人間関係に疲れた女子高生が女子中学生に癒されてロリコンにされる話

犬甘あんず(ぽめぞーん)

第1話

 ロリコンというフレーズが会話に登場する時。

 私が言う側になっても、言われる側になったことはない。


 教師の目がいやらしいとか、あいつはロリコンだとか、そういうことを友達が話しているのに適当に同調したことはある。

 いや、しかし。


「というわけで、お姉さんにはロリコンになってほしいんです」


 やばい子供に絡まれた、としか言いようがない。

 背中まで伸びた金色の髪に、青い瞳。右から見ても左から見ても日本人ではないけれど、ハーフだろうか。日本語はペラペラだ。


 ペラペラすぎてロリコンなんて言葉が飛び出してくるものだから、こっちは勘弁してほしいんだけど。


「あのさ。ごっこ遊びだったら親とやってほしいんだけど」

「ごっこ遊びだと、思いますか?」


 なんだこの子供。

 わけがわからない。ただでさえ子供に関わったりしたらいいことなんてないのに、子供の方から絡んでくるとは。


 付き合いきれない。

 私は少女の横を通り抜けて歩き出そうとした。


 その時、腕に何かが巻きつく。細くて長くて、トカゲの尻尾みたいなやつだ。

 声を上げそうになった。

 なんだこれ。マジでなんだこれ。

 視線で尻尾を追うと、少女の尻のあたりからそれが生えているのが見えた。


「……は」

「全部、嘘じゃないですよ。私は悪魔で、ロリコンさんのエネルギーを吸うことで生きているんです。……だから。お姉さんには、ロリコンになってほしいんです」


 可憐な唇から紡がれる涼しげで綺麗な声が、がんがんと頭を叩く。

 さっきも同じことを言われた。


 でも、信じられるわけがない。世の中に悪魔なんていない。まして、ロリコンのエネルギーを吸う悪魔ってなんだ。わけわからん。気が狂ってるのか。


 そう思うが、目の前の少女が人間離れしているというのは、確かだった。


 いつの間にか、尻尾だけでなく翼も生えている。コウモリみたいな大きな翼が華奢な体とは不釣り合いで、一体どこに隠していたんだってなる。


 私は足を止めた。止めざるを得なかった。こいつが本当に悪魔なのだとしたら、下手なことをしたら殺されかねない。

 いや、まあ。

 別に殺されたって、いいんだけど。


「どういう、こと。なんで私なの」

「お姉さんと私が、相性抜群だからです」


 よほど人を見る目がないのか。

 私とあんたのどこが相性抜群なのか、と言いたい。


 言いたいけれど、口を噤んだ。ここで下手なことを言って、逆上されても困る。死ぬのはまだしも、痛いのは嫌いだ。


「相性がいい人からしか、エネルギーは得られないんです。だから、私にはお姉さんが必要なんです」


 面と向かってお前が必要だと言われたのは初めてだ。

 嬉しくは、ない。

 むしろ面倒臭い。今まで普通の生活を送ってきた私が、どうしてこんなことに巻き込まれないといけないのか。


「お姉さんじゃないと、駄目なんです。……なので、私に協力してもらえませんか?」


 はいと言うとでも思っているのか。

 いっそ殺されるの覚悟で文句を言ってやろうかと思った。思ったのだが、言えなかった。


 怖いとかそういうのじゃなくて、目の前の少女がひどく不安そうな顔をしていたからだ。何かを恐れるように、私の顔色を窺うように、ちらちらとこちらを見ている。

 初めて告白した中学生か。


 ああ、もう。

 これだから子供はずるいのだ。子供のこんな顔、見たくない。


「……私にメリットがあるなら、付き合ってもいいよ」


 少女は目を見開いて、私に迫ってきた。


「あります! メリット!」


 近い。

 恐ろしく近い。

 こんな距離で人と話すのとか、初めてなんだけど。


「何?」

「お姉さんを癒して差し上げます!」

「いや……え?」

「お姉さんは癒されてロリコンになって、私はそれでエネルギーを得る。うぃんうぃんの関係ですね!」


 少女は手を叩いて笑う。

 さっきの顔よりはよっぽどいい、とは思うけど。

 いや、でも、癒すってなんだ。


「……はぁ。もうわかったわ。要はあんたに付き合えばいいってことでしょ。殺されたりとかしないよね?」

「私はそんな危険な悪魔じゃありません!」


 危険じゃない悪魔がいてたまるか。

 そう思ったけれど、話しているのにも疲れてきた。ロリコンだの癒すだのは全くもってよくわからないけれど、もうこの場を乗り切れるならいい気がしてきている。


星野ほしの実來みく

「え?」

「私の名前。あんたは?」

「あ、これは失礼しました。桃。佐藤桃です!」


 佐藤。

 普通極まりない苗字だ。悪魔なんだからもっと、獄の字とか入ってた方がらしいと思うんだけど。

 いや、悪魔の苗字に文句を言ったってしょうがない。


「桃。桃ね。わかった。……とりあえず、よろしく」


 もう知らん。どうにでもなれ。

 そんな気持ちで、彼女に手を差し出す。

 桃は私の手をぎゅっと握って笑った。


 悪魔の手は意外と小さくて柔らかい。翼と尻尾さえなければ、普通の子供だ。


「はい! よろしくお願いします、実來さん!」


 ぶんぶんと手を振って、桃は頭を下げてきた。

 なんだ、これ。


 悪魔と握手して、挨拶して。こんなことしてる人間なんて、クラスで私しかいないんじゃないだろうか。自慢してみるか、明日。


 絶対頭おかしくなったと思われるだろうけど。

 にこにこ笑う桃を見て、私はため息をついた。


 ロリコンになれとは言うけれど。私がもしそうならなかったら、魂を奪われたりするんじゃないか。


 それでもまあ、いいか。

 悪魔なんて理不尽なものに目をつけられてしまったのなら、諦めて全部受け入れるしかない。


 与えられた環境でどうにか生きるのは、多分得意な方だと思う。

 多分、だけど。

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