途切れた恋の便り⑦




エマ視点



「何、これ・・・。 どういうこと・・・?」


カインからの大量の手紙を見つけ、エマは茫然としていた。 この量を見れば、年単位の手紙が保管されていたのだと分かる。 


「エマー? どうしたのー?」


リビングから母の声が聞こえてくるが、何を言っているのか頭に入ってこなかった。 奥から手紙の入った袋を強引に引っ張り出してみると、やはりかなり重量がある。

おそらくカインからの手紙はエマが送っていたものとは違い質がよかったため手紙も重量があるのだろう。


「やっぱり全てカインからの手紙だ・・・。 こんなにたくさん・・・!」


―――全てお母さんがカインからの手紙を回収していたの?

―――一体どうして!?


だんだんと怒りが沸き上がっていき、エマは数枚の手紙を掴むと母の部屋を出た。

普段温厚なエマがここまで感情を剥き出しにするということは、それ程手紙を隠されていたということが許せなかったためだ。


「お母さん!!」

「どうしたの? そんなに慌てて」


朝食の準備をしている母の前に立ち手紙を見せた。


「ッ・・・」


すると分かりやすく動揺を見せる。


「これ! この手紙はどうしたの!?」

「それは・・・」

「私宛って書いてあるよね? なのにどうして私に渡さず隠していたの!? ねぇ、答えてよ!!」


マミは不安気な表情で二人のやり取りを見つめていた。


「・・・逆に聞くけど、その差出人は一体誰なの?」

「・・・それは」

「ウチでそんな上等な紙は見たことがないわ。 貴族の方なんでしょう?」


“貴族”という言葉を口にする母の違和感に引っかかった。


「・・・だったら何?」

「やっぱりそうなのね」

「確かに紙質はいいと思うけどそれだけじゃない! カインが貴族だと分かった理由は中身を見たからね!?」


本来上流階級の者が手紙を送るとなれば、開けたことが分かるように何らかの処置をする。 それをしていなかったのはカインがエマに身分の差をなるべく見せないようにしたため。

それでも手紙の内容はプライベートな話ばかりであり、貴族というワードは出ていないが、カインの生活が華やかなものと推測するのは容易だ。

もしカインが通常通り封蝋での処理をしていればこんなことにはならなかっただろう。


「・・・認めません。 庶民の私たちが貴族の方と関わるなんて。 貴族と関わったって碌なことがないのよ」

「どうして!? 別にまだ子供だからいいじゃん!!」

「子供だからと許される訳でもありません。 もし何か失礼があって目を付けられでもしたらエマだけの問題では済まなくなるのだから」

「・・・いつから止めていたの? かなりの手紙があったから相当長い期間でしょ?」

「そんなこと憶えていないわ」


手紙を送る時『返事がないけど何かあった?』などといった催促をしたことがなかったことも災いした。 返事を書くことを強制したくなかったためどうしてもできなかったのだ。

エマにとって手紙を書くのは返事がなくても楽しかった。 たとえ何か理由があったとしても、自分とこれ以上手紙を書きたくないと思われていたとしても、別に構わなかったのだ。

ただ改めて考えてみると、もしカインの身に何かあるとするなら飛んでいきたいと思うはずだ。


―――私のせいで文通の内容が噛み合わなかったかもしれないんだ。


そう思うと申し訳なく思えた。


「貴族の方とトラブルを起こしたくないの。 私の子供なんだから私の言うことを聞いてくれないと困る」

「・・・それなら何か一言くらい言ってよ。 勝手に手紙を隠すとかあんまりだわ!!」

「それはごめんなさい。 でもそうでもしないとエマは言うことを聞かないと思ったから」

「何それ・・・。 私、直接謝りにいってくる」

「え?」

「カインの住んでいる街へ行ってみる」

「そんなこと許しません!!」

「謝るくらいいいでしょ!? 手紙で謝ってもそれが届くのは二週間後。 今の私はそんなに長い間待っていられない気持ちなの。 だって、何年も待たせてしまっていたのだから」


内容の噛み合わない手紙なんてただの文字の書かれた紙切れの交換でしかない。 それが自分側が原因であったと分かれば居ても立っても居られない。


「何か粗相があったら」

「粗相があるって送られてきた手紙を無碍にしていたことが既に粗相じゃないの? それで反感を買ったらって考えないの!?

 お母さんのいうお貴族様の怒りに触れているかもしれないってどうして考えないの!?」

「・・・!」

「素直に事情も話してみる。 庶民と貴族が関わっちゃいけないからお母さんが親切でそうしてくれていたって。 カインの気持ちも聞いてみたいの。 それでいいでしょ?」

「・・・仕方ないわね」


おそらく母親があっさり聞き分けたのは、自分が手紙を隠していたことが相手に失礼になっていたかもしれないと思い直したからだろう。


「お姉ちゃん、今から行くの?」


マミが割って入ってきた。


「うん。 今すぐに行ってくる。 朝ご飯はいらない」

「歩いていくの?」

「歩いていくけど運がよかったらヒッチハイクでもして向こうまで行ってみるよ。 それじゃあ」


エマはもう戻れないかもしれない覚悟まで決めて、この長年住んでいた家を後にしたのだ。



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