第3話 理不尽
――大草原の……否。このSNSアプリと連動した『戦場』を必死に逃れ、防空壕のような穴深くに俺は慌てふためき、潜った。
後ろから硝煙と血、そして砲撃のけたたましい爆音。俺は恐ろしさに目と耳を塞ぎ、緊張に身を固まらせながら暗い地下を駆け進む。
「はあっ……はあっ……」
息を弾ませながらも先へ進むと――――瞼から光を感じた。
「――遅かったじゃあないか! さっさとこっち、手伝ってくれよ!!」
――声に驚き、瞼を開けると――――そこは何処かの会社か何かのオフィスのように見えた。
傍には窓も見える。確かに地下深くへと進んできたはずなのに、このオフィスのような空間はビルの高所の階にあるように見える。
――またも異常な空間に弄ばれているのか? それとも……ようやく現実に戻って来たのだろうか?
「――何をしとる! 早くお前も部長の所へ行かんか!!」
「――えっ? あ、はい……」
先ほどの戦場とは違う、現実感。
その現実感に多少安堵したのか、俺は思わず返事をして、『部長』と見られる席に座る上司のもとへ走った。
先に『部長』のもとへ言っていた部下との、話し声が聴こえて来た。
「――何だ、この脚本は!! 原作と違うじゃあないか!! 誰のせいだ!? 誰が書いた!?」
――近付くなり、凄い剣幕で怒る『部長』。
「――そ、それは……原作者の方ですよ……というか、『原作と違う』って……それ、部長が自分で断片的に見た過去の記憶から勝手に書いたんじゃあないですか……」
「何! ワシが!? 馬鹿をぬかすな、馬鹿を!! ワシは確かだ。ワシは何も間違えない!! ワシは貴様らとは違う特別で高等な存在だからな!!」
「――し、しかし……この脚本通りにするには、原作者の方に許可を取らないと――――」
「許可か。いいぞ、お前行って来い!! あっ、何かあればお前が責任取れよ!! 我が社の脚本の方が優れていると言ってやれ!! たかが打ち切りになった作家だ、我が社が正義だ!! 利用料も払う必要無いからな!!」
――『部長』とやらは、言下に怒鳴りつけるだけで、自分では何も理性的に対処せず、傲慢に部下に高圧的に接している。部下は顔色が真っ青だ。
「――そ、そんなあ……原作者の方がお怒りになられます。大体、この作品が素晴らしいって言い出したの、部長じゃあ――――」
「――――ふんっ!!」
――突然、破裂音がした。
同時に、懸命に進言した部下が、一瞬で燃えかすのような粉になって消えた――――
『部長』は手に、謎の赤いボタンを持っている。
「――ワシに楯突く愚か者は、消す。このようにな。他は言うことはあるか!? ええ!?」
「あ、ありません…………行ってきます!!」
――上司に恫喝され、部下は慌てて逃げるように去っていった。
――何だ。ここは。
――そう戦慄しながら後ずさると、別の部署の声が聴こえてくる。
「――は? 明日出社出来ない? 何で?」
「――何でも何も……僕、もう50連勤です…………ストレスで夜も眠れないし、食欲もありません。熱も今朝40℃でした…………休ませてください……」
「――はあ……わかったよ。もう明日から来なくていいから。永遠に。50連勤分の給料も差っ引いとくから。とっとと消えて。」
「――――うっ……うわああああ――――!!」
――そう痛ましい悲鳴を上げるなり、50連勤の部下は壁へ一直線に走ってぶつかり、額を何度も激しく打ち付けた――――やがて出血し、倒れて動かなくなった。
さらに別の部署の声が聴こえる。
「――だーから、違うっつったでしょ。我が社のプログラミングはこのパターンAを使えって。何で勝手に変えたの?」
「――だって、このプログラミング、ほとんどスパゲッティコードですよ…………効率悪すぎ……ちゃんと書き換えた方が――――」
「――俺が良いって言ったら良いっつってんだろォ!! ――もういい。お前嫌い。全部やり直し、な。」
「――うっ、うわああひいいいいッ!!」
――今度は部下が発狂し――――窓に向かって駆け出し、飛び降りた。数秒遅れて、無惨に潰れる肉塊の不快な音が聴こえた。
――俺の端末のアプリが、またも通知音を鳴らす。
『――あー……胃が痛くなってきたよ……』
『ブラックすぎワロエナイ』
『でも、割りと現実、こうだしなー……なんも言えねー。上司爆ぜろ!!』
――これが現実と同じ……? 違う!! これは断じて現実なんかじゃあない!!
上司が暴君の如く強権を振るい、恫喝し、支配する。部下をゴミのように扱い、搾取するだけ搾取して報酬もろくに払わない。
そんな理不尽にまみれたこの異常な空間が……現実であるはずがない!! これもSNSの怪異だ!!
――みるみるうちに、SNSの古いリプライがまた喰われて、消えていく――――魔物が近い!! 今度は――――周囲の上司全てが魔物だ!!
――獰猛な雄叫びを上げて一斉に追いかけて来る、魔物。
「うっうわあああ!!」
――俺に気が休まる瞬間は無いのか。そう嘆く暇もなく、俺は遠くに見える下り階段へ走った。
階段を下る直前、微かに近くの貼り紙が目に入った。
『――このフロアー……#(ハッシュタグ)理不尽な経験』――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます