62.怒らせたいリカラの思惑は外れ

「だからさ、呼んでも聞こえないんだよ。君は僕が貰おうかな。きっと悔しがると思う……」


「安心しろ、届いたぞ」


 ふわっと抱き締められて、私はその腕に安心する。間違いない、ギータ様だ。声も香りも感触も、すべて私が知ってるギータ様だった。


「悪いな、遅れた」


「っ! 僕の勢力圏だぞ」


 叫ぶリカラを無視して、髪や服についた埃を払うギータ様が額にキスをくれる。私の名を呼ばないのは、彼に聞かせないため? リカラを無視するのは……興味がないから。


「アデライダもペキも心配している。引っ越しの途中だったし、早く帰ろうか」


「う、うん」


 頷く私を抱き上げたギータ様の前に、リカラが立ちはだかった。ぎらぎら輝く目が怒りを伝える。無視されて気分のいい人はいないけど、ギータ様は面倒くさそうに「どけ」とだけ口にした。


「へぇ、それだけ? 隠蔽された間に、花嫁が襲われたかもしれない。気にならないの?」


 意地悪く絡むリカラに、ギータ様は興味なさそうに首を横に振った。


「我が花嫁だぞ? 何があろうと俺の物だ」


 あ、これって隠蔽をすぐ破ったんじゃないかな。何もなかったと知ってるから、激怒しない。そこまで考えたところで、ギータ様が耳元で「しぃ」と言葉を戒めた。そっか、私の心は筒抜けなんだっけ。


 ちらりと視線を向ければ、さらに怒りを滲ませたリカラがいる。私の考察で煽っちゃったみたい。


「純潔を奪われても?」


「奪えるわけがなかろう。俺が花嫁に何もしていないとでも?」


 くつりと喉を震わせて笑い、ギータ様は一瞬で転移した。目を閉じていなかったので、ぐるりと世界が回って捻れて目がついて行かない。慌てて途中で目を閉じたけど、到着時に吐きそうだった。


「悪い。これで楽になる」


 額に手を翳したギータ様の言葉が終わる頃には、吐き気は消えていた。ゆっくり目を開けた先に見えるのは、白い神殿だ。美しい鍾乳石の芸術品は、内側に赤や青が見える。


「もう引っ越しは終わりだ。どの部屋を何に使うか、決めていいぞ」


「私が?」


「花嫁のために削り出した家だからな」


 嬉しくなって「ありがとう」と伝える。頬にキスをして立ち上がった。気持ち悪さはない。置いてきたリカラが一瞬だけ、脳裏を過ぎった。


「アイツはまだ3200歳くらいだ。俺と対等に口を利くのは1万年早い」


 追いかけて来たら怖いなと思った私へ、安心させるようにギータ様は髪を撫でた。結んでいた白い髪は、ロープが解けた時にバラバラになった。乱れて絡まる髪を、丁寧に手櫛で直される。


「誰かに知恵を付けられたようだが、卵の殻を付けたガキだ。それより部屋を決めないと、夜になる」


 急かされて、私は神殿に入る。入り口の一番大きなホールで、アデライダがペキを抱いていた。あちこち覗いて、使いたい部屋を決める。位置が決まると、精霊達が飛び出してきた。


「整えてくれ」


 ギータ様が頼むような口調で告げる。精霊の光はきらきらと点滅しながら、物を一瞬で移動した。魔法のよう、ってこういう場面で使うのかな。浮いた絨毯が隣の部屋に敷かれ、その間に愛用の机が空を飛んでいく。ペキは唸ったものの怖いのか、アデライダの腕で丸まった。


「お姉様、あの光は綺麗ですね」


 にこにこと無邪気な妹の手を握り、私は「そうだね」と相槌を打つ。ここが今日から私達の家、見慣れた家具が並んだだけで、そう思えた。

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