散逸

 考えが散らばっていったんだ。原型も忘れるほどバラバラに。この1人部屋の足元がなくなってしまうほどに。


———・・・


 電車に乗っていたときにある動画サイトでおじいさんが喋っている動画を見つけた。明日から夏休みになるととてもウキウキしていたころだった。

「明日は友達と遊園地行って~。明後日は温泉行って~。」

つい周りを気にせず小声で独り言を呟いてしまうほどに浮かれていた。本当に楽しみで仕方がないのである。通学時間はとても暇だ。電車だとずっとじっと立っているか座っているかしていって寝ることもできず最終的にはスマホをいじるしかない。今日は動画サイトを開いた。多くのおすすめ動画がずらりと並ぶ一番上をたっぷした。その後にイヤホンしていないのに気付いてバッグから無線のイヤホンをした。このときはまだお気楽だった。この一本の動画の動画を見るまでは...。

 動画を見終わると丁度うちの最寄り駅のに着いた頃だったのでスマホをバッグにしまいとりやえず家へ帰った。玄関の扉を開けてローファーを脱いで「ただいま。」と言いながら一階にいるお母さんからの「お帰り」を聴かずに急いで自分の部屋にバックを投げるように置いて制服から私服へ着替えた。そして今日は午前中で学校が終わったので昼食を取りに一階へ向かった。

「お母さん、明日からの夏休みの予定減らして家の手伝いしようと思うんだけどどうかな?」

私からの提案をお母さんは目を見開いて私を凝視した。

「あら、いきなりどうしたの?ずっと前から友達と遊ぶのを楽しみにしていたじゃない。中学のときの友達とも遊ぶ約束をしているのでしょ?」

お母さんは私をとても心配している顔をしていた。何故かって、私の憶測かもしれないが友達と何かあったのだと思ったのだろう。そして「お金渡してあげるから気にせず遊んでらっしゃい。」と、とても当たりが強く思わず身じろぐ程押されてしまい私の提案はかき消されてしまった。

「どうして私の言うことを聴いてくれないの?」

頭に血が上った私はベッドにダイブして足をバタつかせた。


 一人親である私は幼いころから母親の手一つで育ってきた。私は幼いころからお母さんを心配させないようによく笑いよく遊び友達を沢山作ることに精を出していた。だが昨日の動画で本名も知らぬじいさんに言われてしまったのだ。

『誕生日だとか母の日だとかそんな記念日に頼らず普通の日でも大切な人に「ありがとう。」を言うようにしましょう。』

と。おかげで幼いころからのずっと固定していた自分の考えが吹き飛んだ。私はお母さんに普段どころか記念日にすらもちゃんとお祝いしていないと気づいたのだ。だから夏休みでどうにか巻き返せないかとそればかりが気が気でなかった。翌日は母の言う通り遊園地へ行ったが上手く楽しめなかった。その翌日も自分が家のことそっちのけで遊んでいる自分が許せなかった。それでも夏休みは頭の中がぐちゃぐちゃなまま遊びに行った。けれど、それが限界になって遊びを断るようになった。お母さんには嘘をついていたがやはり心配されていた。私はあまり嘘が得意な方ではないのだ。

「どうしよう。お母さんにいきなり手伝うとかあったら問い詰めてきそう。でも予定を断っといて何もしないで閉じこもっているのも自分が許せないしな。」

悶えに悶えて今日も今日とてあっという間に終わってしまう。夏休みになる前はまとまったスケジュールがあったのに、今では全てが台無しになってしまっている。まるで何百枚も綺麗に重なったバームクーヘンのような紙が床に落ちて全てがバラバラになったときのようだ。

「悲しい。」

そして苦しい。そんなときにコンコンと自室の扉がノックされた。それはお母さんだとすぐに分かった。この家にお母さんは他人を上がらせることは祖父母であってもなかなかないからだ。

「なに?」

つい強い口調になってしまう。すると扉が開き、お母さんはお盆の上にお菓子とジュースを乗せて持ってきた。

「ちょっと一緒にゆっくり話さない?たまには親子で仲良くお茶しましょうよ。」

私は目だけで頷いて見せるとベッドの横にある勉強机の上にお盆を乗せた。私が好きなイチゴミルクもちゃんと用意してある。

「珍しいじゃない。夏休みにこんな家にいるの。」

「うん。」

「確か小学4年生以来じゃない?あの頃もよく友達の家とか行ってたけど。」

「うん。」

「五年生辺りから友達と電車乗るようになってせっかくの長期休みなのにお母さんちょっと寂しくなって。」

「うん。」

こんなやり取りが何回か続いた。正直聞き飽きた。あんまりおもしろくない。

「お母さん、いきなり家事手伝うとかいうからびっくりしちゃった。今までそんなこと言われなかったからどうしたんだろうて。何かあったの?」

「お母さんの役に立ちたい、て思っただけ。」

同じやり取りが嫌になってここで初めて別の答えをした。

「本当に?」

その何度も訊いてくるのに対してイライラしながら

「本当。」

と言い返した。

「そうなのね。ごめんね。私、思い違いをしていたのかもね。」

「どういうこと?」

私はびっくりして訊き返した。だって、お母さんがそんなこと言うのは初めてで...。


「お母さんね。一人で子供を育てるでしょ。だからあなたに執着してたかもって。だって、休日とか休みの日てほぼ家にいないでしょ?だから、この家があまり居心地が悪いんじゃ、ストレス溜めるんじゃないかって思って沢山働いてあなたが遊ぶための資金を沢山貯めてたの。でも、そうじゃないのね。」


私はその話を聴いて自然と涙が零れた。

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