」
ユベールは書類などは持っておらず、自らも紅茶に口をつける。
「バレット様は」
「はっ、はい?」
「幼い頃から精霊に愛されていなさるとか」
「ああ、ええ。はい。お隣さんとは仲良くさせてもらってます」
「左様でございますか。竜と交流なさったことは?」
「え? ええと、竜とはいまだに……」
「左様でございましたか。失礼いたしました」
「え? いえいえ、とんでもございません」
(何だろうこのやり取り……。面接って感じもしないし……)
サシャは困惑しつつも軽食のサンドイッチをパクパクと食べ進める。
(お腹空いちゃったし。て言うかこれ美味しいわ。あ、スコーンも柔らかくて美味しい)
ユベールはサシャが美味しそうに食べている様子を見て微笑んだ。
「今後の学園生活について、お困りのことがございましたらわたくしにお声がけください」
「あ、はい。ありがとうございます」
ユベールの口から今後の学園生活という言葉が出て、サシャは内定を確信した。
(太陽属性の女子が試験ほぼ関係ないのほんとなんだ……)
もしかしたら太陽属性の女子生徒はみんなこんな感じなのかもしれない。
サシャはそのあとユベールと他愛のない話をいくつかして席を立った。
「ではお気をつけてお帰りください」
(んっ!?)
「は、はい。えっと……」
「馬車までお送りいたします」
「は、はい」
(えっもう帰っていいの? 面接は? 今のが面接だったの?)
サシャは首を傾げつつユベールについて行き、精霊馬が引く上品で質素な馬車に乗せられた。
「それでは、入学の日をお待ち申し上げております」
「はい、ありがとうございました……」
馬車はサシャの家へ向かって走り出してしまった。
「……えっ、本当に面接なし?」
サシャ・バレットを見送った星魔法使いユベール・シモン・ソレルは表情から微笑みを引っ込めると、試験官として会場を見守る魔法歴史学の教師、闇魔法使いオルミル・サンデルの元へ向かった。
オルミルはユベールの顔を見つけると生徒たちには見えないよう
オルミルと合流したユベールはすぐに話を切り出した。
「ご本人で間違いない」
「そうか。神の花嫁の性質も?」
「確認できた」
「承知した。ほかの団員にも連絡を回しておいてくれ」
「了解した。自己紹介は済ませておいた。表立っての支援は私が対応する」
「わかった」
男たちは頷き合うとすぐにその場を離れた。
「……闇属性は仲良くグループ面接などという手段は取らん。試験時間は四十分。カンニングが判明したらその場で落第とする。では、始め!」
ほぼ筆記試験のみ、加えて星魔法の先生と優雅なお茶会という謎イベントをこなしたサシャ・バレットは、二ヶ月後当然のように届いた合格通知を見て溜め息をついた。
「ほんっとに面接なかった……。なんで? 田舎出身だと身元を改められるとか中等部の先生さんざん
まあ受かってしまったしいいか、とサシャは自分のベッドの上で
「はい、どうぞ」
「あーん!」
サシャは今日も当然と集まってくるフェアリーたちにクッキーをお
「美味しいクッキーね!」
「なんかね、お母さんがお客さんからもらったんだって」
母シャルルは駅に併設された土産屋兼雑貨屋で働いている。
「うちのお母さん、相変わらずモテるよね」
「サシャもモテてるわよ? 私たちに!」
「そうねぇ」
いつもありがとうと一言を添えてフェアリーを撫でてやると、彼女たちは嬉しそうに身をよじった。
夕食の時間になりサシャが階下へ降りると、母シャルルはまだ帰ってきておらず父ディオンが台所に立っていた。
「お母さんは?」
「ご近所さんの立ち話に捕まってるんだろう。野菜洗って」
「はーい。サラダ?」
「そう」
「ニンジン三連続で飽きた……」
「なぁに。子供じゃないんだから」
「俺からすればいつまでも子供だ」
「ぶー」
木工職人であるディオンは家具を作って生計を立てていた。一応妻シャルルが働かなくても暮らしていけるらしいが、彼女が雑貨屋の仕事をやめたくないので自由にさせている。とのこと。
「試験受かってた」
「当然だな。……今日はトマトがつく」
「え? サラダに?」
「多分母さんが持って帰ってくる」
「ほんと?」
父の言う通り、母シャルルは両手いっぱいに買い物袋をぶら下げて帰宅した。
「うわぁ、またいっぱいもらったね」
「ご近所が農家だから野菜は絶対困らないわね! 見て! 朝とれたてのトマト! あと見てこの大きなキャベツ!」
「お父さんの予知今日も当たったね」
ディオンはニマ、と口の端を持ち上げるとシャルルが持つ荷物を手に取った。
「お腹空いたわ〜。今日はなに?」
「サラダと豚肉のシチュー」
「あら〜嬉しい」
その日の晩、父ディオンに呼び出されサシャは工房へ顔を出した。家具を作り出すための刃物が机の上にずらりと並ぶ様子はいつ見ても壮観だ。
「お父さんなに?」
「話がある」
「うん」
サシャが空いた丸椅子を引き寄せて座るとディオンはいつになく真剣な表情になった。
「学校だが……」
「うん」
「……頼れそうな先生は見つけたか?」
「あ、えーと。ユベール・ソレル先生? 星魔法の。困ったことあったら頼ってくださいねって言ってくれたよ」
「そうか……。……だったら悩みはソレル先生に必ず相談するように」
「うん。なに? そんなに心配? 大丈夫だってー、お父さん心配性なんだから……」
ディオンは何か言いかけたが、言葉にできなかったのか口を閉じてしまう。
「サシャ」
「なに?」
「……お前と母さんを愛している」
口下手の父の、お決まりのセリフと言っても過言ではない耳慣れた言い回し。サシャは「わかってる」と軽く返すと話は終わりと判断して腰を上げた。
「必ず、先生には相談するように」
「はーい。おやすみなさい」
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